第十一話「続・見知らぬ街あるある」の巻
見知らぬ街で、人間の老婆が人間の荒くれ者(推測)にからまれているのを見つけたビキラは、助けるべく回文を詠唱した。
「赤射手師黄奇手奢侈かあ(あかしゃしゅしききしゅしゃしかあ)」
ビキラの妖力によって、得体の知れない赤い服の射手師が具現化し、黄色い奇手を射った。
それは奢侈、つまり分を越えた贅沢であったかも知れない。
ともあれ、黄色い奇手によって、老婆にからんでいた荒くれ者は倒された。
心配そうに老婆を見ていた見物人たちは、拍手と投げ銭をして、三々五々、笑顔で去ってゆく。
思わぬ収穫に、嬉々として投げ銭を拾ってゆくビキラとピミウォと赤射手師。
荒くれ者を倒したものの、不出来な回文に、
(ひょっとして、あたしは回文が好きなだけで、作るのは苦手なのかも知れない)
と、根本的な問題に、今さら気がつくビキラであった。
今回の回文は、
「赤汽車車掌師、黄汽車車掌師、青汽車車掌師」
のような早口言葉を作ろうとしたもので、もともと無理があったのだが。
「これ、お嬢ちゃん。あんたを手練れの旅芸人と見て頼みがある」
荒くれ者にからまれていた老婆が、投げ銭を拾っているビキラに話しかけてきた。
「実は今朝、メイドが突然辞めちまってね、不自由しているのさ」
ビキラはお金を拾う手を休めずに、お婆さんをチラ見した。
「次のメイドが決まるまで、ウチでメイドをしてくれんかね。なに、家事全般でいいよ。もちろん謝礼は、今の投げ銭以上に出すともさ」
ビキラがキョトンとしているのを良いことに、老婆は喋り続けた。
「空き部屋はあるしね、衣食住は心配しなくていいよ。どうだい、良い話だろう? 旅芸人さん」
ひまわり模様のワンピースをひらひらさせて笑うお婆さん。
荒くれ者を倒した技を、大道芸だと思っているのだ。
確かに、早口師という大道芸人は存在したが。
「お婆さん、家事はしないの?」
「ふん。あたしゃ、家庭には私生活を持ち込まない主義なのさ」
(メイドに逃げられたのはソコだ)
と看破するビキラとピミウォ。
「で、どうしてこの荒くれ者に」
と、歩道に伸びている大男を指すビキラ。
「からまれてたの?」
「体格を見込んで庭木の剪定を頼んだら、『オレ様を誰だと思ってやがるんだ! とっとと有り金置いて行きやがれっ』って怒り出してねえ。本当に心の荒れた奴だったよ」
「荒くれ者に、そういう頼み事をしてはいけませんですじゃ」
やんわりと諭すピミウォ。
ともかく、衣食住プラス賃金の条件に釣られて、
「メイド、やらせて頂きます!」
と言ってしまうビキラであった。
家に帰る道すがら、老婆は、
「いい男だねえ、あんた。ウチの庭木を剪定してくれんかね」
と、見るからに無頼な人間野郎に声をかけた。
「あんだと? ナメてんのか婆あ、金を出せ!」
瞬間的に怒り出す無頼漢(推定)。
瞬間的に回文を詠唱するビキラ。
「オウム貝と啀む魚 (おうむがいといがむうお)」」
デッカデカオウム貝と大魚は、具現化するなりいがみ合いの喧嘩を始め、巻き込まれてボコボコにされ、地に伏す名も無き無頼漢。
「おや? 早口師じゃなかったんだね、お嬢ちゃん」
「早口師ではありません」
簡潔に答えるビキラ。
「先を急ぎましょう、お婆さん」
「あっ、あいつもこの街の有名なチンピラよ」
老婆は足音を忍ばせて、肩で風を切って歩く長身の男に近寄って行く。
「いや、あたしは実は賞金稼ぎで、指名手配されていない奴らはお金にならないから……ねえ、聞いてる? お婆さん!」
「いい男だねえ、あんた。ウチの庭の剪定をやってみないかね?」
「オレ様がか? 寝ぼけてんのかウスラ婆あ、死にてえのかっ!」
「尖れエレガント (とんがれえれがんと)」
ビキラの詠唱に応じて、優雅かつ上品でソフィスティケートな物体が、肩で風を切る人間の狼藉者 (推量)の身体を抉った。
地面にうつ伏せとなり、動かない狼藉者に、
「御免ね、本来は町の防犯団の仕事なんだけど」
と、ひとこと詫びて先を急ぐビキラだった。
「家はもうすぐよ」
と言って角を曲がったとたんに野良犬然とした男を見つけて、老婆は声をかけた。
「そこの伊達男、ウチの庭木を切り揃えてくれんかね」
「殺すぞ婆あ、相手を見てモノを言え!」
「バンビビビンバ(ばんびびびんば)」
ビビンバ状のバンビを具現化させ、人間だが野良犬男(推察)を失神させるビキラ。
「便利だねえ、お嬢ちゃん。庭木の剪定もやってくれんかね」
と老婆。
「庭師の経験はないから」
とビキラ。
ようやく老婆の家に到着し、その荒れ果てた広い庭を見て、絶句する魔人ビキラと古書ピミウォ。
「庭が綺麗になったら、またヒマワリを植えたいの。昔は、孫がよく手入れに来てくれたんだけど」
などと言い、肩を落とす老婆。
「これは、なんとかしてやれんかのう、ビキラよ」
たちまち同情するピミウォ。
「えーーっ?! だから、庭師なんてやったことがないと言ってるでしょ」
「しかし、庭師のストックはあるじゃろう」
「それはまあ」
ビキラは回文妖術で、ストックにある庭師を具現化させた。
その庭師は器用に直立すると、手に持った大バサミで、地に生える雑草と言わず庭木の枝と言わず切り始めた。
「剪定バサミではないのう」
「だからそういうの、良く知らないんだってば」
「のろのろ たろう
そろそろ まいろう
おろおろ じろう
いろいろ ごくろう」
鼻歌を唸りながら、地面をそして庭木を整えてゆく仮初め庭師。
「うろうろ さぶろう
ふくろう うろう」
「なんとかなっておるではないか」
「おかしいなあ。あたし、庭師なんて一度もやったことがないのに」
何事も、大切なのはイメージなのであった。
(庭師鰐)
にわしわに
ナンセンスな話にお付き合い下さって有り難うございます。
一話読み切りのショートショート連載です。
次回!第十二話「無惨! チョコっと串ムサシ」の巻
引ったくり犯との戦い。
ビキラは無事に引ったくり犯を捕らえられるのだろうか?
捕らえたからといって、解決と言えるのだろうか?!




