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第三話「関所のビキラ」の巻

回文ショートショートショート

「亀と女神」の巻


公園の大きな噴水に、様々な彫刻が置いてあった。

大きな亀が一体、目立っている。

「青海亀かのう? 赤海亀かのう?」と、古書ピミウォ。

緑青(ろくしょう)を吹いた彫刻で、ピミウォには分からなかった。

「青海亀よ。ほら、女神魚が一緒にいるじゃないの」

半人半魚の像を指す魔人少女ビキラ。

「ああ、人魚じゃのう。確かに女神のように美しい」

「人魚じゃないの、女神魚! そして一緒に居るのは青海亀!」

ビキラは力強く訴えた。

「ああ、うん、た、確かに青海亀と女神魚じゃ」

ビキラの剣幕に押されて、ピミウォはおろおろと応じた。


(女神魚青海亀)めがみうおあおうみがめ

ここは県境の関所である。


木造平屋建ての、さして広くはない部屋に、チェックを待つ行列が三つばかり出来ていた。

魔人ビキラは今、その右端の列の一番前に立っていた。


「随分と古い手形だったね、お嬢ちゃん」

ビキラの通行手形を見た若い役人が思い出したように言った。


その役人は間仕切(まじき)り壁の向こうに、上半身だけが見えていた。そして、ただの人間だ。

胸と背中に、「関」の白文字があるワーキングブルーの作務衣(さむえ)を着ている。

  関所役人の制服だ。


「うん。今の共和国が樹立したどさくさに、作ってもらった通行証だから」

  ビキラは正直に答えた。


「なんだって?」

  若い役人は驚いて、少し目を()いた。

「軍事独裁政権が倒されて、百何十年にもなるぜ。お嬢ちゃん、一体、幾つ?」


「さあ。歳なんてもう、忘れちゃったわ」

  ビキラは少し首をかしげて、再び正直に言った。

「そんなことより、調味料と火打ち石と洗面セットはまだ返してもらえないのかしら?」


「ああ、ごめん。返ってきてる。問題なかったよ」

若い役人バムークは、横にある移動式の棚から、わずかばかりの魔人少女の所持品を、壁越しに返した。


野宿をして、野草を食べることがある。

  小川で顔を洗い、歯を(みが)くこともある。

ビキラにとっては、大切な小物だった。

ビキラはそれらを、ヒョウ柄ジャケットの内ポケットに手際よく収めていった。


肝心の通行手形は、ベテランの役人が真偽を確かめるために奥の部屋に持って行ってしまい、まだ帰ってこない。


若い役人バムークは、ビキラを改めてまじまじと見た。

(見た目は少女。でも年齢は、(ゆう)に百歳を越えているんだ。虹色の髪と赤い瞳が、魔人の(あかし)なんだろうか?)

  などと、バムークは悩んでいた。


手形にあった職業欄の「捕り物屋」が信じられないバムークである。

  捕り物屋とは、賞金稼ぎの正式名称だ。

バムークも仕事柄、何十人もの捕り物屋を見てきた。

  そして、

(あんな連中、ただの荒くれ者、ならず者だ)

  というのが、賞金稼ぎに対するバムークの感想だった。


(魔人には二種類ある)

  と、バムークは考えていた。

ひとつは、妖術という特殊能力を得たことにより、人間を身下げ、悪事を拠所(よりどころ)とする者たち。

もうひとつは、人間が恋しく(いと)しく、共存を望む者たちだ。

(このビキラという魔人少女はどちらだろう? どす黒い腹の中を隠した前者ならば、この場で捕らえねばならない)


