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魔女(あるいは聖女)と騎士の六百年  作者: ノワール


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Episode19 天竜暦303年 二つの決闘

Episode16を少し加筆しています。

最期の部分です。


 後の史料に神聖ティーリアン帝国の最期の皇帝の情報はほとんど残っていない。


 神聖ティーリアン帝国の崩壊が百年戦争の始まりとされているが、後の史料に神聖ティーリアン帝国の最期の皇帝の情報はほとんど残っていない。


百年戦争の始まりについて書き忘れていました汗

 小国群において、レイア達が介入した三国は順調に勢力を伸ばしていた。そろそろ小さな国や種族を取り込み、三国がぶつかり合う時期に来た為、調整に赴いた。あまり早く合併してしまうと、今後の歴史で長く東方を支配するはずの『紅龍連邦』が誕生する前に、内乱が起きてしまう可能性が高いのだ。


 まずは山の一族が興した紅龍王国の予言師に、ハイントリスとアルザネスとは争わないように夢で告げようとしたのだが、予言師は死亡していた。元々高齢だった為、おかしなことではないが、レイアは未来視からもう十年ほどは存命でいると判断していた為、予定が狂った。

 バッシェルは先を読む力にも優れた名君だが、あまりにも戦で負け知らずな為、元老院の議員達や国民達はハイントリスやアルザネスと戦っても、勝てると考えてしまっている。国民や政府全体でそういう論調が強まれば、いかにバッシェルといえど無視はできない。

 バッシェル自身は現時点で東方全体を統一することの難しさを理解しているので、元老院を抑えているが、それも時間の問題だった。これ以上抑えつければ、バッシェルの方が王の地位を追われかねない。


 争いがないのが一番なのは当然なのだが、命の軽い時代である。小国郡では強きものが正義という風潮も強いので、小競り合い自体は避けられない。紅龍への強い信仰を持つバッシェルに対しては、魔女として近付くのも逆効果になりかねず、小さな国だった頃ならともかく、今の紅龍王国で只人としてバッシェルに近付くのも容易ではない。


 そこで、ハイントリスとアルザネスに再び赴き、圧倒的な力をもって戦争の規模を最小限に抑えることにした。その上で二国に干渉して、支配域が大きく動かないように手回しをするのだ。


