第二十六話「ヨビを追う者」の巻
小役人、鬼津右衛門は角が一本生え、発火能力を得た。
いまだ所かまわず漂う騒乱の毒素のせいで、魔人化したのだ。
そして仕事のストレスを、放火により発散する快感を得た。
「なんというエクスタシー!」
と、喜ぶ鬼津右衛門。
夜な夜な街を徘徊しては放火を続け、いつしか、
「放火魔人・真夜火」を名乗るようになった。
今は亡き先輩放火魔人「夜火」の、ファンだったのだ。
しかしその快楽も、長くは続かなかった。
やがて正体が暴かれ、賞金が掛けられ、岡っ引きと賞金稼ぎに追われる身となったのである。
そしてついに、鬼津右衛門改め真夜火は、廃工場の奥へと追い詰められた。
かつては軍需工場として機能していた設備の数々が、革命戦争の空爆によって、瓦礫となって散乱している。
追い詰めたのは、賞金稼ぎのビキラ。
古書ピミウォは、戦いの巻き添えをさけて、鉄柱の陰に隠れ、高みの見物を決め込んでいる。
「よくも人々の思い出を、大切な品々を灰にしてくれたわね、マヨビ!」
ビキラはビキラ自身が、街の破壊と共におたずね者を捕らえた折りに、住民から言われてきた台詞を叫んだ。
「いや、人は死んでないはず」
と言い返すマヨビを、
「死人が出なければ良いという問題じゃないのよっ!」
と、力強く叱るビキラ。
その台詞もやはり、幾度となく住民たちに浴びせられて来た言葉だった。
「ロクな死に方しないわよ、悪党!」
次々と自分の胸にも刺さる言の葉を吐き、自虐に酔う魔人ビキラ。
「へっ。どうせオイラなんか、地獄行きだ。今さらどう言われようが構うもんか」
マヨビも中々、居直って生きて来たようであった。
「言ったわね。地獄へ落ちる前に、生き地獄を味わうがいい!」
ビキラは怒りで虹色の髪の毛を逆立て、回文を詠唱した。
「マキシマムな夢魔式魔 (まきしまむな、むましきま!)」
悪夢に出て来る魔物のような、異様にして異形の物体が具現化した。
体は蜘蛛。脚は高脚蟹。尻尾は秋田犬。
しかして頭部は、長い黒髪の美女であった。
全長は三メートルほどであろうか。
「その切れ長の目と細い顎。さらに狐耳。モデルは九尾さんかのう?」
と、古書ピミウォ。
「うん。怪物と言うと、キュウちゃんしか思い浮かばなくて」
と、ビキラ。
「くっ。化け物めら!」
マヨビは辺りの瓦礫に発火を試みるが、積もった埃が弱々しく炎を上げるばかりであった。
わさわさと多脚を操り、前歩きでマヨビに迫る夢魔式魔。
「首折り損のくたばり儲け!」
式魔はコトワザのようなモノを叫ぶなり、ハサミ脚を降った。
式魔のその叫びで、首を狙われていることが分かったので、
「ひっ!」と、
悲鳴を上げながらも、間一髪、躱わすマヨビ。
「よくぞ躱わした。褒めて遣わす」
そうつぶやいて、
「痛くもない腹をえぐられる!」
またしても、コトワザモドキを唱える式魔。
「ひい」
狙われる箇所が分かったので、腹部を押さえて横走りに逃げるマヨビ。
チョキチョキとハサミを鳴らして追う式魔。
「あっ、またもや躱わしおったぞ、あの放火魔」
「攻撃する前に教えるんだもんね。仕方ないかも」
「頭隠して尻滅裂!」
「井の中の大海、蛙を知らず!」
「下手の考え、休んでニタリ!」
次々と繰り出される式魔の直接物理攻撃を、必死に躱わし続ける器用貧乏マヨビ。
マキシマムな夢魔式魔の攻撃は、妖術の具現化限界時間が来るまで続いた。
「おう、見事。三十分、逃げ切りおったぞ、あの放火魔」
「やるわね。じゃあ、これならどうかな?」
ビキラは、冷や汗でシトドに濡れ、膝を震わせている放火魔に、さらなる回文を詠唱した。
「突いたりしなくて国後タイツ (ついたりしなくて、くなしりたいつ!)」
具現化した国後タイツは、まだ突いてないのに、何故か激怒していた。
放火魔が、よっぽど嫌いなようだった。
(ん燃え尽きる鬼津右衛門)
ん。もえつきる、きつえもん
次回、第二十七話「召喚師現る」の巻
伝説の魔獣、九尾の妖狐と対峙するビキラ。
果たして魔人少女に勝ち目はあるのか?!
水曜日(18日)あたりに更新予定。
知らず知らずに待て。




