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第七十五話「ポウエムの災難」の巻

伐採(ばっさい)()いた明るい山道で、賞金の掛かったナラズ者を(はさ)んで、ビキラは若い岡っ引きと(にら)み合っていた。


場違いな、異国情緒あふれる一軒の喫茶店が、山道の一方を(ふさ)いでいる。


「その賞金首は、あたしが捕える! そして公番で賞金をもらったら、ほかほかのご飯を食べるのよっ」

  湯気の立つ白米を想像して、生唾(なまつば)を呑む魔人ビキラ。


(岡っ引きと一戦を(まじ)えるのは好ましくない)

古書ピミウォは、今しも戦いが始まろうというのに、珍しくビキラの肩に乗ったままだった。

雲行きが怪しくなったら、ピミウォはビキラを止めるつもりだったのだ。


「こっちだって手柄が欲しいんだ。悪いけど、あんたにナラズ者は渡せない!」

  出世欲の強い新米岡っ引き、フクノスケが叫び返す。

手には(ふさ)のない十手を握りしめている。


トカゲのような尻尾(シッポ)が、仕事紺(ワークブルー)作務衣(さむえ)から出ていた。

  魔人岡っ引きだ。


フクノスケにとって、金ピカのちゃんちゃんこは、やっとの思いで手に入れた勲章(くんしょう)なのだ。

  そして今、賞金稼ぎの獲物を横取りしようとしていた。


(その意気や良し)

  とビキラは思っていた。

(でも、この獲物と先に戦っていたのは、あたしなんだから)

(助っ人も頼んでないし)

(あなた、完全にルール違反なのよ!)

  とも考えていた。


フクノスケが岡っ引手帳を開いて見せても、ビキラは(ひる)まなかった。


空腹が、国家権力の横暴に(まさ)ったのだ。


「ビキラよ、あの岡っ引きとやり合うのか?」

  ピミウォが、ビキラの耳に(ほん)を傾けてささやいた。

「当ったり前でしょ。捕り物の(おきて)を破ってるのは、あっちなんだから」

正しくは、「暗黙の了解を破ってる」であったが。


「証拠がないぞ。しかもあちらは岡っ引き、こちらは野良犬じゃ」

「そこの賞金首に、見たままを吐いてもらう」

  と、(あご)をしゃくるビキラ。


ビキラと岡っ引きに挟まれて、心地悪げに(たたず)んでいるのは、おたずね者のポウエムだ。

  こちらは、性根の腐ったただの人間だった。

(小悪党のオイラがなんでこんな目に)

と、引ったくりの悪業を反省することなく、今日の運の悪さを呪っていた。


ビキラには、

「さっき見た熱海喫茶 (さっきみた、あたみきっさ!)」

  なる回文妖術で逃げ道をふさがれ、

「今度は頭の上に『売約済みの水漬く刃 (ばいやくずみの、みずくやいば!)』を落とすわよ」

  という意味不明な(おど)しを掛けた。


そして、ウッカリ口にしたばかりに、

「売約済みの水漬く刃」は具現化し、ビキラは慌てて消し去ったのだった。

だが、「水漬く刃」の殺気にすっかり怖気付(おじけづ)き、ポウエムは逃げる気力を失くしていた。


「どうしてもその賞金首を(ゆず)ってくれないと言うのなら、チカラずくで」

と吐いたフクノスケに、待ってましたとばかりにビキラは、


「臭う鬼は仁王鬼 (におうおには、におうおに!)」


  と回文を詠唱した。

詠唱に応じて、仁王様のような憤怒の形相をした鬼が二体、具現化する。


阿形(あぎょう)吽形(うんぎょう)とも、少し体臭が強いようであったが、「臭う鬼」なので仕方がない。


その、八メートルほどもある金剛力士鬼を見上げた小悪党ポウエムは、声にならぬ声を発して山道の脇に跳びの退()き、大巨人(におうおに)に道を空けた。


「逃げたら承知しないからね」

そう言うビキラの言葉に、激しくうなずき茂みにうずくまるポウエム。


「恨みっこなしだぜ」

  と、フクノスケは言い、得意の駄洒落妖術を唱えた。


「家訓は(ひざ)カックン!」


一子相伝の家訓を継ぐ(てい)の、着流しの若者が出現した。

  こちらも八メートルほどの身長があった。


若旦那は懐手(ふところで)のまま、素早く仁王鬼コンビの背後に回り込むと、渾身(こんしん)の膝カックンを放った。


「必殺秘伝崩れ折れ前十字靭帯(まえじゅうじじんたい)!」


強烈なその膝カックンのダメージに、見栄を切りつつ(もろ)くも消滅する二体の仁王鬼。

「やったわね」

ビキラは、仁王鬼たちのあっけない退場に驚きつつも、次鋒(じほう)の回文を詠唱した。


「ズワイ蟹が言わず (ずわいがにが、いわず!)」


具現化したのは巨大なズワイガニだった。

  背高は五メートルほどもあろうか?


そしてカニの構造上、若旦那は膝カックンが出来ない。


(うまくカニの体の下に潜り込めたとしても)

  若旦那は絶望した。

(八本の脚に、同時に膝カックンを喰らわせるのは、到底無理!)


黙して語らぬズワイガニは、大きさの違う左右の爪をチョキチョキ鳴らしながら、若旦那に迫って行く。


「むむむむむ……」

  あぶら汗を流し、懐手のまま後退(あとじさ)る大巨人な若旦那。

「見事なり家訓封じ」

  フクノスケと若旦那が同時に(うな)った。


そして彼らの背後には、山道を(ふさ)ぐトロピカルな熱海の喫茶店があった。

(そうだ。喫茶店に逃げ込もう)

「袋のネズミ」と言うコトワザを知らないフクノスケは、若旦那を見捨てて喫茶店に跳び込んだ。

店内は薄暗く、空気(アリア)のようなクラシックな音楽が流れていた。


ズワイガニと、店に入れなかった若旦那が戦い始めたのか、どすんばたんと大きな音が店内に響き、建物が揺れた。


そして人のものとは思えぬ絶叫が、喫茶店を震わせた。

「うわっ、グロい、吐きそう」

「ワシゃもう、吐いたぞ」

  そんな、若い女性と爺さんの声も、聞こえてきた。


(うわあ。若旦那、カニに解体されてるんだ?!)

やがてメリメリと音を立てて屋根が(めく)り上げられ、ズワイガニが店内を(のそ)いた。

屋根を持つカニの爪からは、赤い鮮血がしたたり落ちている。


「どひゃあ!」

  フクノスケは恐怖で腰を抜かした。

「殺さないで! たたた助けてくれえ!」


ビキラはこうして無事に、若旦那の解体ショーを見て失禁しているポウエムを捕らえた。



一敗地に(まみ)れたフクノスケは、みずからの腕の未熟と強欲を恥じ、流れの岡っ引きとして諸国武者修行の旅に出た。


意気込みの割りには成果の上げられない日々が続いたが、

「これも修行、それも修行」

  と思うくらいには、フクノスケも成長していった。


「手柄にこだわらず、世の平穏に尽くすのだ」


横取りまで(くわだ)てて手柄にこだわっていたフクノスケとは思えぬ変身ぶりであった。



(献身的転身け)

けんしんてき、てんしんけ?!





次回「魔人ビキラ」はまた明日の土曜日に投稿予定。

たぶん、夕方の5時前後になるかと思います。

第七十六話「深夜の廃寺」の巻。

久しぶりに覚えている話が出て来た! と喜んだのは内緒である。

面白いかどうかは、さらに内緒である。

ではまた明日、魔人ビキラ、で。

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