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魔女(あるいは聖女)と騎士の六百年  作者: ノワール


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Episode20 天竜暦304年 バッシェルの困惑

 一年後、紅龍王国との戦争になった。ハイントリスとアルザネスは同盟を結んでいたので、東方で最も強大な戦力を持つことになったというのに、それでも宣戦布告を仕掛けてきたのだ。


 進軍する軍の大将はバッシェルである。その顔は厳しく、悲壮な覚悟が見て取れた。


(勝てるわけがない。国民達はともかく、何故元老院の者どもは勝てると思っているのだ)


 何度となく言い聞かせたが、最終的には元老院を抑えきれなかった。王の座を降りてしまおうかとすら考えた。やりたい者がやれば良い。その責任は死で贖うことになるだろうが。しかし、元老院の老人達は誰かに責任を擦り付けて逃げるかもしれない。それに、結局戦いになれば最初に死ぬのは軍人達だ。だから、バッシェルは可能な限り被害を小さくして戦争を終わらせ、責任を取って死ぬことを選んだ。


 まずは東の海沿いに南下し、アルザネスの方に進軍した。背後に自国があり、東側は海なので見通しが良いからだ。西のハイントリス側に攻めて、横や背後から奇襲される危険は避けたかった。西には広大な森があり、潜伏される危険があるのだ。


 国境を少し超えた先の平原に、アルザネスの女戦士達は陣を敷いていた。ハイントリスの戦士団の連中も見える。王国軍を組織し、給料を出し、職業軍人を育てた紅龍王国に対して、彼らはどちらの国も国民皆兵だ。しかしそれは、専門の訓練を積んだ軍人の方が優れているという意味ではない。逆に言えば、職業など作らなくとも、生まれながらに戦士しかいない国なのだ。その練度は元老院の耄碌した老人達の想像を超える。


 彼らが戦場に出た時代は、ハイントリスやアルザネスとは距離が遠く、直接相まみえることがなかった。乱立する小国の戦士達を相手にした時と同じように考えているのだろう。

 その小国を、紅龍王国と同じように吞み込んできた強国だというのに。それに、バッシェルの調べた限り、彼らの戦略はお粗末なものであり、ほとんど戦士の強さだけで勝ってきた国々だ。

 バッシェルは決して、突出した強さの将や英雄の力で勝ってきたわけではない。組織的に運用し、戦略と戦術で勝ってきた。一人ひとりの強さは絶対に二国には勝てない。それでも一国ならば、戦略次第では渡り合う自信はあったが、彼らは同盟を組んでいる。


(同盟締結を聞いた時には悪夢だと思った。攻め込まれない現状がどれだけ有難いことか、分からんとはな)


 バッシェルの聡明な頭脳は、ありとあらゆる知略を尽くし、ありとあらゆる可能性を考えても、決して勝てないと冷静に分析していた。


(私が可及的速やかに討ち取られれば、指揮ができる者はいない。さて、どうやって隙を作るか…)


 その時、敵の一団から、一人の女が歩み出てきた。赤い髪の美しい女だ。バッシェルが持つ、ここ数年の二国の情報にはない女だった。


 女が軽く手を振ると、驚くべきことが起こった。地響きとともに大地が裂け、瞬く間に谷ができたのだ。


(なんと!妖術か!?しかしこれでは敵の戦士達もこちらに来られぬ。何が目的だ?)


 すると、さらに三人が前に出て、軽々と谷を飛び越えてしまった。

 その内の二人はグルーディット王と女王リンカだ。もう一人の茶髪の男はやはり情報にない。内陸の騎士のように見える。グルーディット王が叫ぶ。


「バッシェル王よ!其方らがこの谷を越えぬ限り、我々も紅龍王国に対して、攻め込まないことを約束しよう。軍を引いて欲しい」


 バッシェルにとっては願ってもない提案だった。ここで適当な理由を付けて自分だけ戦って死ねば、とりあえず時間が稼げるだろう。いつか野心溢れる王や将が現れれば谷を越えようとするかもしれないが、時間は稼げる。バッシェルは堂々と叫んだ。


