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Episode6 天竜暦136年 故郷へ

 それからというもの、レイアはステイオンの一人旅にも、頻繁に転移で顔を出すようになった。

 といっても、来るまでの期間はまちまちだ。来ない時は長い期間、顔を出さないこともある。

 大抵は一日か二日、近況などを話し、二人で食事をし、寄り添いはしないが近くで寝る。


 居場所も教えてくるので、ステイオンは場所を聞くたび、そちらへ足を向けた。

 レイアは気まぐれに世界中を転移する。近ければなんとか追いつけるが、大陸さえも違うことも多く、ステイオンの到着する前に、レイアが場所を変えていることも珍しくない。

 それでもステイオンは愚直に、レイアの話す現在地に向かって足を進めた。


 ある時、レイアがグレーイルなどのある東の大陸にしばらく滞在するというので、海を渡ることにした。


 この時代、海を越えるのはとんでもなく危険であり、西の大陸と東の大陸を行き来するのは、とても困難なことだった。

 レイアは南の大陸などもあると話すが、距離があるようで、まだ東西の大陸の人類には、発見されてもいない。

 それでもステイオンは、東にある竜の棲む海を迂回して北上し、北の果ての竜の棲む山のふもとを歩き、東の大陸に近いところまで来た。

 そして港で金を払い、海を渡り、百年以上ぶりに東の大地を踏んだ。最も、到着したころにはレイアはまた西の大陸に居たのだが。


 時にはレイアがそこそこ長く同じ場所にとどまることもある。

 そういった時は近くに宿をとり、適当な仕事をしながら見守った。


 レイアは過去に何かがあったのか、人間に対して何かしら負の感情を持っていたことが察せられたが、人々の生活に実にうまく溶け込み、楽しんでいた。

 隣人や同僚からは好かれ、彼女の知識は周りの人々の暮らしを豊かにしていく。


 ステイオンには、世を乱すという女神の言葉の真意が分からなかった。

 女神の神託がもう一度降りるまで、レイアと戦いたいとは思わない。

 しかし、聖騎士たるステイオンに、他の目的などない。ただただ、無味乾燥な日々を過ごしていた。





「やっほ。元気してる?」


 その日も、レイアは勝手知ったる我が家のように、ステイオンが滞在する宿屋の部屋に入ってきた。

 一年ほど前までは、レイアが遠く南の海を渡った大陸に長くいたため、レイアが転移してくる時にしか会えなかったが、今は西の大陸にいるので、半年ほど前に同じ町に来ることができたのだ。


「うむ。至って健康である」

「そ。食堂に行きましょ。美味しい甘味が手に入ったの」


 そう言って、返事も聞かずに二階の客室から、一階の食堂へ降りていった。断る理由はないので、ステイオンも向かう。

 レイアは既に顔見知りになっている宿屋の女将に酒を頼み、席につく。ステイオンはいつも通りイェーラという、(ユグル)を原料にした、発泡性の醸造酒を頼もうとしたが、レイアに止められた。代わりにレイアが好んで飲む、ヴェナという芳醇な香りの酒を勧められる。


「む。これは」

「懐かしいでしょう。グゥミの実」


 それは、祖国のある北の大陸にしかない果物だった。

 最後に食したのは、はるか昔のことである。この果物は冬でも葉のある常緑樹なのだが、その枝は地面近くまで垂れており、地面に近い葉は雪に隠れる。春が来ると、雪を持ち上げて実が現れるのだ。

 祖国の人間にとって、厳しい冬を乗り越えた人々へ春の訪れを告げる味であり、また保存のきく貴重な甘味でもある。

 新鮮な物も甘酸っぱくて美味しいが、乾燥させると拳大の果実が親指ほどの大きさになり、甘みがぐっと凝縮されるのである。


「ふむ。懐かしいな」

「たまには行ってみたら?」

「其方が行くのであれば」

「いやよ。寒いし」


 祖国、というより北の大陸には長いこと帰っていない。レイアは寒いのがあまり好きではない為、極寒の北の大陸にはあまり行きたがらないのだ。

 アレクースも北の方だったが、祖国はさらに北であり、周辺よりは温かい国とはいえど、厳しい環境なのである。


「今は戦う気はないんでしょ?だったら、たまにはあたくしから、離れて気分転換してきたら?」

「不要である」


 レイアは心配げにステイオンを見た。彼は既に三百歳ほどになる。

 魔女である自分はともかく、人間であるステイオンは、本来それに耐えられる精神構造をしていない。

 実際、三十年ほど間が空いた後は、以前より感情の起伏がなくなっているような気がするのだ。

 元々常に平静で頑固な男だったが、今は騎士の人形のように感じるときがある。

 祖国に行ったり、家族でも作れば感情が刺激されるように思えるのだが、ただレイアの近くで、無為に時を過ごしているだけである。


 女神はこうなることが分かっていて、不死の聖騎士にしたのだろうか。

 それとも、レイアの討伐にここまで時間がかかると思っていなかったのだろうか。

 確かに、このクソ真面目な男だから良かったが、これが変に騎士道精神を持ち合わせずに最初から襲い掛かってきていたならば、いつかの三日間の戦いのようにレイアが負け、滅ぼされていたようにも思える。


