第二十四話「続・バランザの丘」の巻
バランザの丘で、放火魔ヨビは、丘虫の残留思念に殺されてしまった。
仕方なく、近くの公番に知らせるべく、古書ピミウォは飛び立った。
魔人ビキラは、死体の見張り番に残った。
ビキラはヨビの亡き骸の傍らに立ち、
「独裁政権が倒されて、朝も、昼も、夜も、変わっちゃったのよね」
うつむいて話しかけていた。
「軍事政権の価値観は遠い昔のものになって、明日が変化したのよ。なぜだか分かる? 帝国の圧政が、市民の心に火を付けたからよ。あなたは、火を付けるところを間違ったわね」
しかし屍は何も語らない。
撒き散らされた灯油も、ビキラの妖術ではどうしようもなく、独特の臭みを漂わせている。
ただ、まだ消されずに居た勤勉なる便器と、痔を病む示談屋が、魔人少女のつぶやきにうなずくばかりであった。
そんな所へ、水陸両用の幌トラックがやって来て、丘の麓で停止した。
幌のかかった荷台から、わらわらと制服姿の男たちが下りて来る。
人間と魔人の混成部隊だった。
ボーダーシルバーの作務衣を着ており、背中と胸の丸印の中に「境」の黒文字が見える。
「おや、県境警備隊のようですね」
と、イボ痔を気にしている和服姿の示談屋。
「でもここ、ガンマルト県よね。制服に『ゲルオメガ』の文字があるわよ。ゲルオメガは、お隣の県じゃなかったっけ?」
「おーーい、そこのカップル。降りてこーーい!」
鼻髭をたくわえた中年男が、丘を見上げて叫んでいる。
一本ヅノの魔人だ。
ビキラはその声を聞いて、示談屋を抱えると、一気に丘の下まで跳んだ。
「ひょーーーー!」
示談屋は痔を気にしつつ、ただただ叫んだ。
「なにごと? どうしたの?」
腰を抜かした示談屋を地面に置いて、ビキラは目の前の鼻髭男に言った。
「あ、うん、ああ……」
自分の目の前に跳び降りて来たビキラに驚く、鼻髭の県境拡大隊のソジロウ隊長。
しかし気を取り直し、
「こ、こここここで何をしているっ?!」
ソジロウ隊長は、突きつけた指を震わせて言った。
「別に何も。強いて言えば丘の散策」
相手が岡っ引きではないので、ヨビの屍のことは言わないビキラだった。
「本日ただ今から、この辺りはゲルオメガ県の物だ。小娘、通行手形を見せろ」
「なんでよ。関所でもないし、あなた岡っ引きじゃないでしょ」
と、むくれるビキラ。
「今晩には関所が立つのだ。お前たちは、新設ゲルオメガ関所検問第一号だ。喜ぶが良い」
そう言うソジロウ隊長たちは、関所を無視し、川を渡って不法入県した一団だった。
(そう言えば、県境で争ってると、昨日のお婆さんが言ってたっけ)
と思い出すビキラ。
(そうそう、このバランザの丘が、昔は隣の県にあった。というのが争いの原因だとかなんとかかんとかとんとか)
ピミウォの助けがないので、あいまいに思うビキラだった。
見れば、他の隊員たちは、丘の周囲にボーダーレッドの大きな六角杭を打ち込んでいる。
その杭は、県境の標だ。
「何を勝手なことしてんのよ、あなたたち!」
「勝手ではない。我らはゲルオメガ県境拡大隊なのだ」
と、胸の「ゲルオメガ」の文字を叩くソジロウ隊長。
「県境なんて、独裁帝国が倒された時に確定したでしょうが。今頃ナニやってんのよ」
「伝承をつぶさに調査して、このバランザの丘が、かつてはゲルオメガ県にあったことが分かったのだ」
「その昔話は知ってるけど、そんなことを言い出したら、丘はおろか山だって、結構あちこちで動いてるわよ」
「う? うん? 他の場所などどうでもよい。この地のこの丘が問題なのだ」
「金は天下の回りもの、大地は銀河の授かりものでっせ、あんさん」
