第八十三話「動物は走り鳥は舞う」の巻
ある日の昼下がりの事であった。
「うん? お金を出せって?」
魔人ビキラは裏街道で盗賊団に出会い、険しい顔で睨み返した。
「すみませんな、昨日から、何も食べておらんもので」
肩の上の古書が、申し訳なさそうに言った。
「気が立っております、ご容赦ください」
そこは林の中を走る薄暗い裏街道だった。
「そ、そんな事はオレらに関係ねえ!」
五人組の、リーダーらしい禿げ頭がキョドりながら叫んだ。
その者たちは、全員が人間だった。
お揃いの黄色い作業服を着ていた。
「金がねえなら、売れそうなモノを置いていけ!」
「そのヒョウ柄の上着でもかまわねえ、ぬぬぬぬぬ脱げ!」
「ブーツも……、いや、裸足は歩きにくいか。御免なさい!」
「この盗賊たち、お金になりそう?」
盗賊たちの言葉を無視して、自分の肩の上の古書ピミウォにたずねるビキラ。
「いや、残念じゃが、手配書には載っておらんのう」
と、ピミウォ。
「お、おう。オレらは軍事政権復活団を辞めて、人生をやり直したばかりだ」
「まだ汚れを知らねえ、純真無垢な盗賊団でえ!」
「哀れと思ったら、何か置いて行きやがれ!」
口々に叫ぶ中年男たち。
「ああもう、馬っ鹿じゃないの。なんであんな悪名高い団体を辞めちゃうのよ」
今度はプンスカ怒り出すビキラ。
無名の盗賊団と軍事政権復活団では、、賞金額が違うからだ。
「な、なんでえ、何も知らねえくせに!」
「下っ端はコキ使われるだけで、もう、奴隷扱いなんだぜ!」
「オレらに盗みをやらせて、幹部連中は豪遊だ!」
「アホらしくてやってられるかってんだ!」
「まあ、巨大組織の定番じゃなあ」
と、ピミウォ。
「どうする? この純真盗賊団。そこそこ賞金が掛かるまで泳がしとく?」
ひそひそ声でピミウォと相談するビキラ。
「いや、タチの悪い堅気の旅人に退治されるのがオチであろう。今のうちに公番に連れて行った方が良い」
「更生プログラムを受けさせるのね?」
「うむ。こういう場慣れしておらん小悪党は、素直に仕事をするので評判が良いらしいぞ」
「素材が良いのね」
「復活団も見る目があると言う事じゃろう」
「うんうん。コキ使いやすそうな人と見て、引き込んでいるんだわ」
「お話中すまねえが、オレたち追われているんだよ。早く脱いでくれないか」
盗賊団の禿リーダーがそう言ったところへ、
「見つけたぞ、馬鹿者ども!」
と大声が林の中に響いた。
何事ならんと周囲を見渡すと、裏街道の脇道を、数名の大男たちが走って来るのが木立ち越しに見えた。
「ひゃあ、追いつかれたあ!」
「助けてくれえ、旅のお嬢ちゃん」
一転して、ビキラたちに駆け寄りすがる盗賊団。
「なんなの。金を出せと言ったり、助けてくれと言ったり」
「復活団が連れ戻しに来たんですよう」
ビキラの後ろでぷるぷる震え出す盗賊団。
「小娘、そいつらはウチの組織の下働きだ。大人しく立ち去れば、見逃してやろう」
と、ひときわ大柄な二本ヅノ二本キバが喚いた。
高価そうな革製コートを着ている。
「その小娘も連れて行って、女中にすれば良いのでは? ヌァーガ様」
「手土産がないと、うるさい大幹部もいますからねえ」
二本キバの後ろのフェイクレザーたちが言った。
「ビキラよ、あの先頭の大男は、復活団の中幹部、ヌァーガじゃ。そこそこな賞金が掛かっておるぞ」
ピミウォが知らせ、
「よしっ! 助けてやろう、人間ども」
と、手を打って喜ぶビキラ。
「あなたたち、よくぞ逃げて来た。後はあたしに任せなさい」
「なんだと、ゴラッ! こちらのお方をどなたと心得る!」
「先の軍事政権復活団、万年中幹部のヌァーガ様であらせられるぞ」
「小娘っ、頭が高い!」
凄んで進み出てくる五人のフェイクレザーどもに、ビキラは問答無用で回文妖術を射った。
「柿や桃で股焼きか (かきやももで、ももやきか?!)」
焼き柿、焼き桃が多数具現化し、大男たちの股に飛び込んで、したたかに焼け皮を押しつけた。
「うがあ!」
「あちちちちち!」
「キ◯タマが焼けちまうよう!」
道に倒れ、悶え苦しむ大男たち。
「な、なななんだ小娘っ、オレ様とやろうってのかっ?!」
ヌァーガがキバを剥いて叫んだ。
「香りし尻をか (かをりししりをか?!)」
ビキラは再び回文を詠唱し、特大の香水ビンを具現化させた。
香水ビンはヌァーガの尻を狙って飛んだが、
「なんだ、こんな物っ!」
と、巨漢魔人は手刀でビンを叩き割った。
だが、香水ビンも負けてはいない。割られた首を振り立てて。ズボンの上からヌァーガの尻に突っ込んだ。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーーーっ!!」
尻の穴に突入して来た割れ香水ビンの痛さに、断末魔と言ってよい絶叫を上げる中幹部ヌァーガ。
その叫び声に驚いて、林に潜む動物たちが逃げ出し、何百羽という鳥が空に舞った。
こぼれて量を減らした香水ビンであったが、ヌァーガの尻から鮮血が注ぎ込まれ、ビンはすでに満タンになっていた。
改心したニワカ盗賊団が、ヌァーガたち復活団六名を公番へと連行している。
もちろんビキラが付き添っていた。
「ほらほら、あなたたち天下の大悪党でしょ。もっとシャンと歩きなさいよ」
ビキラは注文を付けるが、
「いやその、股がヒリヒリして……」
「オレ様は尻が痛うて……」
と、弱々しく返事をする復活団。
「理不尽に下っ端の人間をコキ使っておいて、よくもそんな事が言えたわねえ」
ビキラの言葉には容赦がなかった。
「本当の理不尽ってヤツを、あたしが教えてあげようか?!」
ビキラの強気は、純真盗賊団に同情しての事であった。
「ご、ご勘弁を」
悪党どもはヘコヘコと頭を下げて歩いた。
中幹部ヌァーガの尻には、まだ香水ビンが消えずに刺さっていた。
具現化の時間限界はもうそこまで来ていた。
栓の消滅した尻は、理不尽に血を吐くのかも知れなかった。
ビキラも驚くほど大地を濡らすのかも知れなかった、しとどに。
(尻の利子) しりのりし!
(理不尽な汝不利) りふじんななんじ、ふり!!
「魔人ビキラ」本編、あと三話。
「ビキラ外伝」あと一話。
明日は、「ビキラ外伝」を、お昼の12時前後に投稿予定です。
ではまた、明日、「ビキラ外伝」で。