バムークは目を細めて少女を見つめる。

  しかし本性を見抜く能力がある訳ではない。

ヒトと魔人に対して、平等であらねばという道徳心と、人間らしい偏見との狭間(はざま)でゆれる小役人だ。


一方、ビキラには小さな心配事がひとつあった。

  小脇に(かか)える錆色(さびいろ)の古書だ。

古書には、世捨て人ピミウォの魂が宿っていた。

  喋るし、食べるし、寝るし、飛ぶのだ。


魂のある物体ならば、ヒトモドキとして通行手形が必要なのだが、作っていなかった。

だから、無機物の書物に化けて、関所を通過する算段であった。

そしてこの策略が見破られたことは、まだ一度もなかった。

  が、不安は不安なのだった。


「昨日、この辺りでチロリン雨が降ったよ」

「あら、珍しいわね。石なんかに当たると、チロリンチロリンって鳴くやつでしょ?」

ビキラとバムークが時間つぶしに天気の話などしていると、奥の部屋から、ようやく年老いた役人が出て来た。

こちらは魔人だ。

  ひたいに(つの)が一本、生えていた。


ビキラの通行手形を持ち去った老役人は、

「その魔人少女は大丈夫だ、バムーク」

  と、ビキラの手形をひらひら振って言った。

「手形の通り、捕り物屋だったよ。公安署に問い合わせたら、記録が幾つも残ってた。顔もこの通り、本人だ」

そう言って老役人は、市の公安署が送ってきたビキラの顔写真をバムークに見せた。


「だから言ったでしょ。あたしは正義の味方だって」

  ビキラは笑顔を作った。

順番待ちの、後ろの薬売りや隣の列の数人が、つられて笑った。


「ああ、その古本は?」

  老役人は、一応の手順としてたずねた。

「商売道具よ。公安署や公番に置いてある賞金首を転写してるの」

脇にはさんでいた古書を出し、ページをパラパラと開いて見せるビキラ。


(なるほど。手配書きの縮小コピーのようだ)

手配書を、そのようにまとめている捕り物屋は初めて見たが、老役人と若い役人は納得した。


「随分ありますね」

  と、何気なくバムーク。

「うん。多すぎて覚えられないのよ」

それは本当であったが、身体(ページ)(きざ)んだ手配書はピミウォが覚えているから、問題ないのだ。


ビキラが返してもらった手形を、ジャケットの内ポケットにしまっているその時、


「関所破りだ!」

「偽手形だっ!」

  という大声が室内に響いた。


ビキラの隣のそのまた隣の列で、一本ヅノの魔人が巨体にモノを言わせて強引に押し通ろうとしていた。

役人たちの繰り出す刺股(さすまた)を、いともたやすくへし折っている。


そのオックスブラックの革ジャンが、見るからに危険な気配を放っていた。


「あらら。関所を避けて山越えすれば良かったのに」

ビキラは同情気味につぶやき、そして躊躇なく回文を詠唱した。


「断髪パンダ(だんぱつぱんだ)」


詠唱された回文はたちまち「断髪を神妙な面持(おもも)ちで待つパンダ」と()って具現化した。


「どすこい!」

ひと声唸(うな)り、隣の列を飛び越え、関所破りの巨漢魔人に襲いかかる丁髷(ちょんまげ)のパンダ。

「関所破りは御法度(ごはっと)じゃい!」

術師ビキラの意を()んで、力士パンダが怒鳴った。

何発もカチ上げを喰らわしながら。


関所破りの魔人は、首を真横に(ねじ)ったまま床に倒れ、動かなくなった。


その様子を見ていた老役人が、

「電話で聞いた以上の剛腕だのう、お嬢さん」

  と感心した。

(わし)の出る幕がなかった」


「ちょんまげパンダがね。彼が強かっただけだから」

ビキラは指を、ぱちん! と鳴らして、仮初(かりそ)めの物体である力士パンダを消し、

「で。あいつ、賞金掛かっているのかしら?」

  と役人たちにたずねた。


いつもなら、古書ピミウォに聞くところである。



残念ながら、関所破りの魔人に賞金は掛かっていなかった。

通行手形のない野良魔人が、悪徳業者に(だま)され偽手形をつかまされたと言う、アワレをさそう顛末(てんまつ)であった。


関所を無事に通過し、林の古道に入ったので、ビキラは書物を肩に乗せた。


「人間は時々、(よわい)を気にするわね」

独裁で名を()せたムカウ帝国の中期、内戦の毒素によって魔人化したビキラは、人間であった頃の記憶を失いつつあった。


「まあ、百年も生きれば長命とされる生き物じゃからな」

ビキラの肩に自力で立つピミウォも、ビキラと同じようにヒトであった人生を忘れつつあった。


「で。ピミウォって、幾つだっけ?」


「それは前にも言うたぞ」

  古書は背表紙に(しわ)を寄せて苦笑した。

「覚えておらんわい!」


「なあんだ。あたしと一緒かあ」

  ビキラも苦く笑った。

「長生きしちゃったわね、お互いに」


「とは言え、まだ死にとうない」

  ピミウォは今度は、楽しそうに笑った。



(齢なんか分かんないわよ)

よわいなんか、わかんないわよ


ナンセンスな話にお付き合い下さって、ありがとうございます。疲れませんか? 大丈夫ですか? 私は大丈夫です。

一話完結のショートショート連載です。


次回、第四話「追いはぎの小路」の巻。

ついにビキラが、ならず者と妖術合戦をする。

最初は、こういう妖術合戦をメインにするはずだった……。

頑張ります。

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[良い点] オチの回文がちゃんとビキラの話し方と合ってて綺麗なオチ方で感動しました。お話も回文も面白かった(・´ω`・)
[良い点] ヒトの原型がないピミウォは特に、2人の人間時代の背景が気になるところです。まだまだ2人(1人と1冊)には長生きして欲しいと思う回でした!
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