「信用できぬな。しかし王と女王が前に出てきているのは好都合。ここで貴様ら二人を討ち取れば、我が軍の勝利は確実!私自らが斬り捨ててくれよう!」


 バッシェルはガレッドに騎乗したまま歩みを進めた。そして自軍に向けて声を掛ける。


「手出しは無用!」


 ところが、後ろから明らかにガレッドの足音が聞こえてくる。それも一騎や二騎ではない。振り返れば、腹心とも言える将軍を筆頭に、主力の部隊が付いてきていた。


「手出し無用と言っている!」

「その命は聞けませぬ」

「王の命が聞けぬと申すか!」

「一人で死のうという王は王ではありませぬ。よって従う必要もなし。それに、我々の手柄を独り占めするおつもりか」


 そう答える将軍を見て、バッシェルは悟った。彼らは自分の思惑に気付いているのだ。そして、共に死のうとしている。


「おいおい。有能なそなたを死なせるわけにはいかんのだよ」

「何をおっしゃる。最も死なせてはならないのは王でしょう」

「私の代わりはどうとでもなる。政治は私一人で動かすものではないのだから」

「そうかもしれませんね。しかし、そんな国に我々は未練はありませぬ」


 バッシェルは死を目前に、彼らの忠義に涙が出そうだった。しかし、なおさらそんな彼らを死なせるわけにはいかない。さて何と言って追い返そうかと頭を巡らせる。しかし、良い案の浮かぶ前に、赤髪の女の声が響いた。


「ま、最低一人は戦うってことでしょ。だったら連帯責任。全員相手してあげる」

「ま、待て!」


 バッシェルの叫びも空しく、女が手を振った。衝撃とともに、バッシェルの意識は闇に飲まれた。





 バッシェルが目を覚ました時、辺りは静寂に包まれていた。崖の方にはもう誰もいない。後ろを振り返る。そこには、自国の軍人達が一人残らず横たわる光景が広がっていた。冷や汗がぶわりと全身から湧き出る。


「だ、誰か…!生存者…!」


 慌てて近くにいた将軍に駆け寄る。見える限りに外傷はない。それどころか…


「い、生きている?」


 バッシェルは訳も分からぬまま、倒れている軍人達の中を走る。なんと、誰一人として傷もなければ、死者もいない。ただ全員が眠っているだけだった。


「なんという…」


 それから、全員が起きるのを待って、自国に引き返した。なかなか信じようとしない元老院を説き伏せ、絶対に二国には攻め込まないことを誓わせた。


 百年ほど後に平和的な話し合いで連邦樹立することになるまで、その誓いは引き継がれ、守られた。






「あんな風に、其方の力で強引に事を収めて良かったのか?」

「今回はね。元々、天竜が呪われていなければ、予言師が存命中は開戦しなかったはずなのよ。それに端を発した色んな歪みの結果のことだから」

「しかし、普段は魔術は最低限しか使わぬであろう」

「いつも出来ることではないの。歪みを正す為でも、介入した結果歪みが広がったり、新たな歪みが出来たりすることもあるから。今回はあの軍の人々やバッシェルが死ぬべき歴史が存在していなかったから、死なせない介入なら何でも良かった」

「結局、歪みというのは何なのだ?」

「いろいろ。魔力の歪み、空間の歪み、人の歪み…。世界の理から外れた『何か』によって世界に影響が及んだ時、多くの場合それは歪みになるの」

「其方はそれを正して生きていくのか?」

「そうよ。未来視を得た魔女であるあたくしなら、世界の理の外から歪みを正せる」

「いつまで?歪みが全て正されるまでか?」

「…そうね。全て正されるまで、いつまでもよ」


 ステイオンは、レイアにずっと付いていくつもりだった。己の存在のある限り、永遠でも、傍にいてあげたいと思った。しかし、レイアにそのつもりがないことも分かっていた。自分にそれに耐える力がないことも。だから、それ以上は何も言わなかった。


 全て正される日など来ないことは、鈍いステイオンでも分かった。

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