第十四話「素浪人ププンハン」の巻
賞金稼ぎの魔人ビキラに正体を見破られたおたずね者、ヴォブロウ。
逃げずに街道の真ん中に立ち、説法を始めた。
「平民は愚者であるから、我々が監視し、統治せねばならんのだ」
ヴォブロウは、軍事政権復活団の大幹部であった。
「愚者には、自由がない代わりに、我らに貢ぐ権利を有しておる」
(それにしても)
とヴォブロウは思う。
ミドルブルーの地味なスーツにスラックス。黒い革靴。
ウンポコブルーのネクタイ。
モブホワイトのカッターシャツ……。
(極々(ごくごく)ありきたりのサラリーマンに変装しておったのに、何故バレたのか?)
と。
下顎から伸びた四本の大きな牙と、尊大な歩き方は、自分にはあまりにも当たり前のことだったので、隠すのを忘れていたのだ。
「愚者はさらに、我らの為に働く義務を有し、その労働は無報酬ゆえに美しい」
「ナニ言ってんの、こいつ。純粋な阿呆?」
ビキラは自分の肩に立つ古書ピミウォにささやいた。
「大幹部様とちやほやされて、迷わずすくすく阿呆を育てて来たのじゃろうなあ」
ピミウォは、ため息まじりに応じた。
「よろしい。ならば愚者の一片として言わせてもらおう」
ビキラの隣に、背の高い痩せぎすの男が進み出て言った。
一本シッポの素浪人、ププンハンである。
「軍事独裁政権はもう御免だ」
ププンハン自身は、軍事政権崩壊後の生まれであったが。
「我ら愚者は愚者なりに、これからも悩み、考え、そして前進する。お前のような歪みきった独裁正義を押し売られる筋合いはない」
「あなた言うわね。あたしが常日頃思っていることを」
(ここは混じっておいて損はない)
と考えたビキラは、口をはさんだ。
「そういうことよ、おたずね者っ!」
(それにしても何者?!)
と横に立ったノッポの魔人を見上げるビキラ。
バッドブラックのロングコートに、ハザードレッドのデニムという凶悪な組み合わせだ。
コートの臀部からは、トロピカルグレーのふさふさ尻尾がニョッキリと出ていた。
ふたりは、エッサの山路こと、おいはぎの小路の入り口で一度出会っていたが、ビキラたちもププンハンもすでにがっつり忘れていた。
ビキラたちとヴォブロウの物々しいやり取りを耳にして、立ち止まって見物を始める者も、ちらほら出て来た。
「見物人を巻き込むとマズい。勝負を急ぐのじゃ、ビキラよ」
ピミウォが声をひそめて告げた。
黙ってうなづくビキラ。
沢山の一般人を戦いに巻き込んで、怪我でもされたら、後の賠償金が怖かった。
「愚者どもよ、かように貴様らは……」
なお喋り続けるヴォブロウに被せて、ビキラは叫んだ。
「黙れ! 何を言おうが、今の民主共和制の世にお前はおたずね者なのだっ!」
そして回文を詠唱した。
「蒸し器が軋む (むしきがきしむ)」
ぎちぎちと不気味な軋み音を立てて、太り肉の蒸し器が具現化した。
「何を蒸そうかな、何を蒸そうかな」
蓋をパコパコと開け閉めしながら歌う、陽気な蒸し器。
「ちょいとそこのナイスミドル。ぼくに蒸されてみませんか?」
体をゆすってヴォブロウに迫る。
「ぶ、不気味な妖術師め」
ヴォブロウはたじろぎながらも、駄洒落妖術を放った。
「コンビニのゾンビ煮!」
どこのコンビニに売っているのであろうか?
