第十八話「勇者現る!」の巻
「貧しいシズマ(まずしいしずま)」
の詠唱で、具現化した青年シズマは、
「それもこれも皆んな貧乏が悪いんだっ」
と叫びながら、農夫に化けていたおたずね者、ザムエモンを倒した。
「見たか貧乏の底力、舐めんなよ!」
そのシズマの言葉は、食事代に窮した時の、ビキラの気持ちに通ずるものがあった。
「はいはい」
シズマの言葉が、ちくちくと心に刺さる魔人ビキラは、早々に指を鳴らして妖術を解き、貧乏青年を消した。
「これで、今晩の宿泊費は心配せずにすむのう」
一件が落着したので、上空からビキラの肩に舞い降りる古書ピミウォ。
ここは、顔色白い丘 (かおいろしろいおか)として知られるイロジロオカである。
白い雑草が一面に蔓延っている。
「いや、お見事!」
人影のない丘に、そんな声が響いた。
「ん? だ、誰だっ?!」
ビキラは腰を低くして辺りをうかがった。
「ビキラよ、足元じゃ」
ビキラの肩の上で前屈みになって、ピミウォはしおりヒモを、ピン! と伸ばし、地面を指した。
足元の雑草を掻き分けて、小さな白ネズミが顔を出す。
「どうも。ぼく、こう見えて、勇者なんです」
ネズミは仁王立ちになり、胸を張った。
「名は、ユウゴ。よろしく、この世界の勇者さん」
「は、はいよろしく。あたしの今の名は、ビキラ」
引き気味に応じるビキラ。
「動物の魔獣化は珍しくないが、人語を喋るのは初めてじゃな」
と、ピミウォ。
「ぼくはこの世界の者ではありませんので。別世界で、ヌルカムルという大魔王と戦っていたんですが、突然、眩光につつまれて、気がついたらこんなネズミの姿に……」
「しかも世界が違っておったと?」
「たまに聞くよね。最近も、ボヘミアンイエローのローブを着た男が、そんなこと言ってたわ」
「アンブロジイじゃな。あれからどうしておるかのう。この世界に馴染んでおれば良いのじゃが」
「頑固そうな男だったよね、あいつ」
「あのう、ぼくの話を……」
「あっ、ごめんごめん。で、なんの用? 勇者さん」
「あなたを勇者と見込んでお願いが」
ネズミ勇者は、小さな手を合わせた。
「あたし、勇者じゃないよ」
顔の前で手を横に振る魔人ビキラ。
「しかし今のあざやかなお手並み。さぞや高名な勇者様ではなかろうかと。ぜひともお供に加えて頂きたく!」
「あたしはただの捕り物屋。俗に言う賞金稼ぎよ。相手が弱かったから、あっけなく勝っただけ」
「うむ。賞金も少額ゆえ、弱かったのう」
「えっ、そうなんですか? で、では勇者はいずこに?」
「勇者を名乗るような大言壮語は知らないわねえ」
腰に手を当てて、首をひねるビキラ。
「魔王を名乗る阿呆も知らんのう」
「ええっ? ここ、そんな世界なんですか? い、いや、探せば勇者も魔王もいらっしゃるのでは?」
「そうね。あたしたちの見識が狭いだけという可能性はあるわね」
「うむ。無宿人の見識は、狭い」
自慢げに言うピミウォ。
「どこかに勇者は居よう」
「そ、そうでしたか。サラバです、市井の民よ」
白ネズミはそう言うと、草の中に姿を消した。
「なんだか大変そうなネズミくんね。でも、ユウシャって、そもそも何をする人なの?」
「おそらくワシらよりも大志を抱いており、巨大な敵を倒そうとする者ではないかな?」
「じゃあ、ムカウの独裁政権を倒した、市民革命軍みたいなもの?」
「おお、そうじゃな。とすると、少なくともムカウ列島にはもう、大悪党はおらんのではないかな」
軍事政権復活団は、大敵とは考えていないビキラとピミウォであった。
ビキラたちと別れた勇者ユウゴは、その後もこの世界の勇者を探して冒険を続けた。
オドロオオカミに追われ、
ヒルフクロウに狙われ、
クロネコマタに襲われ、
とうとうイタチダマシに食べられてしまったユウゴ。
そしてウンコになっても、生き続ける勇者ユウゴだった。
「くそっ、勇者ともあろうぼくが、なぜこんな目に。くそっくそっ」
荒れ地を這いながら、愚痴が止まらないユウゴ。
ついにはフンコロガシに捕まり、丸められてゆく勇者。
「あああ。勇者ともあろうぼくが。丸められ、果ては卵を産みつけられて、幼虫の餌になるんだ。なんという運命。なんという悲劇」
フンコロガシに転がされながら、嘆く勇者だった。
「それもこれも、皆んなあの大魔王ヌルカムルのせいに違いない」
と、息むユウゴであったが、ウンコになにが出来ようか。
そもそも異世界で、もとの世界の大魔王と出会うことなど、奇跡に等しい。
しかし勇者は叫ばずにはいられなかった。
「魔王っ、糞魔王! 呪ってやる。この身果てようとも呪い続けてやるぞ! 大魔王ヌルカムルめ!」
その勇者ユウゴの言葉を聞き、フンコロガシは我慢出来ずにささやいた。
「呪うのは止めよ。余もこうして虫に変化しておるのだから」
(余談な奇跡なんだよ)
よだんなきせきなんだよ
一話完結形式の連載です。
回文妖術師・ビキラの冒険ファンタジー。
次回、第十九話「風船虫」の巻
空に浮かぶ巨大なかたまり。
バルンガだ! 雨雲だ! いや、風船虫だ!
風船虫をクロスボウで狙う怪人は何者?!
そもそも、風船虫とは、なんぞや?!
指摘されたので、ここに書きますが、モデルは、旧帝国軍が作った風船爆弾です。
少し、風刺が入っているかも知れません。




