Episode26 天竜暦315年 とある村に埋もれた偉人
「結局、巫女が誰なのかは分からなかったのだな」
リスタードが奪還され、復興作業が行われている最中のことである。
レイアと共に、リスタード国内のとある村に向かう途中、ステイオンがふと問いかけた。
「恐らくだけど、アラナライナ女王だったと思う。何度か魔力のうねりを感じたから」
「そうだったのか。国を統べる女王となる方が、直接戦うようなことにならなくて良かったではないか」
「ヴィータはそういうところまで考えないからね…。あ、見えてきたわ。あの村よ」
話をしながら辿り着いたのは、この時代にどこにでもある、貧しい村だった。
狩猟と採集で食を賄い、簡素な家に住み、日々を生きる人々の村だ。
この頃になると、原始的な農業というものすら衰退を始めていた。各地で戦により土地が焼かれ、作物は育たなくなり、育て方の分かる者が死に、人々は僅かな食料を糧に生きていた。
レイアによると、この村に偉人となれる男がいるらしい。その男はリスタードにとって重要な人物だという。
余所者である二人を見て、村人達は警戒心を剥き出しに、遠巻きに眺めてくるだけだった。
付近に盗賊がいるらしく、そうでなくとも他人を信用などできない時代である。
「フォトンという男を探しています。新たにリスタード女王となった、アラナライナ陛下の使いです」
レイアが高らかに宣言すると、ざわめきが増した。恐らくリスタードが奪還されて新政権が発足したことも、まだ知らなかったのだろう。
やがて、一人の男が進み出てきた。男は杖をついている。
「私がフォトンです。アラナライナ様が女王になったというのは本当ですか」
レイアは女王から預かった書類を出し、フォトンに見せた。王家に伝わる印璽が押されており、フォトンにはそれが本物であるということが分かった。
「なんということか。アレイオン様たちが戦い、アラナライナ様が国を復興したとは。何たる吉報か。しかし、その戦いを共に戦えなかったことが悔しくてなりません」
「戦える体じゃなかったのでしょう。仕方ないわ」
「それでも残念です。しかし、よく私の居場所がお分かりになりましたな」
「色々とね」
「それで、私に如何用があって参られたのですか?」
落ち着ける場所ということで、フォトンが世話になっている家に移動した。
家には妙齢の女性がおり、困惑しながらもてなしてくれた。
「私が大怪我をして、命からがら逃げていた時に助けてくれたルーヤです。それからずっと世話になっておりまして」
野草の香茶を飲みながら、レイアは話をした。ルーヤは部屋の隅に控えて話を聞いたが、その顔は硬く、緊張に満ちていた。
リスタードは復興したが、人材が圧倒的に不足しており、国の形を整えるだけでも厳しい状況にある。
まだまだ周辺諸国でも戦いは激化しており、防衛体制を作りながら政治を動かしていかなければならない。
アレイオンは凄まじい武威を持つ騎士であるが、内政には向いていない。対してフォトンは有能な騎士であり、特に政を動かす能力が非常に高い。
敗戦時に行方知らずとなったフォトンのことを、アラナライナはもし生きているなら王宮に高い地位で迎えたいと考えたのである。
実際、レイアの未来視でも、彼がいるかいないかではリスタードの復興や、今後の発展の流れには大きな違いがあり、出来れば戻って来てもらいたい偉人なのである。
「なるほど。お話は分かりました。女王陛下が私などを必要としてくれるというのであれば、この上ない栄誉であります」
フォトンがそう言った時、ルーヤは絶望的な顔でフォトンの後ろ姿を見た。ステイオンは気付いていなかったが、レイアはそれを魔術で見ていた。
「しかし、まだ体が万全ではないのと…実は付近にならず者達が現れるようになっておりましてな。村の安全を確保できるまでは、ここを離れるわけにはいきません。世話になった恩を返さねば」
ルーヤはほっと息をついた。しかし、その手は強く握りしめられていた。
フォトンがこう言うことは、レイアは分かっていた。どんな多元宇宙においても、フォトンは必ずこう答える。分岐があるのは、もう少し先だ。
ならず者をどうにかすることなど、ステイオンでもレイアでも全く片手間に終わることである。しかし、レイアはそれをしなかった。ステイオンは不思議に思いつつも、事態の推移を見守った。
