第二十七話「召喚師現わる」の巻
「うわはははは。よくぞ余の変装を見破った! 小娘」
軍事政権復活団の大幹部、ラドケンはそう言うと、みずから付け髭とふさふさのカツラを取った。
ヒートブラウン色のジャケットが勇ましい大男だった。
そこは海沿いの街道。
さいわい、人通りは少ない。
幸か不幸か、道幅は狭い。
北はすぐに山の斜面、南は海への断崖だ。
「大人しく捕まってちょうだい、ラドケン。さもないと……」
と、向かい合う魔人ビキラが言った。
「さもないとなんだ? 腕ずくで、とでも言う気か、小娘?!」
ラドケンはせせら笑う。
「余が、なぜ四天王のひとりなのか、それを教えてやろう」
と、言って両手を広げるラドケン。
「ただし!」
「ただし?」
と、ビキラ。
「余の詠唱の邪魔をしてはならん! 最後まで大人しく謹んで聞くのだ。良いな?!」
(あーー、またアレだな)
と、思うビキラ。
(ひらがな四十八文字唄よね、たぶん)
ラドケンの詠唱は、その、ひらがな四十八文字唄だった。
ひらがなをすべて、一文字だけ使った唄。
パングラムである。
「乙女居る (をとめゐる)
菫咲く浜 (すみれさくはま)
細襟の (ほそえりの)
褪せぬ色よ (あせぬいろよ)
歌声止む (うたこゑやむ)
訳も無し (わけもなし)
夕陽落ちて (ゆふひおちて)
狐に還らん (きつねにかへらん)」
妖気漂う四十八文字唄だった。
「そばやのそぼは
そのむかし
そっとそぷらの
それなりに……」
「歌声止む訳も無し」の詠唱通り、なにやら童謡のようなものを歌いながら、クレイジーオレンジの浴衣を着た女性が具現化した。
腰まである黒髪が、微風にゆれている。
耳は狐耳だ。
尻尾は臀部から、九本出ていた。
「見て驚け、愚民ども。伝承・伝説に名高き大魔獣、本物の九尾の妖狐だぞ!」
腕を組んで、ふん反り返るラドケン。
「余は召喚師なのだ。本物を呼び出せるのだ。うぬらが出す仮初めとは、訳が違うのだっ!」
「ラドケン、今度はなんだ?」
細面に一重まぶたの女性が、物憂げに言った。
「この生意気な小娘を」
と言うラドケンに被せて、ビキラが、
「あら、キュウちゃん。おひさ」
と、手を上げて振った。
九尾のキュウちゃん、である。
「むう」
キュウちゃんと呼ばれた女性は狐耳を立て、切れ長の目を大きく開いた。
「ビキラではないか。おひさ。ビキラ、で良かったかな?」
「うん。まだビキラのままだよ」
「オドロオオカミ模様のジャケットはやめたのか? 似合っていたのに」
「きゅ、九尾よ。知り合いか?」
「旧友と言えよう。あの娘を倒せと言うなら、断るぞ。ラドケン」
「何を言うか、召喚の契約を忘れるな! 反故には出来んぞ」
「ああ、召喚師の命令は絶対ですなあ。フモシアの三原則によって、召喚体の命も守られてはおりますが」
と、古書ピミウォ。
「おう、ピミウォ。まだ人語を喋っているのか、偉い偉い」
と、九尾の妖狐。
「どんな契約しちゃったのよ、キュウちゃん」
「うむ。つい、油揚げ百枚に目が眩くらんでな……」
「それくらいならイケるわ。在庫、あるわよ」
ビキラはそう言うと、詠唱した。
「げ。アラブ油揚げ(げ。あらぶあぶらあげ)」
詠唱に応じて、アラブ風味の油揚げが百万枚ほど具現化した。
「はい、召喚契約、これでチャラね」
「馬鹿を言うな。こんな仮初めの物体でチャラになるか」
首までアラブ油揚げに埋もれて、ラドケンが喚く。
「おう。見た目がしっとりしていると思ったら、味が付いているではないか」
九尾は、山と盛られた油揚げを摘み食いして、舌鼓を打った。
「甘辛が五臓六腑九尾に染み渡る。ワタシは解放された!」
妖狐は高らかに宣言した。
「召喚契約の摂理がお前を許さんぞ、九尾の妖狐!」
「うむ。召喚師マスターを傷つけられぬのであったな。確かめてみよう」
油揚げの山から、ちょこんと出ているラドケンの頭を見る九尾。
「あっ、ま、待て九尾っ」
甘辛油揚げに身を封じられ、頭を振って声を裏返すラドケン。
ずびびびびびびびびびん!
妖狐はラドケンの頭に、九本の尻尾で、耽美なビンタ、を喰らわせた。
妖力タンクでもある九尾の連続ビンタに、あっけなく意識を失うラドケン。
「召喚師を殴れたのう」
油揚げをぱくぱく食べながら、九尾は唸った。
「いつの間に解放されていたのかな、ワタシは」
「えっ? 今じゃないの?」
負けずに油揚げを食い散らかすビキラ。
「こんな仮初めの物質で、契約がチャラに出来るわけがなかろう」
と、『こんな物質』を食べ続ける九尾の妖狐。
「おそらくですが、契約が切れた後も、自己暗示で操られておったのでしょう、九尾さん」
「これはみっともない。黙っていてよ、ビキラ、ピミウォ」
「ひとつ貸しね」
「ぬぬう。ビキラ、お主。ラドケンより質が悪いかも知れんな」
「厄払いでもなさいますかな、九尾さん」
「そうだな。近くの寺で鐘でも撞こう」
「おや。神社参りではないのですな?」
「内緒だが、ワタシは仏教徒だ」
九尾の妖狐は、豊満な胸を張った。
「その内緒。ふたつ目の貸しね」
すかさずビキラが言った。
(鐘撞きの狐か)
かねつきの、きつねか?
次回、第二十八話「農婦の、おタネさん」の巻
農婦のおタネさんとは、一体何者なのか?
そして、列に割り込んだチンピラの運命や如何に。
ププンハンを巻き込んで、騒ぎはさらに盛り上がるのであった。
前編の更新は、20日の金曜日に。
後編の更新は、21日の土曜日に。
今回、「魔人ビキラ」を「回文童話・のほほん」の方に誤投稿してしまい、直すのに四苦八苦しました。
画面の方も、読みづらい状態が続いたかと思います。
申し訳ありませんでした。
以後。気をつけます。もう、シンドイから。参りました。




