第二十八話「農婦の、おタネさん(後)」の巻
「ああっ、はい、分かりました」
九尾の眼光が怖くて、断れない素浪人であった。
「とに角、割り込みはいかん。注意するのじゃ」
ピミウォがそう言うので、歩き出すビキラ。
九尾の妖狐に頼まれた手前、ビキラより先に、銀髪の大男に声を掛けるププンハン。
「あなた、割り込みはいけませんよ」
「ああ!? なんだと?!」
ププンハンの荒んだ顔と、凶悪色のロングコートにたじろぎながらも、町内の住民が沢山見ているので、反発して見せるチンピラ。
「俺を誰だと思ってやがる。この界隈じゃあ、ちっとは名の知られたオッタン……」
チンピラに皆まで名乗らせず、その大顎に拳を一発カマす魔人ビキラ。
「これビキラ、相手はただの人間じゃぞ」
ピミウォが慌てて注意した。
「ああ、大変だ。こいつは町のチンピラなんだよ」
地面に伸びた大男を見下ろして、騒ぎだす参拝者たち。
「早く逃げた方がいいよ。乱暴者だから」
「うんうん。町内弁慶の小物でね、いずれ町を出たらね」
「本物の悪党にとっとと殺されるに決まってる奴だから」
「関わりになっても馬鹿馬鹿しいよ、あなたたち」
「なかなか散々な評判ですね」
と、ププンハン。
「残念じゃが、手配書にはない顔じゃな」
己がページに刻んだ人相書きを、パラパラとめくる古書ピミウォ。
「皆さんのお話の通りの、小物のようじゃ」
「じゃあ、そこらの隅で、もう少しこのオッタンを諭しておこう」
「オッタンドです」
参拝者たちがビキラの言葉を訂正した。
「諭して聞くような人間ではないがのう」
「逆恨みされますぞ、旅の人」
そんな参拝者の言葉を背に受けながら、ビキラはオッタンドを寺の隅に引きずって行った。
ついてゆくププンハンと、彼の撫で肩に移動した古書ピミウォ。
方位塔の陰になって、本堂や行列から見えないことを確認したビキラは、懇懇と諭し始めた。
「来る時すでにDEATH来とる苦 (くるときすでに、ですきとる、く!)」
「鎌鼬は痴態魔か (かまいたちは、ちたいまか?!)」
「関西人爺さんか (かんさいじん、じいさんか?!)」
「なんと良い痔か爺よ取んな (なんとよいじか、じいよ、とんな!)」
などなど、惨たらしい詠唱と同時に、さまざまな打突音と悲鳴が、塔の向こうから聞こえて来るが、
「とうとう罰が当たったのう、オッタンド」
「ワシらが大人しくしとるのを良いことに、調子に乗るからじゃ」
「他所者は恐ろしい」
「天罰。天罰」
と、地元の住民たちは、至って冷静だった。
調子に乗ったオッタンドが、いつか巨悪に倒される日を夢見て、甘やかし続けて来た住民たちだったのだ。
境内の隅で地に伏し、呻いているところを小坊主に発見されたオッタンドは、寺で手厚い治療を受けた。
その後、寺の雑用係として働き始める元チンピラ、オッタンド。
人の善意に触れて、改心してしまったのである。
住民たちの目論見は、こうして崩れ去ったのであった。
未来のことはさておき、老農婦タネに化けた九尾の妖狐は、無事にコンコンと鐘を叩いた。
それは一時の厄払いと、ビキラとのこれからの長い厄付きを知らせる鐘の音でもあった。
(鐘叩きに来たタネか)
かねたたきに、きたたねか?!
第二十八話「農婦の、おタネさん」の巻 ーーおわりーー
次回、第二十九話「革命記念日異聞」の巻。
ムカウ共和国の、めでたき革命記念日に起こる奇跡とは?!
幌馬車にゆられるビキラたちの運命やいかに!
明日、22日(日曜日)のお昼頃に、投稿予定。
今度は、一挙掲載です。
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