ルーヤとフォトンの住む家の近くに簡易的な小屋を建てさせてもらい、そこで生活する。村人達と一緒に狩りをして、しばらくの時を過ごした。
何日か過ごしてみれば、さすがのステイオンでも気付く。ルーヤはフォトンを想っている。騎士として必要とされるフォトンを見送りたい気持ちと、離れたくない気持ちがせめぎ合っているのが分かった。
フォトンも、どうやらルーヤを愛しく想っているようだ。戦いばかりの厳しい時代に、生死の境を彷徨った自分を助け、甲斐甲斐しく尽くしてくれたのだ。当然の感情だろう。
王宮に出仕するとなれば、貧しい村人でしかないルーヤを連れて行くことはできない。
レイアは、フォトンがどういう決断を下すのか見守っているようだった。
フォトンは杖をつきながらも森へ入り、罠を仕掛けて獲物を獲る。ルーヤはそれに付き添いながら、野草や果物を採取する。そうして二人は支え合って生きていた。
「フォトンが王宮に戻らねば、リスタードはこの先も苦しいことになるのだろう?」
「そうね。下手したら、また介入しないといけないかも」
「それでも、フォトンの決断を待つのか?」
「…こればっかりは、彼が選んだことを尊重したいの」
しばらくそうして過ごした後、ならず者達が村に攻め入った。フォトンは用意してあった罠を駆使し、村人達と連携しつつ、自身も杖を巧みに使ってならず者達を討伐した。
それからというもの、ルーヤは毎日陰で泣いていたが、決してフォトンにその顔は見せず、彼の前では常に笑顔でいた。
フォトンはいつも通りに接していたが、時折何かを考えているようだった。
そして遂に、フォトンの体も杖を必要としないまでに回復した。
「レイア殿。大変に申し訳ないが、私は行けません。女王陛下には、フォトンは死んだとお伝えくだされ」
「そう…。それが貴方の選択なのね」
「またいつ村に危機が訪れるか分かりません。ルーヤを一人にすることも、もう私にはできないのです。主より、使命より、大事なものができてしまった。騎士フォトンは死にました」
「分かりました。貴方の選択を尊重します」
滂沱の涙を流すルーヤを抱くフォトンを背に、二人は村を発った。
「本当に良かったのか?そもそも、女王が勅命を発すれば、断ることはできんだろう」
「大義は大事よ。その為に何かを、誰かを犠牲にすることも、偉大な何かを成し遂げようとする時には必要なことだわ。でも…誇りも、使命も捨てて、ただ目の前の愛を選ぶ。それも人の在り方でしょう」
「…そうだな。例え世界がそれで滅ぶとしても、間違いなどではない、絶対に。間違いになど、させてなるものか」
フォトンの選択により、リスタードや周辺では数十年に渡り、死者の数が膨れ上がり、不幸な人々、不幸な出来事も圧倒的に多くなる。
それでも、フォトンの愛を責めることなど誰にもできないはずだ。
フォトンが王宮に戻らないことが原因だとしても、人は本来、己の手で何かを掴まなければならない。
自身の幸福を偉人に委ねてはならない。
どんなに苦しい時でも、人は努力ができるのだから。
アラナライナ女王はレイアから事の顛末を全て聞いても、「そうですか」と一言呟いただけで、勅命は発しなかった。
いかなる多元宇宙においても、フォトンが戻らなかった場合のアラナライナのこの答えも変わらない。
これにより、アラナライナ女王の在位中は非常に厳しい国家運営となる。
復興しただけで貧しい暮らしを変えてくれない王家に人々の不満は溜まり、厳しい批判に晒されながら、アラナライナは凡そ三十五年に渡って女王の任を全うした。
フォトンがいればいくつかの功績が残り、『奪還女王』として伝承や書物に少しだけ名を残すはずだったが、現実には『復興時に旗印として担がれたが、女王としての仕事は何一つできなかった』と伝えられてしまう。
しかし、アラナライナは無能な女王だっただろうか。
苦しい苦しい時に、それでも一人の臣下の選択を尊重し、フォトンの不忠を許したアラナライナ女王。
それは確かに為政者としては間違いなのかもしれない。
しかし、一人の臣下の幸せを尊重した、心優しき女王だったのだと、レイアは思う。
こうして、一人の偉人が只人として小さな村に消え、一人の女王はその優しさを誰に知られることもなく、流れる時代の中で消えていったのであった。