煮立ったゾンビが湯気を上げて具現化した。
「ゾッゾッゾンビ。ゾッゾンビ」
両手を突き出したゾンビは、歩くたびに肉汁をしたたらせた。
「うあ。ホラー系は苦手なの」
自ら弱点を白状して、ププンハンの背後に逃げるビキラ。
「蒸し器蒸し器、ヤっておしまい!」
ププンハンのふさふさ尻尾で顔を隠して、ビキラは指示した。
術師の命に従い、ゾンビ煮を吸い込もうとして噛まれる蒸し器。
蒸し器はたちまちデッドパープルに変色してゆき、
「ゾゾッゾンビ。ゾゾゾンビ」
と歌いながら、反転してビキラたちに向かって来る。
「これはしたり。迂闊なモノを射つと、ゾンビ化して返されるぞ」
焦りをみせる古書ピミウォ。
「ここはわたしにお任せ下さい」
素浪人ププンハンは、中途半端に長い髪をかき上げて詠唱した。
「オオカミと七万匹の子ヤギ!」
ププンハンは、昔話・童話妖術師であった。
ビキラとププンハンの前に、一匹のオオカミと子ヤギの群れが具現化し、おたずね者ヴォブロウに突進してゆく。
子ヤギは後から後から出現し続けた。
「七万匹はなかなか出そろわないわねえ。でも、大行進ねえ」
と、感心するビキラ。
「はい。一時に具現化する妖力はありませんし」
と、ププンハン。
子ヤギ群の大驀進に飲み込まれ、とっとと姿を消すゾンビ煮と、ゾンビ化した蒸し器と、オオカミ。
子ヤギの大軍に背を向けて、ヴォブロウは逃げ出そうとするが、たちどころに押し倒された。
子ヤギの大行進に盛り上がった部分があるので、
(あ。おたずね者はあそこに倒れているんだ)
と思うビキラと、ププンハンと、ピミウォ。
「ああっ、見物人も子ヤギに押し倒されておりますぞ。これはマズい!」
声を裏返す古書ピミウォ。
「そ、それはマズい、術を解きます」
そう言ってププンハンは指を鳴らした。
街道を埋め尽くしていた子ヤギの大軍は、先頭の方からドミノ倒しのように消滅してゆく。
(ああ、一瞬で消す妖力がないんだわ)
と思い当たるが、失礼なので口には出さないビキラ。
砂ぼこりが晴れると、ヴォブロウは体を若干、平くして地面に伏しているのが見えた。
衣服に数え切れぬ子ヤギの足跡が付いている。
「ふん。薄っぺらくなっちゃって。いい気味だわ」
ビキラは、(ざまあみろ)という顔で、鼻の下を人差し指でこすった。
「ヴォブロウに近づくと、呻いているのが分かった。
指を鉤形にして、地面を掻いている。
「生きているようだな。丈夫に産んでくれた親に感謝しろよ、ならず者」
と、ププンハン。
「見事な大妖術ですな」
ピミウォが助けてもらったお礼に、ヨイショした。
「次は『オオカミと七万七匹の子ヤギ』ですかね? もう、自分でも手に負えなくなっていますよ」
ププンハンは、ため息を吐いて苦く笑った。
『同じ詠唱は二度と使えない』
という妖術の法則の弊害と言えた。
「こら、愚か者。あなたはムカウ帝国の圧政を体験したのか?!」
していなかった。
ヴォブロウは革命後の生まれだ。
「ロクなもんじゃないんだからね。あんなものを復活させようだなんて、馬っ鹿じゃないの!」
ムカウ帝国の軍事独裁政権下に生まれ育ち、魔人化で妖力を得、反抗を続けたビキラにしては、抑えた怒りであった。
そのビキラのボヤキで、
(この少女は自分よりもずっと長く生き、苦労を重ねてきたようだ)
と、気がつくププンハン。
(経験豊かなその人世譚は、わたしの武者修行の大きな手本となるであろう)
そう思ったププンハンは、
「そこの茶屋でお汁粉でも。勝利の宴とまいりましょう」
と、ビキラたちを誘った。
奢りに弱いビキラとピミウォは、おとなしくついて行くのだった。
そして、どさくさまぎれに子ヤギに踏まれた見物人たちが、顧みられることはなかった。
ただ、古書ピミウォだけが、
「幾人かの見物人には、申し訳ないことをした」
と思っていた。
(何人か、堪忍な)
なんにんかかんにんな
一話完結のショートショート連載です。
回文妖術師・ビキラの冒険ファンタジー。
次回、第十五話「団子屋モヨリ堂」の巻
大幹部ヴォブロウの右腕、ヅォイル登場。
ヅォイルはヴォブロウの仇が取れるのか?!
そもそもヅォイルは、ビキラたちがヴォブロウの仇だと知っているのだろうか?!
風雲急を告げる次回。乞うご期待。
ウンコした後はお尻を拭いて待て!
(対象を「全年齢」にしてしまい、下ネタを書く時は躊躇している臆病者です)




