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魔女(あるいは聖女)と騎士の六百年  作者: ノワール


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Epirogue 魔女と騎士の選んだもの

 戦争が終わり、ドラクレア帝国の建国を見届けた後、数年経ったある日のことである。聖女シャーリーは英雄ステイオンを連れ、大いなる霊峰(デッラ・ラ・)エヴェッサ(エヴェッサ)の頂上に訪れていた。


 雲よりも高いその場所は、その当時では未だ人類の到達できない領域である。気温は氷点下を大幅に下回り、人間が生存できる環境ではないが、二人はいつもの服装のまま、いつも通りに立っている。


 そして、シャーリーはおよそ二十年と少しぶりに、変身の魔法を解除した。

 ステイオンの目に、長らく見ていなかった艶やかな黒髪と紅い瞳のレイアが現れる。


「終わったのか?」

「ええ。天竜の呪いは完全解除には至らなかったけれど、それも未来は視えてる。この時代の歪みは正されたわ。もちろん、これからも調停が必要な時はあるだろうけど、概ね()()()()()()、世界は続いていくわ」

「そうか。それは良かった」

「これで、あたくしは魔女の理を外れたわ。女神は世界の調停者としてあたくしを認めた」

「もう魔女ではないのか?」

「いいえ、魔女よ。あたくしはこれからも、永遠に魔女。世界に一人だけの、大魔女。だけど、同時に世界の監視者にして調停者」


 ()()()()()


 その言葉の意味を、ステイオンは理解した。レイアの声は落ち着いていたが、その響きに、確かな重みがあった。


「そうか。…吾輩の使命は終わったのだな」

「ええ。あなたが討つべき魔女はもういない。聖騎士の役目は終わりました」

「そうか。…そうか…」


 それからしばらく、二人は無言だった。凍てつくような寒さはレイアによって遮断されており、その日は天気が良く、空が澄んでいた。そこは不思議な空間だった。頭上に見上げるものは何もなく、眼下の雲の切れ間から、広大な大地が見える。


「今日から、あなたの止まっていた時間は動き出す。ゆっくりと、老いていくのよ」

「ふむ。すぐに天へ昇るものと思っていたが、老いていくのか」

「結構長生きできると思うわ」

「ふむ。はてさて、何をして生きていけばよいのやら」


 ステイオンの五百年以上に渡るこれまでの歩みは、常に使命と共にあった。聖騎士になるまでは家族の為、国の為戦ってきたし、聖騎士となってからの永い時間を、初めは魔女を討つために、途中からは、魔女の助けになって戦乱を止めるために使ってきた。


「もう戦わなくていいんだから、好きなことをすればいいのよ」


 ステイオンはしばらく考え込んだ。戦ってばかりの五百年だった。他に何も知らない人生を、少し悲しく思った。そうして自分の心に問いかけてみたところ、一つだけ望みがあった。


「ふむ。死ぬまでに、叶えて欲しい願いが一つあるのだが、女神さまはお許し下さるだろうか」

「なんでも言ってみなさい。女神が許さなくても、あたくしが許します」

「そうか。…では、死ぬまで其方の隣にいさせて欲しい」


 レイアは一瞬呆けたような顔をした。それからくしゃりと顔を歪めると、その頬を涙が伝った。


「ばか…。あたくしはもう、あなたと同じ時間を生きられないのよ」

「うむ。だが、これからの永い永い其方の生の、ほんの少しを…吾輩にくれまいか」

「結婚して、子供だって持てるのよ」

「必要ない。其方がいてくれればよい」

「あなたはもう、普通の人間なのよ」

「なにをいう。役目を終えたとて、吾輩が騎士であることに何ら変わりはない」

「せっかく解放されたのに…。あたくしといるなら、働くはめになるわ」

「構わん。それが何よりの生きがいである。其方の使命に少しでも役立てると言うなら、騎士としてそれ以上の栄誉はない。『女神ももてあます(ラ・ヴェラ・クレク)大いなる魔女(・ノーデ・アステル)』よ」

「この、クソ真面目の大馬鹿野郎。役目の為に居て欲しいの?」

「ふむ」


 ステイオンはいつも通りの、堅苦しい真面目な顔で言った。


「愛している、レイア。吾輩が死ぬまで、そばにいてくれ」




 北の大陸で、一番暖かい町、レーシュト。

 その町を見下ろせる高台に、小さな家がある。

 背の高い、筋肉質な金髪の男が、長い黒髪の、この世のものとは思えないほど美しい妻と、二人で慎ましく暮らしている。

 財産があるようにも見えないが、町で仕事はしていない。ただし、時折出稼ぎに出ているようで、不在にすることがある。


 やがて男は老いていき、妻は先に旅立ったが、いつのまにか、妻によく似た娘が甲斐甲斐しく世話を焼いていた。さらに娘も嫁に出たが、またまたよく似た孫娘が世話をしに来ていた。


 ある晴れた雪の日。


 かつての武威は見る影もなく、枯れ木のように老いたステイオンの長い人生も、いよいよ終わろうとしていた。


「レイア」

「なぁに?」

「ありがとうなぁ」


 レイアは手を握った。未来視でも見ている。愛する男は、この後死ぬ。


「…お礼を言うのは、あたくしの方だわ。あなたに出会わなければ…聖騎士があなたじゃなかったら…あたくしは他の魔女と同じように、闇に飲まれて死んでいた」

「それは…良かったのだろうか、ね…。其方に、永遠の苦しみを、与えて、しまった…かも」

「そんなことない。あたくし、この世界が好きよ。この世界で生きる人たちのことが大好き。それを見守って生きていくの。こんなに嬉しいことはないわ」

「そう…か…。一緒にいられなくて、すまない、な…」

「ううん。こんなにも長い時間、一緒にいてくれてありがとう。あなたの人生を、あたくしにくれてありがとう」

「愛してるよ」

「あたくしも、愛してる。この世界が滅ぶまで、永遠に、貴方だけを愛してる」


 そうして、ステイオンは死んだ。穏やかな死に顔だった。六百年に近い人生だった。


 この時代は土葬が当たり前であり、死者の亡骸に火を付けて冒涜するなど考えられない時代だったが、レイアは遺体を魔術で燃やした。そして二人で過ごした家を魔術で消し去る。


 遺灰をほんの少し、ペンダントに入れて首から下げた。残りはステイオンの故郷であるレーシュトと、海と、そしてエヴェッサの頂上に撒いた。


 もう、ステイオンと話すことはできない。

 過去を見るのは簡単だが、レイアの生きる基本の時間軸ではもう会えない。


 いつか二人で来た天と空の境目に浮かび、しばらく美しい星を眺める。何日かそうした後、魔女レイアはどこかへと転移していった。


 大いなる魔女の永い永い道のりは続く。

これにて完結となります。

最後の方で更新が遅くなってしまいましたが、概ね思った通りに書き切りました。

追っていていいねくださった方、お待たせして申し訳ありませんでした。


二人の永い生の中で出会った人々の短編集、というイメージだったので、どのエピソードもあまり細かく書いていませんが、その辺りは皆様に自由に想像して頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] すっごく面白かったです! 最後、2人の幸せそうな様子が見られて良かった。
2023/11/10 18:52 退会済み
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