第八十話「電信柱とサットフ」の巻
「こらあ、降りて来んかっ、おたずね者!」
電信柱を見上げて、魔人ビキラが怒鳴っていた。
猫耳のサヨとビキラに挟み討ちにされ、やむを得ず電信柱によじ登ったおたずね者、置き引き魔人のサットフが地上を見下ろして、
「降りたら捕まりましょうが?」
と、怒鳴り返した。
「当たり前だ。お前は手配魔人なんだからな!」
今度はサヨが言い返した。
「降りるもんか! あっしは今日から此処で暮らすんでい!」
電信柱の天辺で、バケーショングレーの作業着の足を曲げて胡座をかくサットフ。
「我が分家よ。回文妖術であの馬鹿をこの柱ごと吹き飛ばしてやれば?」
と、サヨが提案した。
「馬鹿はあなたでしょ。この辺りが停電して、電信柱代込みで迷惑料だのなんだの、たっぷり弁償させられちゃうでしょ?!」
サヨに怒りを向けるビキラ。
「だいたい、なんであなた独りなの? 勇者団がいたら取り囲めたのに」
「えっとね、街の担当地域を分担してるのよ」
実際は、ビキラと同じく団体行動が苦手なサヨは、別行動を許してもらっているのだった。
「ほら、街は広いし。散らばってる方が、全体に街を守れて良いじゃない?」
街の中とて、ビキラとサヨと時々おたずね者の掛け合いに、立ち止まって見物を決め込む者たちがチラホラと出て来た。
「見せもんじゃねえぞ、コラ!」
サヨが苛立って見物人に殺気を放つ。
「「ビキラ、急ぐのじゃ。サヨさんの気が立っておる。見物人の身が危ない」
ビキラの肩の上から古書ピミウォが言った。
「例の祖母を使ってはどうじゃ? このところ何度も妖力を練っておったろう」
「あーー。イメージがイマイチ固まらないんだけど。でも電信柱が相手だし、ひょっとすると良いかもね」
ビキラはそう言うと、回文を詠唱した。
「長細い祖母がな(ながぼそいそぼがな!)」
詠唱に応じて、割烹着姿の長細いお婆さんが具現化した。
その背丈は、電信柱よりも高かった。
「化け物だあ!」
奇声を発して逃げ出す見物人たち。
想定外の具現化に目を剥き絶句するサヨとピミウォ。
「だいたいこんなもんよね」と、うなずいているビキラ。
「ほうれ。悪戯はいかんぞえ」
お婆さんは枯れ枝のような長細い腕を上げ、サットフの襟首を掴んだ。
「ひゃあ! ま、待ってくれ自分で降りるから! ひゃああ、持ち上げないで! 怖い怖い怖いうひーー!」
摘み上げられ、足をバタバタさせるおたずね者。
身体も手も足も服も、そして顔も縦に長細いお婆さんは、サットフをゆっくりとした動作で地上に置いた。
「はい、逮捕!」
サヨに腕を捻じ上げられ、サットフは心からの悲鳴を上げた。
一件が落着して、
「電信柱が無事で何よりじゃ」
と、ピミウォは安堵の溜め息を吐いた。
「捕まえても捕まえても、湧いて出る感じね、おたずね者って」
と、猫耳のサヨ。
「まあ、お陰でこちらは食いっぱぐれないけどね」
と、魔人ビキラ。
「そうそう。本当の平穏が人々に訪れたら、あたしら失業するわよね。どうする? そうなっちゃったら。分家よ」
「来て欲しいような。そんな時代の訪れは、あたしが死んでからにして欲しいような」
「うんうん、同感」
と、笑うサヨ。
「あんまし口に出しちゃ、イケナイよね、これは」
と、ビキラも笑った。
言わなくてもわかる事を、口に出して確認したいふたりだった。
口論はよくしたが、一緒にいると、なんとなく気持ちがふくよかになるビキラとサヨだった。
二人にとって、それは思わぬ副産物ではあった。
(仲良くふくよかな)
なかよく、ふくよかな?!
次回「魔人ビキラ」
第八十一話「ああ、憧れの大幹部」の巻は、明日のお昼12時前後に投稿予定です。
お楽しみでない人もお楽しみに。
とりあえず、私は楽しみにしています。