(女神と交信したいけど、なかなか難しいのよね)


 レイアの魔術は万能であるが、その力はレイアの想像力による。しかし相手は女神である。

 女神がどこにいるのか、どうすれば繋がれるのかが想像もできないので、難航していた。

 一度神託の現場にいるか、顕現するところでも見られれば簡単だろうと思われるのだが、レイアが女神を身近に感じられたのは、ただ一度だけだった。

 聖女だった頃、それこそ教会で修行を積んで、神託により聖女に任命される時だけだ。


 頭を悩ますレイアには気付かず、ステイオンはグゥミの実を次から次へ口に運んでいく。


(あ、嬉しそう)


 最近はほとんど表情の動かないステイオンだが、レイアは長年接してきて、元々表情に乏しいステイオンが何を考えているのか、なんとなく読み取れるようになっている。

 ヴェナとの組み合わせが気に入ったようで、酒の進みも早い。勧めて良かった。


 わざわざ高い金を出して手に入れた価値はあったようだった。そう思ったところで、そういえばレイア自身がまだ口にしていなかったことに気付き、一つをつまんで口に放り込んだ。


「あら、美味しい」


 グゥミの実は柔らかく、ぐにぐにとした食感が楽しい。噛むと甘みがぎゅっと染み出してくる。

 それでいて一粒毎に味が違い、わずかに酸味があったり、より甘みが強かったりする。いくら食べても飽きの来ない味わいだった。

 ヴェナを飲めば、実の甘さを引き立てつつ、ヴェナのふくよかな香りや、豊かな果実味が口に広がる。

 合うと思ったが、想像以上だ。この組み合わせはどちらも手が止まらなくなる。


「…やっぱり行ってみようかな、北の大陸」


 思わず零れた言葉だった。だが、それを聞いたステイオンは、グゥミを食べる手を一瞬止めた。

 それを見て、レイアは真面目に検討を始める。ちょうど季節は春。これからなら、少しは寒さも和らぐはずである。


「あなたも転移で一緒に来る?」

「…いや、吾輩は歩く」

「そう言うと思った」


 どうせ、あまり慣れ合うわけにはいかないとでも考えているのだろう。

 しかも人との関わりを避けるために、ガレッド車すら使わない。今は老いたガレッドを一頭連れているので、荷物を持たせて牽いて歩くつもりだろう。


(いや、それだとこいつが来るまでにまた冬が来ちゃう)


 レイアはほどほどにグゥミの実を味わい、酒を飲み干すと、がたりと席を立った。


「じゃ、せっかくだから、あなたの祖国に行ってみるわ。そういえば、なんていう国?」

「…グレナディア」

「はーい。ま、適当に追いかけてきて」


 そう言って、自由気ままな魔女は宿を出ていった。


 ステイオンは、レイアが残してくれたグゥミの実を全ては食べず、大事そうに手ぬぐいに包んでから部屋に戻り、荷物をまとめた。

 その日は食事の後に酒を飲み、早めに寝る。翌日には、長旅で必要な品の買い出しをしてから、旅に出た。


 そして、町を出て街道をしばらく歩いたところで、急に景色が切り替わり、気付けば雪の中にいた。


 考えるまでもなく、レイアの仕業である。


 ステイオンは急ぎ荷物から冬用の外套を出して羽織り、毛皮も出して靴に巻いた。手袋も冬用の物があったので着けると、老いたガレッドにも毛皮を被せた。

 ガレッドはかなりの寒さでも活動可能な動物だが、こうも突然気温が変わってしまっては、体温調節ができないだろう。


 周辺の雪は腰ほどまで積もっていたが、恐らく街道の上なのだろう。

 ステイオンが立つところからは、幾度となく雪を掻き分けて通ったと思われる、少し雪の低い部分が続いている。その高さは膝くらいである。

 道のどちらの先を見ても、町などは見えない。


 ステイオンは少し周りを見渡してから、歩き出した。と、どこからともなく雪玉が飛んできて、顔に当たる。


「ふむ。…逆であったか」


 そう呟いたステイオンは、歩き出そうとした方向の反対に向かって歩き出す。しばらく歩くと、城壁が見えてきたのだった。

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