Episode8 天竜暦136年 子孫の想い人
ユーリは決闘の習わしに従い、財産か片腕を差し出すと言った。
「不要である。決闘は受けたが、旅に財産など不要。我が妹の血族である其方の腕を使い、これからもブラーシュ家の誇りを忘れず、民の為に尽くすが良い」
ステイオンはそう言ったが、英雄に無礼なことをし、かつ決闘に負けたのである。ユーリとしては、何かしらをステイオンに捧げなければ納得ができないところである。
それを収めたのもボルディオスだった。
「ユーリよ。我らが英雄ステイオン殿にとっては、其方相手では決闘にもならなかったということよ。彼は妹御の遠い末裔に稽古を付けて頂いたに過ぎん。決闘の習わしを押し付けるなど、おこがましいぞ」
ユーリを貶める言い方であるが、ユーリの気質を理解した見事な言い回しだった。
ユーリは納得し、確かに己が英雄に挑むなどありえない。ただ恐れ多くも稽古を見て頂いただけ、と感謝した。
「して、傭兵として頼みがあったとか」
ステイオンが当初の目的を聞き出そうとしたが、ユーリはボルディオスを見た。ボルディオスはゆっくりと首を振った。
「ステイオン殿には果たすべき使命がありますので、些事に煩わさせるわけにはいきませぬ」
「ええー、使命の相手はここにいるけど、今は保留中だから全然聞きたい」
好奇心を刺激されたレイアが口を挟む。
ユーリはステイオンの討伐するべき相手である魔女を相手に硬い表情だが、ボルディオスは朗らかに笑った。
「ふむ。ではお二人に話を聞いて頂こうかのう。なに、まずは話だけだ。ご助力頂くのは恐れ多いことであるが、長き旅の慰めになれば幸いであります」
そうして四人は領主館の応接室に通された。食事の時間ではないので、花香茶と菓子が供される。
「さて、どこから話そうか…」
ウステニアの王が崩御したのが、ことの始まりだった。王太子を指名する直前に崩御してしまい、第一王子と第二王子が王の座を争って戦いを始めた。
第一王子は長子であるが側妃の子であり、第二王子は正妃の子であるが次男。後ろ盾になる貴族の力も拮抗しており、真っ向から内乱とまではなってはいないが、水面下では血で血を洗う様相であり、何人もの貴族や官吏が事故や暗殺で死んでいる。
レーシュト家は辺境の家であり、中央の諍いにも疎いので、基本的に中立を保っていた。
ところが、ユーリが第一王女と恋仲であると打ち明けてきた。ユーリが騎士叙勲で王都に赴いた際に互いに一目惚れをし、密かに文通をしていたのだと言う。
第一王女は王妃の子であり、二人が結ばれるのであれば、それは即ちレーシュト家が第二王子の派閥になるということになる。
ボルディオスはそれでもいいと考えた。
祖を同じくするエラン家の長年の忠義は大きい。幼い頃から見知ったユーリの想いに力を貸したかったし、それで天秤が傾いて王位争いが終わるのならば、民の為にもいいと考えたのだ。
こうして水面下で第一王女の輿入れの話が進んでいるが、当然隠し通せるものではなく、苛烈な妨害が予想される。
そこでユーリが王女を迎えにレーシュトを離れる間、少しでも戦力を増強したいと考えた。
傭兵を王女の護衛にするなど論外だし、領主の近くにも配置できないが、領主館の周辺の警備に組み込むくらいなら傭兵でも構わない。それでステイオンにも声を掛けたというわけである。
「政権を巡る陰謀に立ち向かう二人!いいわねぇ~」
レイアがのんきに感想を述べた。その横でステイオンは難しい顔をしている。
ステイオンは人々の営みに大きく関わる気はない。
最初にユーリの話を聞くことにしたのも、無辜の民の不幸に関わることであれば、只人の程度で力を貸すこともあることが一つ。それと、明らかな貴族相手に、話も聞かずに断ってしまっては要らぬ不興を買うこともあるので、まず聞こうと思ったにすぎない。
それが政権に関わる大事となれば、人ならざる者が汲みするわけにもいかない。
考え込むステイオンを、レイアは横目でちらりと見た。
「面白そうだから、あたくしが力を貸してあげるわ」
「おお、誠か!それは有難い」
既にレイアの正体を知る二人は喜色ばんだ。ステイオンはまずます顔を顰める。
「レイアよ。強大な力を持つ魔女が、むやみやたらと人の世に手出しをしてはいかん」
「そんなのあたくしは知らないわ。ず~っと、好きにやってきたんだから。あなたに協力しろなんて言わないわよ。それとも、また相手側につく?自分の血を継ぐ子孫に敵対して?」
ステイオンはまたも黙り込んだ。
「世界が乱れる?あたくしも世界を構成する欠片のひとつよ。あなたもね。あたくし達が精一杯今を生きる。その結果も”世界”であるはずだわ」
レイアの目には迷いがない。そして痛快な物言いだった。
ステイオンもレイアも人ではないが、今を生きている。なのに二人だけが部外者だなどとは勝手なことである。
これまでエリザにもミミノにも散々かかわったのだから今更であるし、それに、結局は妹の子孫を助けたいという気持ちがあった。
「吾輩も助太刀いたそう」
こうして、ウステニア王国の政権争いに魔女と聖騎士の参戦が決まった。
「そうは言っても、流石にあんまり好き勝手やるつもりはないけどね。あたくしは王女の護衛に回りましょうか。かすり傷一つ付けさせないわ」
そもそもレイアが転移で連れてくれば一発だが、そこまではしないようだ。
「吾輩は領主館にてボルディオス殿をお守りする」
そうやって日程、護衛の配置や実力、周辺の地形などを話し合い、その日は来た。
ステイオンは警備体制に指示を出し、領主の後ろに控えていた。
レイアとユーリが旅立って数日。そろそろ動きがあってもいい頃である。
果たして、町の西から火が上がった。大きな商会の倉庫が燃えているらしい。
レーシュトで最も大きな商会であり、もし倉庫の在庫が全て燃えてしまえば、住民の生活は大変に苦しいものになる。
ボルディオスは冷静に騎士や使用人を向かわせ、警備隊などと連携して事にあたるよう指示を出した。
ステイオンは火の方を見もしなかった。ただ目を閉じ、領主の後ろで腕を組み直立するだけである。
ふと気配がした。
扉を叩き、騎士が入ってくる。ボルディオスが入室の許可を出す。若い騎士だ。確かバッジという、三年目の騎士。
「報告!倉庫の被害は―――」
言い終わる前にステイオンが首を落としていた。控えていた侍女や執事が悲鳴を上げる。
「ス、ステイオン殿…」
「殺気があった」
首のない死体をごろりと転がす。見れば盾の陰に短剣が仕込んであった。
「毒剣ゆえ、刃に触れぬように」
「…!この者の関係者を拘束しろ!素性を再調査するのだ!」
我に返ったボルディオスが指示を出す。すぐに使用人たちによって死体が運ばれていく。
ボルディオスはごくりと喉を鳴らしてステイオンを見た。ステイオンは再び腕を組み、目を閉じている。
「なるほど、かの戦乱で全戦全勝の不敗の騎士。英雄の名は伊達ではないな」
ボルディオスはぽつりとつぶやいた。
それからも連日騒動が起き、刺客が襲ってきたが、ステイオンは全てを一刀の元に斬り捨てた。
領主の守りを安心して任せられる騎士達は迅速に動き、町への被害は最小限に抑えられた。