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魔女(あるいは聖女)と騎士の六百年  作者: ノワール


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Episode36 天竜暦376年 王の資質

 アクトは十五歳になると北方亜人解放軍に入った。その胸にはフィーの死を無駄にすまいという覚悟と、決意があった。


 しかし、アクトには戦いの才能が無かった。


 最初に訓練に明け暮れていた時から、体力はそこそこだが、攻撃、防御や技に才能がなく、一緒に入ったリウやマネリに全く勝てない。

 実戦に参加してからも、作戦の要になるような戦いには参加できず、斥候や補給部隊、後方支援などへの配置ばかりだった。


 二人の友が戦果をあげ、順調に地位を上げていくのを見ながら、自分は後輩と組まされて、大した役にも立たないまま。

 アクトは段々と鬱屈した感情を抱えるようになり、酒を覚えてからは酒浸りになった。


 十代の若者が勇ましく戦いに出るのを助けつつ、酒を飲むばかりの日々。酒を飲む度、亜人解放にかける思い、戦乱の世に対する愚痴を吐き出し、こんな国があったらいい、こんな町があったらいいと、理想を語るだけの毎日。


 そんな風にして、気付けば二十になっていた。リウとマネリは期待の若手士官として、既に小隊を任されている。最近は話す機会も減ったような気がする。アクトは相変わらず、下っ端の少年兵に混じって雑用や後方支援をして過ごしていた。





 そんなある日のことである。アクトが入り浸っている酒場に、ラムザがやってきた。もう六十になる老いた英雄は、流石に前線に出ることは減った。とはいえまだまだ体力はある。長年鍛え続けた上、酒なども飲まずに節制してきたのだ。