「リーザ!十年ぶりか!?変わらないな!」


 ハイントリスの王、グルーディットはレイアが扮するリーザを快く迎えた。以前滞在した頃には若かったが、三十も半ばを過ぎて、貫禄のある王となっていた。


「あんたも大して変わらないね。少しは強くなったのかい?」

「当然だ。いい加減、嫁に来る気になったのか?」

「そんな気はないよ」

「…まだ、俺には上がいると?」

「悪いけど、一生勝てないだろうね」

「そうかい。…実はな、お前と同じことを言ったやつが、もう一人いるんだ」

「へえ?」

「アルザネスの女王、リンカだ。一時期アルザネスにいた騎士の男が、俺より強いとのたまう。聞けば、滞在した時期がお前と全く同じだ」

「…それで?」

「とぼけるなよ。そいつだろう。そいつも、リンカより強い女を想ってるんだとよ。リンカは強え。あれより強い女なんて、俺は一人しか思い浮かばない」

「だとしたら、なんだい?」

「目的はなんだ」


 リーザは答えなかった。魔女ということは明かしてもいいが、目的は言えない。女神を信仰していない東方の人間達には信じてもらえないからだ。


「…まぁいいさ、お前が俺や戦士たちを強くしたことは変わりがない。またそいつはアルザネスにいるのか?」

「いたらどうする」

「決闘させろ。俺が勝ったら、お前は嫁に来い」

「…いいよ。でも、あんたが負けたら一つ言うことを聞いてもらう」

「いいぜ、言ってみろ」

「紅龍王国とアルザネスとは、百年くらい支配域を争うな。小競り合いが起きても、相手の領土を奪わないようにしておくれ」

「なんだと?おまえ、あいつらの味方か?」

「そうじゃない。あんただって分かるだろう。今どこが一人勝ちしても、体制が持たない。この地域の安定の為に、三国には三つ巴の睨み合いを続けててほしいんだ」


 グルーディットも偉人の一人である。リーザの言うことは理解できたので、頷いた。


「血の気の多い奴らを抑えるのに苦労してたんだ。もし俺より強い奴がいて、そいつに負けたことを理由にできるなら都合がいい」


 しかし、その後にニヤリと笑った。


「負けるつもりはねえがな。勝てばお前も俺のもんだ。お前がいるなら、大陸全部を俺のもんにしてみせるさ」

「勝てればね」

「…ちっ。早く会ってみてえぜ」


 リーザの態度には絶対的な信頼感がある。


(これほどの女がそこまで言う男、か…楽しみだぜ)





 同じ頃、ステイオンも同じようなことを言われていた。


「ディーのクソ野郎がよ。あたいより強い女がいるって言うんだ。あんたの言う女のことだろう」

「そうであろうな」

「だったら戦わせな。あたいが勝ったら、あんたは一生あたいたちの種男だ」

「それは構わんが…随分グルーディット王と親しいのであるな。愛称呼びとは」


 ステイオンがそう言うと、リンカは顔を真っ赤にした。


「まぁ、あんたほどじゃないけど、あいつは強いからね!」


 そんなリンカを見ても、朴念仁のステイオンは意味がよく分かっていなかった。





 そうして、アルザネスとハイントリスの間で決闘が行われることとなった。それぞれの代表者達が、二国の間の草原で相対する。


「よう、リン!今日こそアルザネスの女どもをもらうぞ!」

「言ってろ!ハイントリスの男を全部、あたいたちの種男にしてやるよ!」


 国境を接するようになった為、二人は幾度となく戦った仲である。


「仲が良いのかと思ったが、そうでもないのであるな」

「…あんたって、本当に…」


 レイアは冷めた目でステイオンを見た。


 そして決闘が始まった。





 決闘は当然、通常ならば負けた方は死ぬ。しかしレイアもステイオンも、相手を死なせるわけにはいかない。


 ステイオンはここ二十年ほど愛用している片手剣を無造作に持ち、構えもせずに立つ。対するグルーディットは丸い金属盾に槍を持ち、腰にも曲刀を吊っている。


「おい、剣一本でやるってのか」

「吾輩は剣しか持たぬ」


 魔女の攻撃の前には、盾も鎧も意味はない。それでも多少はマシになるので鎧は着ているが、ステイオンは盾は持たない。不死身をいいことに、攻撃に全てをつぎ込んだ方がいいのだ。


 いつかレーシュトでユーリと決闘をした時は、ユーリはステイオンが盾を持たないのを見て、己も剣のみで戦おうとした。しかも木剣だ。もちろん、この時代の木剣は固く重く、本気で攻撃すれば人も殺せるものだが、ユーリは殺し合いをするつもりはなかった。騎士道精神の賜物である。

 しかし、小国群にそんな甘い決闘はない。


「そうか。それで死ぬなら、それもいいだろう」


 グルーディットは容赦なく、剣の間合いの外から槍で攻撃をしてくる。盾を構えつつ、槍を肩越しに突き込んできた。しかし、次の瞬間には槍は半ばで斬り落とされていた。


「…!!!」


 グルーディットは一瞬目を見開いたものの、盾で殴りかかりつつ、槍を捨てて剣を抜いた。が、またも一瞬で、盾は真っ二つに斬られ、剣も折られた。そしてステイオンの剣が喉元に突き付けられる。


 グルーディットは驚愕の面持ちで固まった。周囲で観ていた者も、全員が呆然としている。

 その静寂を破ったのもグルーディットだった。


「はっはっはっは!!参った!降参だ!信じられねえ!この俺が赤子扱いとは!」

「いや、良い突きだったし、槍を捨てる判断も早かった。見事」

「おお。そうだろう?そんじょそこらの奴とは格が違うからなぁ!しかし、あんたはその遥か上にいやがる!凄すぎて悔しくもねえ!」


 続くレイアとリンカの決闘も同じようなものだった。攻撃魔術は使わなかった為、ステイオンほど一瞬ではないが、身体能力を魔術で底上げし、傷一つなく、そして傷一つ付けず、剣を弾き飛ばして終わった。


