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第十六話「ヘラクレスは吠え八岐大蛇は笑う」の巻

コソ泥魔人タウスケは、工場地帯で行き止まりの通路に追い詰められた。


「くそ。ちょっと待て、相手してやるから!」

突き当たりの壁を背に、一本ヅノの魔人、タウスケは叫んだ。

「詠唱はちゃんと最後まで聞くんだぞ、いいな!」


追い詰めた魔人少女ビキラは腰に手を当て、

「いいわよ」

  と短く応じた。


相手は少額賞金首である。

(受けて立って当然)

      と、思ったのだ。


「詠じてみよ。聞いてやろう」

古書ピミウォはビキラの肩を離れることなく、悠然と言った。


「くそっ、馬鹿にしやがって」

  悔しがるタウスケ。

しかしそれは仕方がなかった。


ビキラの一発目の回文妖術、

「腕自慢マジで鵜 (うでじまん、まじで、う)」

の詠唱で具現化したウの力こぶに驚いて、ひたすら逃げ回ったタウスケだった。

妖力限界の三十分を越え、腕が重くて飛べなかったウは自然消滅したが、さらに逃げ続けたタウスケ。


ついには行き止まりに追い詰められたのだった。


タウスケは、

(全妖力をこの一発に!)

  と力み、鼻血も()でよと声高く詠唱した。


『ほゆへらくれす (吠ゆヘラクレス)

しるふもゐてね (シルフも居てね)

ゑむやまたのをろち (笑む八岐大蛇)

はにわとぬえ (埴輪と鵺)

あなこけそう (あな転けそう)

きかいおりひめ ( 機械織姫)

つよさみせん (強さ見せん)!』


ひらがな四十八文字を、すべて一文字だけ使った唄、いわゆるパングラムであった。


次々と具現化してくる容貌怪異(ようぼうかいい)のモノたち。


ライオンの頭を帽子のように(かぶ)り、手には(こぶ)だらけの棍棒(こんぼう)、獅子皮の(ふんどし)、髭だらけの奇顔。

出現したヘラクレスは、

「ヒュドラはどこだぁ!」

  と吠えた。

「ほゆへらくれす」である。

ネメアのライオンを倒したばかりのヘラクレスらしい。


次に現れたのは、つむじ風を身にまとった細身の少女だった。

「しるふもゐてね」

風を(つかさど)る精霊、シルフだ。


その次は、バーニングレッドの瞳に、八つの頭、八つの尾。

体には杉やヒノキが生えていた。

  ヤマタノヲロチである。

何が可笑(おか)しいのか、ゲラゲラ笑いながら、

「尾に隠した草薙(くさなぎ)(つるぎ)は渡さぬぞ、須佐之男(すさのお)!」

  と、八つの頭が声をそろえた。

「ゑむやまたのをろち」であった。


さらに出現する、筒のような頭と胴が一体化した姿。

細い腕を一方は上げ、もう一方は下げ、ふたつの目とひとつの口は(まろ)(うろ)であった。

  人型ハニワだ。


加えて出現したのは、猿の頭部に狸の胴体。

虎の手脚、尾は大蛇という奇体。

  ヌエだ。


ハニワとヌエは、具現化するなり何かにつまづき、()けそうになった。

  「はにわとぬえ」「あなこけそう」の具現化であった。


最後に機械化したオリヒメが出現した。

(はがね)のボディにブラッドレッドやパンクピンクの薄絹をまとっている。

ペンチのような手をガチガチと鳴らし、早くも強さを見せようとしていた。

  「きかいおりひめ」「つよさみせん」!!


そうそうたる異形の面子(めんつ)であったが、妖力の関係であろうか、一様に皆、小さかった。

  二尺(約六十センチ)もない。


ヤマタノヲロチなど、首と尾が長いものだから、とりわけ小さく見えた。


「どっ、どうだっ」

妖力を使い果たして、玉の汗をかき、肩で息をしているコソ泥魔人タウスケ。


()っちゃ……」

  ビキラは失礼と思いつつもつい、つぶやいた。


だが、小さくても強い仮初(かりそ)めのモノたちと、何度となく戦って来た。

  油断は禁物である。


(数が多い。一気に片づけないと……)

  そしてビキラは回文を詠唱した。


「高速倉庫 (こうそくそうこ)」


通路の幅ぎりぎりの倉庫が具現化し、

仲良(なかよ)ししよかな!」

  と叫びながら、壁際の小さきモノたちに突進した。


「ぐおお、ヒュドラではない!」

「うわあ、スサノオではない!」

「ハタ織り機、ハタ織り機はどこ?!」


それぞれ無念の思いを胸に、壁と倉庫にはさまれて消滅してゆく異形のモノたち。


ビキラが指を鳴らして妖術を解くと、倉庫の窓に飛び込んで一命を取り留めたタウスケが、地面にうずくまっていた。



「ああもう、今日は失敗続きだ……」

  公番に連行されながら、タウスケがつぶやいた。


「どうしたの。どんよりした顔しちゃって」


「留守だと思って家に忍び込んだら、呪いのワラ人形が居て殴られて、二軒目では番犬魔獣に噛まれて、逃げてる途中で転んで財布を落っことしちゃったんだよ」


「ああそれで、あたしと会った時、うつむいて歩いてたのね。財布、探してたんだ」


「そしたら賞金稼ぎに見つかって、倉庫に潰されかけて、もう、どんよりも四度目だよ」


「それじゃ、お財布探して、公番まで遠回りして歩こう」


だが、タウスケの財布は、見つけられなかった。

  公番に届けられていたからである。


(世の中案外、捨てたもんじゃないな)

  タウスケは、どんよりと曇った頭で、そう思った。



(どんより四度)

どんよりよんど


一話完結のショートショート連載です。

回文妖術師・ビキラの冒険ファンタジー。

次回、第十七話「ププンハンの決意」の巻


好男子安西さんと、有閑マダム江美さんの戦いの行方は?!


また、果たして「眠れる森の美女」の再現は成るのか?!


アオリにはもう(だま)されないかも知れないけど、次回、波乱必至! 快眠して待て!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 途中の「あな転そう」のお陰でハニワと鵺が転けそうになってるのが何だか可愛らしい。笑 回文だけじゃない言葉遊びが読めるのが面白い。
[良い点] くしゃみをしながら怪訝な顔で辺りを見回すビキラを想像したら可愛かった( パングラムすごい!!!詠唱されたもの達も強そうだしで最初の印象とは打って変わってこれは強敵だなと思ったらアッサリや…
[良い点] いつも優しいオチにホッとします。
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