 ラムザはアクトの隣に座った。


「若いうちから、あんまり酒に飲まれるもんじゃない」

「…仕事はしてますよ」

「知ってるさ。なんだかんだ言いながら、与えられた任務は真面目にこなしている。酒を翌日に残したこともない」

「…俺にできることは多くないですから。できることぐらいはやらないと、あいつらにも申し訳ないんで」

「リウとマネリか。あいつらはいい戦士になる」

「すげーっす。ガキの頃は俺が引っ張ってたのにな」

「今は違うのか?」

「最近はあんまり話してもいないっす。時間が合わないし…」

「そうか。だが、子供の頃の関係性は簡単に変わるもんじゃない」

「でも、俺はあいつらを引っ張ってくような、戦いの才能はないっす。ラムザ様みたいにはなれない」

「私のようになる必要などない」

「ラムザ様みたいになりたかった。軍で地位を上げて、亜人の皆が仲良く過ごせる町を、俺が作るって思ってたんだ」

「作れば良い。もう私達の時代は終わった。これからはお前たち若者の時代だ」

「終わっただなんて」

「終わったさ。私達は、種を蒔くことはした。戦うぞと、狼煙も上げた。けどな、ここまでなんだ。…なぁ、これから我々はどうすればいいと思う?」

「どうって…戦い続けて、亜人を虐げる奴らを叩きのめして…」

「叩きのめして、その先はどうする」

「そりゃー、各国の法を変えさせて、住みやすい国を増やしていくべきでしょう」

「法を変えさせるのは簡単じゃないぞ。ましてや、今いる腐った王族や貴族どもは変わらない」

「確かに…あいつらは潰さないと駄目っすね。じゃあ…新しい…国?」

「そうだな。新しい国が必要だ。戦いを終わらせて、亜人を差別しないような、強大な国を興すんだ。それで、誰が王になる」

「ラムザ様がなればいい」

「私には無理だ。軍の指揮官の資質はあっても、王の資質はない。それに、歳をとり過ぎた。新しい国は、新しい世代の若者が作らねばならん」

「新しい世代の若者…」

「そう。お前が王になれば良い」

「はい?何を…」

「よく語っているんだろう?理想の国や理想の町を」

「いや、そりゃー…こんな国があったらいいなって、夢を語ってるだけです」

「その夢を現実にするのが、お前の役割だろう」

「もちろん、そう思って戦ってますけどね。でも、何かを為すような力、俺にはないっすよ」

「王になるのに、力があればいいというものではないだろう」

「でも、力のない王は国を守れないでしょう」

「この戦乱の時代はそういう面もある。けれど、戦乱の終わった後の時代は違う。それに、王その人に力はなくてもいい。周りが戦えばいいんだ」

「力のない王に、誰がついてくるんですか」

「リウもマネリもついていくさ。それに、少年兵達も、古参の兵達も、お前にならついていく」

「そんなわけ…。こんな、何もできない男に」

「だが、お前の夢は、周りにも叶えたいと思わせる」

「そりゃ、理想論を語ってるんだから、そうでしょう」

「それだけではない。お前なら実現できるんじゃないかと、皆が思っているんだ」

「…そんなまさか。なんでそう思うんです」

「色んな奴からな、話を聞くんだ。アクトが言ってたこういう仕組みはいいな、とか。もっとこうしたい、アクトが言ってたように、とかな」

「……」

「お前の語る夢は、見てみたいと思わせる。お前の夢を、自分の夢とする奴がいる。お前は有能な戦士や役人を従えて、夢を見せればいいんだ」


 後年、アクトに王になる決意させる下地を作った、この夜の話は、歴史家の中で話題になる。しかし、何の記録もない為、どんな話をしたかは不明である。ただ、ラムザが突然アクトに王になるよう話したということだけは、当時の解放軍の人間の中では周知の事実だったようである。






 それから数ヶ月後、アクトは作戦に参加していた。あの日、ラムザに諭されてからも、特に生活に変わりはない。ラムザや他の先輩たちを差し置いて自分が王を目指すなど考えられなかったし、そもそも亜人解放軍が国を作るなどということ自体、考えたこともなかったのだ。


 作戦は盤石なはずだった。人数で圧倒できることは少ないが、身体能力の高い亜人が多い解放軍は、そこらの小国の軍隊などに後れを取ることはない。

 実際、そういった小国は既に、ある程度亜人に寛容な政策に転換している国が多い。これから戦わなければならないのはいくつかの大国だ。神聖ティーリアン帝国の崩壊時に分裂した国などは、広い国土と強大な軍事力を持っている。


 この日の作戦はそういう大国のひとつ、ブロッネーリの国内にある領地で、過酷な労役に就かされている亜人奴隷の解放であった。


 まだブロッネーリと正面きって戦う力はない。ラムザが先頭に立ち、入念な下調べ、慎重な潜入、最低限の戦闘で作戦を終えるつもりだった。

 アクトは斥候と潜入時の補助の任務を受け、一足先に現地に潜入した。直接戦闘はともかく、こういった任務であれば人並みの働きはできる。


 しかし、その領地への作戦は罠だった。解放軍に裏切者がおり、作戦の内容は筒抜けであり、ブロッネーリが亜人解放軍の戦力を削ぐために仕組んだものだったのだ。

 敵の最大の目標はラムザだった。高齢とはいえ求心力、指揮力は群を抜いており、ラムザがいなくなるだけで、解放軍はバラバラになるだろう。


 罠に気付いたラムザは殿を務め、解放軍は退却戦を強いられた。アクトも必死に走った。すぐ後ろで剣戟の音がする。アクトが下手に手を出せば足手まといになる。邪魔にならないように逃げるしかない自分に忸怩たる思いを感じながら、アクトは走った。


 そして、退却する解放軍の先頭と殿に距離が開き、部隊の展開が間延びした頃合いで、横から伏兵が現れた。どうやら敵は予め、広がり過ぎた部隊をさらに分断し、包囲殲滅する腹積もりだったようだ。

 アクトは殿側の部隊に取り残された。人数差は厳しかったが、ラムザが獅子奮迅の戦いで敵の包囲の一角を崩し、さらに退却せんとする。


 アクトはその包囲網の突破に乗り遅れた。味方の兵が森へ消えていくのが見える中、必死に足を動かし、敵の間を抜けようとして…間に合わず、たった一人、敵に包囲されてしまった。


(ああ…ここまでか…ごめん、フィー。何もできなかった)


 正確に言えば、何もできなかったのではなく、何もしなかった。訓練で自分の才能のなさに失望し、努力を止めてしまっていた。


(ラムザ様が言うように、王を目指していたら、何か変わっていたのだろうか)


 その答えを知る機会が、いま、永遠に失われる。

 そう思った時だった。


 目の前に大きな背中。

 白銀の髪が舞い、漆黒の体毛が赤く染まる。

 ラムザの胸を、剣が貫いていた。





 そこからどう退却したかは覚えていない。

 ただ、英雄は死んだ。


 曖昧な記憶の中で、覚えていたこと。


 ラムザが剣を体に突き立てたまま戦い、敵を蹴散らしたこと。

 死に際に、『あとは任せた』と言われたこと。


(俺に、そんな価値なんてないのに。俺なんかの為に、死んでいいひとじゃなかったのに)


 しかしもう、彼は戻らない。


 どうしてこうなったのか、頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る。

 思い出すのはラムザの背中と、最後の言葉。

 そして、酒場で話した時のこと。





 それから数日後、ラムザは建国を宣言した。

 王になると言った。


 不思議と、反対する者はいなかった。

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