腰抜けが直った示談屋が、イボ痔を押さえながら立ち上がって言った。
「わたしも昔はあんさんみたいに、手頃な土地を見つけては、アラレもなく所有権を主張したもんやけど、お月さんが誰のもんでもないように、この丘も誰のもんでもおまへんやろ。そっとしときまひょ」
そして痔を気にしながら、消滅する示談屋。
妖術の時間限界が来たのだ。
「うお。彼氏が消えた?!」
驚いてのけ反り、後退さるソジロウ。
「お前があたしの彼氏を殺したのよ、たった今!」
ソジロウの勘違いに便乗して、指を突きつけるビキラ。
「い、いや、拙者はそんなつもりは」
与えられた仕事に忠実なだけのソジロウ隊長は、想定外の展開と言葉にたじろいだ。
「誤魔化そうったって、そうはいかないからね」
と、自分の暴言をゴマカすビキラ。
「この丘は、ゲルオメガには渡さん!」
成り行きでそう叫んだビキラは、回文を詠唱した。
「ダンスは済んだ (だんすは、すんだ!)」
古風かつシンプルな回文と共に、具現化する小柄なショーガール。
357マグナムレッドの、シルクハット。
ブローニングM2ブラックの、レオタード。
44マグナムブラックの、網タイツ。
ガトリングブラックの、ハイヒール。
そして手には、ナナミノキの、枝。
出現したのは独裁政権時代に、その圧政と戦い続けた伝説のショーガールだ。
ビキラの憧れと思い込みで、かなり強化されていた。
「どうしたの、ビキラちゃん」
ダンサーは真紅のシルクハットに手をやり、笑顔で問いかけた。
「あの銀色服の人たちが、あたしをいじめるんです」
うつむき、上目遣いで訴える魔人少女ビキラ。
「うん。分かった」
ぽん、とビキラの肩を叩くダンサー。
「あとはわたしに任せて」
「ええええっ?!」
その伝説のダンサーを知っていたミュージカル好きのソジロウは、声を裏返した。
「あなたは、きっ、きき木の実ナ……」
「お黙り、悪党!」
ナナミノキの枝でアッパーカットを喰らわせ、ソジロウを失神させるダンサー。
ダンサーが手に持つナナミノキも、華奢に見えるがしたたかに強化されており、たわわに実る赤い実は、わずかにニ、三粒が落ちたばかりであった。
「成敗!」
舞うが如く疾走しながら、杭打ち作業中の隊員たちをナナミノキの枝で、なぎ倒してゆくダンサー。
「そこの幌トラック、爆発するわよ」
ビキラはひとこと注意して、即座に回文妖術を射った。
「ミサイル。ルル ・勇(みさいる。るる・いさみ)」
具現化したミサイル然としたルル・イサミは、
「行きます!」
と宣言し、ただちに飛び立った。
幌トラックから転び出る隊員ふたり。
ルル・イサミの着弾を受け、卒無く爆発する水陸両用車。
古書ピミウォが、岡っ引きを引き連れてバランザの丘に戻った時には、ゲルオメガ県の県境拡大部隊は全滅していた。
死人が出なかったのは、つつましい奇跡と過激な偶然が重なったお陰と言えた。
「ワシの留守中に何があったのじゃ?!」
岡っ引きの肩の上で、跳び上がって驚く古書ピミウォ。
「まあ、色々と……」
煙を上げている幾つかの爆発跡を見て、
(少しやりすぎたかな)
と反省するビキラだった。
倒す相手がいなくなったので、ナナミノキの枝を持つ伝説のダンサーは、所在なげに踊っている。
ちなみに、バランザの丘を守ったので、ビキラはガンマルト県に表彰された。
ゲルオメガ県には、入県禁止の処置を食らった。
(大惨事が、人災だ)
だいさんじが、じんさいだ
次回、第二十五話「メガ・アーマーマ」の巻
次回、有名妖怪モドキも現れ、ますます好き勝手に暴れる魔人少女ビキラ。
果たしてメガ・アーマーマとは何者?!
藤井聡太さん、八冠達成を祝いつつ待て!




