第二十三話「バランザの丘」の巻
「やはり丘虫じゃのう」
こんもりと盛り上がったバランザの丘を見上げて、古書ピミウォが言った。
「へえ。こいつも丘虫?」
魔人ビキラはひたいに手をかざして、丘を見上げる。
なんの変哲もない、雑木と下草に覆われた小さな丘である。
「丘虫、山虫って、あんがい列島のあちこちに居るのね」
ビキラは今さらに、感慨深げにつぶやいた。
昨日のことだ。
ビキラたちはオオオカの街角で、
「バランザの丘は、昔は隣の県にあった」
とか、
「一夜にして丘が動いたの山が動いたの、昔々のヨタ話だ」
とか、
お婆さんとにじゅうくの女性の会話を漏れ聞いて、気になったので確かめに来たのだ。
丘虫、山虫などは、太古から存在する巨大生物だ。
その排泄物によって、辺りに肥沃な土地が生まれて来たと言える。
影ながら、人間たちの繁栄を支えてきた益虫なのであった。
有名なところでは、さる超古代文明の滅亡がある。
大陸虫の背に帝国を築き、高度に発達した科学力を駆使して、近隣大陸への侵攻と略奪を繰り返していた某帝国。
だがある日、大陸虫が寝返り、瞬く間に海中に没し、滅んだのである。
『一夜にして帝国が海に消えた』
今も伝説のひとつとして、広く世間に知られているお話だ。
「どう? 生きてるの?」
「いや、触覚樹がほぼ枯れておるな。こいつも死骸じゃ。太古から繰り返されてきた戦乱の毒素を、吸い込みすぎたのであろうよ」
「なんだ、また死骸かあ。生きてるのに出会わないね」
と、肩を落とすビキラ。
「生まれるのが二千年ばかり遅かったのう、ビキラよ」
笑いながら、ビキラの肩からすべり落ちるピミウォ。
枯れた触覚樹の辺りをウロウロする人影を見つけて、ビキラとピミウォは丘を登った。
触覚樹は、対で並ぶ真紅の枯れ木だ。
枝分かれの多い、二メートルばかりの低木であった。
丘虫に命があれば、漆黒の羽毛がふさふさと生えているのだが、もはや古の絵でしかそれを確認することは出来ない。
そして、触覚樹の傍らに立つ二本シッポの魔人を見て、
「あっ、お前は放火魔人ヨビ!」
と叫ぶ古書ピミウォ。
「オレの名を知っているのなら、話は早い」
ヨビはぬけぬけと答えた。
ファイヤーグリーンの迷彩服を着て、周囲の雑木に溶け込んでいる。
「この天然記念物の枯れ木を燃やしちまおうって話さ」
「大昔からそこに生えているから、沢山の人々の思い出があるはずよ。燃えて無くなって、思い出を返せって言われたらどうすんのよ」
捕り物がらみの人家の破壊で、ビキラ自身が言われてきたことであった。
「思い出はお金じゃ買えないのよ」
自分の胸にも刺さる啖呵だった。
「知ったことか」
ヨビの返事は簡潔だった。
「こんな枯れ木の保護に税金を使うのは無駄だろうが」
(おたずね者が触覚樹に近すぎる)
(攻撃して、もしもあの枯れ木が折れでもしたら、賠償金が)
(もしもヨビに放火を許してしまったら、賠償金が)
名案も浮かばぬまま、回文を詠唱するビキラ。
「勤勉便器 (きんべんべんき!)」
具現化した西洋式トイレは術師の意思を汲み取り、
「まあまあ、この便器に座って一服しなはれ」
と、フタを開け、説得を試みる。
「おっと、それ以上近づいてみやがれ、この枯れ木に火をつけるぞ」
足元に置いていた、灯油の入ったポリ容器をつかむ放火魔人ヨビ。
駒不足と見て、ビキラはさらに回文を詠唱した。
「示談屋の病んだ痔 (じだんやのやんだ、じ!)」
「まあまあ、落ち着いて。あんさん」
具現化した和服姿の示談屋は、お尻のイボ痔を手でかばいながら、示談を試みる。
「枯れ木も山の賑わいとは、このことでっせ。その木はソッとしときまひょ」
イボ痔をかばう手を、右手から左手に替える示談屋。
「わたしも昔はあんさんみたいに、なんでも火をつけたい時期があったけど、今はもう時代が許しまへんのやで」
「いいから近づくな、てめえら。そこで大人しく見てろ」
ヨビがいよいよ枯れ木に灯油を掛けたその時、地面から何本もの半透明な触手が湧いて出て、ヨビの体に絡みついた。
「うお。なんだこりゃ?!」
触手はヨビの五体の自由を奪い、さらにぎりぎりと絞めつけた。
「たっ、助けてくれ。くくく、苦しい」
触手の群れは、放火魔人ヨビを空中へと持ち上げてゆく。
「な、なに、地面から生えたあの触手は?!」
「さて、地縛霊か、はたまた土地神か? しかしなんとも凶暴な」
それは、死んだ丘虫の残留思念だった。
いわゆる、自動防御システムだ。死骸の。
「ええっと、地縛霊さん? まあこの便器に座って落ち着きなはれ」
「わたしも昔は見境なしに、あれこれ絞め殺したい時期があったけど、今はもう時代遅れ……」
便器や示談屋の必死の説得も虚しく、放火魔人ヨビの意識は薄れてゆくのだった。
(忍び寄る夜火の死)
しのびよるよびのし
一話完結形式のショートショート連載。
回文妖術師・ビキラの冒険ファンタジー。
次回、第二十四話「続・バランザの丘」の巻
バランザの丘、完結編。
県境警備隊と戦い始めるビキラ。
果たして彼女に勝ち目はあるのだろうか?!
寝る前は歯磨きして待て!