 そして、グルーディットとアルザネスは百年間の停戦と同盟の締結を宣言した。






  夜は宴になった。この時代の小国郡では、戦って終われば憎しみを捨てることとなっており、決着が付けば敗者も勝者に従う。財貨は勝者の物となり、勝者は気に入った異性がいれば己のものとする。しかし今回の場合は、勝者は外様の二人である為、二国間に上下はない。ただ騒ぎたいだけであった。


「だから、お前じゃ勝てないって言っただろ!」

「あんたこそ、一瞬だったじゃないか!」


 グルーディットとリンカは酒を飲み比べながら言い合っていた。これまでにも二国は何度か戦争をしたが、決着が着いたことがない。停戦の度に二人はこうして飲んでいた。


「やはり仲が良かったのだな」


 呑気に感想を言うステイオンに、もはやレイアは何も言わなかった。と、そこに声を掛ける者がいた。


「騎士さま!」


 高い声である。声の方を振り向けば、まだ十にも満たぬであろう少年がいた。亜人であるが、リンカよりは人間寄りの見た目をしている。しかし毛の色や尻尾はリンカとよく似たものである。


「おれを弟子にしてください!」


 少年は目を輝かせてそう言った。


「あなた…あの二人の子供ね」

「あの二人とは?」

「グルーディットとリンカよ」


 ステイオンの問いにレイアは当然のように答えた。


「そう!おれはグルーディットの鷹とアルザネスの虎の子、シェラク!」


 少年も元気よく答えた。敵国同士の王と女王がどうして子を成したのか、ステイオンには訳が分からなかった。グルーディットの方を見る。


「ん?俺は強い女が好きだ。こいつとは何度も戦ったが、勝ちきれなかった。だから抱いたのさ!」


 聞いても訳が分からない。リンカを見る。


「強い男の子種なら、拒む理由がないね」


 ステイオンが納得する横で、レイアは無言である。先ほどの物言いといい、とっくに気付いていたのだろう。


「なのに敵国同士のままなのか?」

「どっちが主導権を取るかで争うのが目に見えてる。今はこの距離でいいのさ」


 そういうものらしい。ステイオンには(まつりごと)のことなど分からないので、それ以上は聞かなかった。


「それはそうと、シェラクは俺達の子だからな。とんでもない才能だぜ。いつかあんたらにも追いつくかもしれねえな」

「あたいらなんか足元にも及ばない男になるよ、この子は」

「ふむ。しかし吾輩の弟子にならずとも、二人が鍛えればよいであろう」

「おれは最強になりたいんだ!一番強いあんたの弟子がいい!」

「俺達が鍛えても、多分あんたを越えられない。あんたを越えさせるためにも、あんたに付いていかせたい」

「子供を連れていけるような旅ではない」

「死んだらそれまでの器ってことさ。あたいからも頼むよ」


 ステイオンは困ってしまい、レイアを見た。


「今は邪魔なのは事実ね。兄弟子のところにでもやれば?」

「なるほど、それなら良いかもしれんな」

「弟子がいたのか」

「ここより西のリスタード王国に」

「その人は強いのか?」

「ふむ。一対二でも其方らに勝つであろうな」

「なんだと?俺も戦いてえな」

「それに、将としては吾輩の遥か上をいくであろう」

「へえぇ。子種が欲しいな」

「話を通しておこう。いつでも行けばよい。やつにも勝てるようになったなら、その時は吾輩が面倒を見る」

「その言葉、忘れないでくれよ!」


 そんな約束をして、それからしばらくはそれぞれの国に滞在した。ステイオンはアルザネスでシェラクを鍛えた。確かに恐ろしい才能の持ち主だった。既にそこらの大人には負けない。頭も良く、間違いなく歴史に名を残せる器だ。レイアにそう言ったところ、「器はね」という答えだった。

 どれだけの才があっても、歴史に埋もれる者はいる。アレイオンもそうだ。その弟子にすると言うことは、歴史の闇を生きる宿命を負わせるということなのかもしれない。


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