Episode24 天竜暦314年 女神の視る未来
アイザ王国が建国され、国としての体裁を整えるのを見届け、二人は南の大陸に戻った。
この頃になると、南の大陸は東の小国群とグレーイルを覗き、戦乱はより酷いものになっていた。それまでも大陸中で戦争は多発していたが、なぜこの頃のことを『百年戦争』と呼ぶのかと言えば、民間にも多大な被害が出ているからである。
もちろん、騎士や軍人に死人が出れば民間人にも影響がないなどということはない。しかし、古代においては騎士道や軍人の誇りが尊ばれ、戦う力のない民間人を傷付けることに強い忌避感があった。
しかし、神聖ティーリアン帝国の崩壊の頃から、形振り構わず相手の国を滅ぼしつくす傾向が高まっていく。
敗戦国では書物や絵画、彫刻などあらゆる物が破壊され、様々な専門職の人々が殺されたり、後継者を失い技術や文化の断絶が起きた。
リスタードの王族も国土を占領され、国を追われ、大陸北西の大森林に逃げ込んでいた。大森林の北には世界で最も高いエヴェッサ山がある。大森林は非常に野獣が多く、ひとたび迷えば抜け出すことも敵わない神秘の森だ。
しかし、リスタードにはどれだけ凶暴な獣が多かろうと、ものともしない男がいた。
すっかり壮年になったアレイオンは、衰えを知らぬ武威を持ち、無駄な動き一つもなく、巨大な蛇の首を斬り割いた。大の大人よりも大きな胴体が五十歩にも及ぶこの蛇は、鳥肉のような味で量があり、大森林では貴重な食料である。
騎士達が解体を始める中に、一人の亜人が混じっていた。
「シェラク。刃筋が通っておらん」
「はい!師匠!」
「つい先ほどまで生きていたとはいえ、死んだ蛇の肉だ。一振りたりとも失敗するな」
「はい!」
小国群の英雄の息子シェラクは、かつての魔女の言葉に従い、アレイオンに弟子入りしていた。アレイオンもレイアの目的である亜人解放の為に受け入れ、己の騎士としての全てを教えようとしている。
そこへ、レイアとステイオンが現れた。
「おお!久しぶりだな、レイア、ステイオン!」
アレイオンは破顔して二人を迎えた。シェラクはいつか見た二人が全く年を取っていないことに戸惑った。アレイオンを訪ねるに為に本当の名前を聞いてはいたが、二人が不老不死とは知らなかったのだ。
「久しぶり、アレイオン。シェラクを鍛えてくれているのね」
「二人の名前を聞けば、当然だ」
「うむ。吾輩としても、預けるなら其方しかおらん」
「その言葉だけで、騎士として最高の栄誉だ」
「シェラクも久しぶり。すっかり大人になったわね」
「あ、ああ。あなた達は…変わらないな」
「言ってなかったっけ。あたくしは魔女だし、ステイオンは不老不死の聖騎士よ」
驚くシェラクを連れ、リスタードの王族や騎士、一部の貴族達が隠れ住む集落に向かった。平民や貧民もかなりの数がいる。この時代の敗戦とは、支配者が変わると言うだけのことではなく、虐殺と略奪が待っているのであり、リスタードの国民は散り散りに逃げて、隠れ住んでいるのである。その最大の集落がここだ。
「それで、どうしたんだ」
「リスタードは存続して欲しいのよ。今回国土を占領されたのは迂闊だったわ。北の方で手が離せないでいる内に、まさか負けてしまうなんて」
「…私の力が及ばず、申し訳ない」
「貴方はあたくしの知る最強の騎士よ。それでも、歴史の歪みは簡単には正せない。貴方のせいではないわ」
「それでも、もっと私がうまくやれば、国民はあんなに死なせなかった。それに、二人の目的を妨害してしまった」
「自分を下げるな、アレイオン。其方がいたから、まだ人々はここにいる。まだ終わりではない」
「取り戻せるのか」
「その為に、あたくし達は来たのよ」
「…ありがとう、二人とも」
そして、四人での作戦会議が始まった。
「アレイオン、リスタードが何故負けたのか、分かる?」
「理由は色々あるが…最も大きな敗因は敵の魔術師だろうな」
「そう。あれは本来この時代、この辺りには存在しないはずのもの。世界の歪みの一つよ」
