第二十八話「農婦の、おタネさん(前)」の巻
その日は、祭日だった。
雑炊が振る舞われるというので、某寺に足を運んだ魔人ビキラと古書ピミウォ。
お寺の境内には、行列が出来ていた。
「祭日に撞くと、お清めになる」
という迷信の、鐘つき堂への行列だった。
「『本日はお清め』。『明日は金運上昇』だって」
と、立て看板を読むビキラ。
その行列に知り合いの顔を見つけ、雑炊を後回しにして、近づいて行くビキラたち。
まず、古書ピミウォが、
「そう言えば、以前にお会いした折り、厄払いに鐘を撞くとおっしゃっていましたな」
と、かの知り合いに声を掛けた。
「誰かと思えば……見知らぬ古書ではないか」
野良着姿の、妖艶なる女性は答えた。
「鐘を撞きに来たのではない。叩きにきたのだ。そしてワタシは、タネというしがなき農婦だ。言葉に気をつけるように」
狐耳の女性は、そう続けた。
「ああ、そうでございましたか、九尾のタネさん」
野良着の臀部からは、九本の尻尾が出ていた。
「顔に皺を書き込んで老け顔にしてあるけど、そんなツルツルの美肌をして、かなり無理があるんじゃない?」
ビキラは苦言を呈した。
「だいたい、皺くちゃの老婆に失礼です」
「ええっと、小賢しい娘が身の程を知らず、九尾の妖狐の仮装をして、ついでに老婆に化けているのだ」
九尾の苦しい言い訳であったが、
「そうだと思ったよ」
「全くだ。だいたい凶悪無比と噂の大魔獣が、こんな田舎に来るわけがない」
「そして、貴女のように美人なわけがない」
という住民たちの反応であった。
「美人」の部分に反応して、頬を桜色に染め、
「どうだ見知らぬ魔人少女よ。主も一緒に鐘を叩かんか? もちろん、ちゃんと列に並ぶのだぞ」
と言って、列の後方を指す九尾の妖狐。
「あたしは別にいらない」
ビキラは素っ気ない返事をした。
万が一、清き鐘を撞いて、ケガレが落ちては困るのだ。
ケガレは、ビキラの装甲のひとつだったからである。
そこへ、九尾の珍妙な妖気を感知して、素浪人ププンハンがやって来た。
(悪しき妖であれば、退治せねば)
そう考えての、あまり長生き出来そうにない律儀な行動だった。
「ビキラさん、こちらの妖気な農婦さんと、お知り合いですか?」
魔人少女が、楽しげに会話しているので、おずおずと割って入るププンハン。
「あら、ププンハン。あなたも雑炊を?」
「はい。施しにあずかろうと思いまして」
「ワタシは名もなき農婦だ。妖気とか九本尻尾とか、気にしないように」
それから、九尾は首をかしげて、
「それにしても、ワタシの妖気が見えると言うのか、お主」
と、つぶやいた。
「ああ、ププンハン殿、こちらの娘さんは」
とピミウォが説明を始める。
「その昔、独裁軍事政権が革命軍の殲滅を図って、召喚契約をした極悪なる秘密兵器、十三……ではなくて、ええ、今は九尾さんじゃ」
「実戦投入される前に、独裁帝国が滅んだゆえ、実害はないぞ」
妖艶な老農婦は、隠すのをあきらめて色々と白状した。
「ムカウ共和国の記録では、死んだことになっているらしいし、大丈夫なのだ」
「ああ、そそそれは良かった」
はずみで言うププンハン。
と、ププンハンのはずみ発言と同時に、切っ! と眦を上げる九尾の妖狐。
その眼光の鋭さに、
「わあ、御免なさい!」
咄嗟にサッと、謝る素浪人。
「割り込みだ。あのブラックデニムを着た銀髪の大男、列に割り込みをしたぞ」
そう言って、ププンハンの撫で肩に手を置く九尾。
「お主をムカウ男児と見込んで頼みがある。ワタシはこのように列に並んでいるゆえ、動けん」
肩に置く手に力を込める九尾。
たまらず中腰になる素浪人。
「あの割り込み男を、ワタシに代わって、いや、天に代わって懲らしめて参れ!」
ーーつづくーー
次回、第二十八話「農婦の、おタネさん(後)」の巻、は、
明日、二十一日、土曜日、十二時台に投稿予定。
果たして、ププンハンは言われた通りに、懲らしめが出来るのか?!
隣に、そういうことに適した魔人少女がいるのに!
半分くらいの書き込みで済んだので、体力的にも精神的にも楽でした。
今後も、長い話の時は、「前編」「後編」に分けようかと思いました。面目ない。