かつて金色の目を持つ魔女により、天竜アシュクフィメーアが呪われてしまい、世界には様々な歪みが生じた。空間の歪み、時間の歪み、人の歪み、大地の歪み…その一つに、魔素の歪みがある。
「魔素の歪みにより、本来ありえない魔力を持った男が生まれてしまった。それが隣国ブリギルトンの魔術師クローゾ。彼は歪んだ魔力で心も歪んでしまっている。放置しておけば、やがて世界の滅びに繋がるわ」
「そんなにか…あいつが世界を滅ぼすと言うのか?」
「そういうわけではないけれど…そうね、二人には話しておこうかしら」
アレイオンの後ろに控えていたシェラクも緊張の面持ちだ。
「アレイオン、そしてシェラクも。大きな力を持ち歴史を変えうる偉人。教えるわ、この世界の危うさを」
この世界は五神竜によって安定が保たれている。それは時空的、惑星的、魔力的なものから、人々の心の安寧まで、あらゆるものに影響している。
それらを遣わせたのは女神ヴィータであり、彼女はこの世界を見守っている。しかし、未来の揺らぎなどを観測して複数の未来を未来視できるレイアと違い、女神ヴィータは『正史』と言えるこの時空の未来しか見ていない。女神は強大な力を持つが、世界への干渉力は限定的であり、基本的には『人に力を与える』ことしかできない。例えば、聖女の任命や、強大な魔力の歪みである魔女が生まれたら、対抗できる者に力を与え聖騎士とする、などである。
そして、今この世界は魔女の呪いにより未来がかなり不確定になっている。レイアでも、様々な歪みが影響して予期せぬ変化をするので、完璧な未来視はできていない。いくつかの可能性や、過去に違う選択肢を取った時点で分岐した別次元の未来などを見て、様々な予測を立てるだけである。
女神ヴィータは正史を完全に見通しているが、その正史は『現在』からの正史である。そして、その正史とは、『歪み』の含まれない未来である。歪みが生まれた時点や、歪みが何かしら世界に影響を及ぼした時点で正史が揺らぎ、女神の見通す未来は変わる。
そして、およそ百年先の時点で世界が滅亡することが確定した場合、女神は現在の世界を消去して新たな世界を創造するのである。
「…つまり、今から百年先に世界が滅ぶ危機がある、と…?」
「今の時点で女神が見ている『正史』はあたくしにも分からないけれど、あたくしの見ている多元宇宙の未来では、あの魔女のせいで生まれた歪みが影響して滅びに向かう未来がかなりある。もしそのどれかの道に乗ってしまえば、修復する可能性があったとしてもその時点で世界は消滅する。滅んでしまうと女神は世界と共に消失してしまうの。だから百年余裕を持って世界を再構築するのよ」
「なんということだ…リスタードを守れなかったことも、世界の滅びへの一歩になってしまっているのか」
「あまり気に病むな、アレイオン。いかに其方でも、魔女の生んだ世界の歪みには勝てないこともある。それは吾輩やレイアでもそうだ。だから我々は、小さな歪みや大きな歪みを、ひとつひとつ潰して対抗している」
レイアやステイオンの心には、魔女に完全には勝てず、マリエーラを死なせ、魔女も封印するしかなかった苦い思い出が浮かぶ。アシュクフィメーアの呪いも完全には解除できていない。
「負けることもある。それでも戦っていくしかないのだ」
「この世界を消滅させて再構築なんて、絶対にさせないわ」
そこで、ずっと黙って聞いていたシェラクが口を開いた。
「あなた達は…いつから戦っているんだ?」
「もう百年以上ね」
「…それで、いつまで戦うんだ」
「少なくとも、ある程度安定させるまでに、あと百年くらいはかかるわね」
「まいったな、その頃には俺は生きていない。俺の一生よりずっと長い時を、あなた達は戦うのか」
レイアはその後も永遠に調停者であり続けるつもりだったが、それは言わなかった。
「それがあたくしの使命だもの」
アレイオンは、そう言って笑うレイアとステイオンの顔を見た。覚悟を決めた顔。けれど、二人の覚悟には明確な違いがあることを、アレイオンは悟った。
そんな二人のことが、ただただ悲しかった。




