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魔女(あるいは聖女)と騎士の六百年  作者: ノワール


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Episode1 紀元前38年 魔女と聖騎士の邂逅

 少女は己の事故死を装い、教会を抜け出した。もはや教会に女神の加護などない。利権に塗れ腐敗した教会、国、全てがどうでも良くなっていた。

 祈るということは、魔力を練ることである。強大な魔力を持って生まれ、さらに聖女となってから食事や最低限の雑事、そして教会に莫大な寄付をした権力者達への癒しなどを除き、あらゆる時間を祈りに捧げた少女の魔力は、いまや人を超えていた。

 そして、練り続けた魔力を初めて己の欲のままに使った時、まさに闇に染まっていた心を反映させ、少女を人ならざるものに変えたのだ。

 まだ力の使い方など分かっていないが、もはや歳を取ることも死ぬこともないだろう。


(まずは美味しいものでも食べて、適当に世界を見て回ろうかな)


 何しろ、つまらない毎日を送ってきたのである。とにかく楽しみたい。人々の娯楽を隅から隅まで楽しんでみなくてはならない。


(飽きたら滅ぼそう)


 もはや、世界にも人々にも愛着などなかった。

 少女は暗い微笑とともに、世界を歩き始めた。


 金は適当に金持ちから盗む。時には空を飛び、時には深い海の底へ潜った。


 その当時、空気中にある魔素の存在は知られていなかった。一部の者が体内に生まれる魔力を使用し、特殊能力を使える程度だった。

 体内で生成される、有機生物由来の力を、ある者は魔力、ある者は聖なる力、また様々な名称で呼び行使した。


 少女…レイアはそういった者の中でもずば抜けた力を持ち、ただ頭で考えるだけで大抵のことはできた。

 後の世では唯一にして真なる魔術と言われるそれは、レイア以外の誰にも使えない、大いなる魔女の力だった。


 そうして気ままに歩き回る内に、数十年が過ぎる。レイアは世界中を歩いた。大陸だけでなく、当時の技術では人類が到底渡れない海すら渡り、全く文化の違う、けれども同じ姿をした人間の世界も見てきた。


 大陸にも、海の向こうにも、色々な国があった。祖国と同じように腐敗した国もあれば、貧しくとも王族から貧民まで幸せそうな国もあった。悪い人間もいい人間もたくさん見た。

 飽きたら滅ぼそうと思っていた世界だが、全く飽きることはなかった。


 容姿が変わらないので、同じ場所に長くとどまることはできない。しかしそんな必要もなく、たった数十年で目まぐるしく変わっていく世界を楽しむ。

 二、三十年もすれば、一度行ったことのある国や地域が、大きく変わっていることも珍しくなかった。


 大した魔術は使わなかった。長く生きていれば知恵も技術もつき、どんな場所であれ生活には困らない。ただ、あれこれと研究だけは続けていた。


 そんなある日だった。


「アルトラヴィクタ嬢」


 往来で急に本名を呼ばれて、レイアは驚きとともに振り返る。七十七年前にグレーイルを出て以来、その家名で呼ばれたことはなかった。

 そもそも名前もシャーラクレイアだが、国を出て以来、レイアとしか名乗ったことがない。


 二十年ほど前には、グレーイルのかつて自分が住んでいた町にも行ったが、数多いる聖女の中の死んだひとりのことなど、誰も覚えてはいなかった。事故死ではないと調べた教会関係者にだけ、逃げられたことを汚点として伝わっているくらいだ。

 レイアは元はとある滅びた国の王族の末裔であり、国とともに言語も失われている。そのため、同じ響きの名前はまず聞かない。

 その国はとうに滅び、名前と血だけを細々と受け継いできただけなのだ。


 振り返ってみると、そこには精悍な騎士がいた。

 背は高く、鍛え上げられた身体。背中を伸ばした綺麗な姿勢で直立しており、それだけで真面目さが伺える騎士だった。

 旅装ながら簡素な青銅の鎧を着ており、胸に刻まれた紋章は、北の海を越えた遥か北東にある、ア・イザーノ地方にある小国の紋章だったように思える。

 この時代において、騎士とは貴族である。従って男も女も長い髪を神聖視する傾向にあり、この大陸では大半の騎士が長い髪をしているというのに、その騎士は橙色の髪を短く刈り上げていた。

 歳は三十を少し超えているだろうか。顔立ちは厳めしいながらも整っている。空のような青い瞳が美しい。


 騎士はその青い瞳で真っすぐにレイアを見ていた。供も連れず、武骨な剣を腰に差して立っている。


「どうしてあたくしのことをご存じなのかしら」

「女神様より」

「はぁ?…それで、何の用でしょうか」

「吾輩は聖騎士である。名をステイオン・ド・ゴーリ・ブラーシュ。女神様より、魔女を討ち滅ぼすよう仰せ仕り、はせ参じた」

「魔女?あたくしのこと?」

「いかにも。強大な魔力で人ならざるものに変じた其方である。事実、吾輩がグレーイルで観た姿絵と何ら変わらず、歳も取っていないように見受けられる。その長い耳だけが少し違っているが。其方が魔女で間違いなかろうか」

「まぁ魔女と言われればそうなんじゃないかしら。そう呼ばれたことはないけれど。…それで、あたくしを殺すの?」


 言いながら、レイアは戦う準備をしていた。といっても魔術は発動に時間が必要ない。どう仕掛けるか。騎士にどう動かれたらどう返すか、そういったことを頭の中でいくつも検討しているだけだ。


「其方が間違いなく魔女であるならば、いかにもそれが吾輩の使命である」

「…じゃあ、さっさとかかってくれば?」

「聖騎士たる吾輩は不意打ちなどせぬ。正々堂々、決闘を申し込む」

「騎士の誇りってやつ?聖騎士サマが、か弱き乙女と決闘するのはいいわけ?」

「常ならば言語道断である。しかし、人ならざらぬ魔女が相手であるならば、その限りではない」

「ていうか、姿絵で分かったのに、何で確認したの?」

「母なる白の女神の神託とはいえ、一方の言い分のみを聞いて沙汰を下すのは、騎士道に反するゆえ、確認したまで」


(なんなのこの、馬鹿真面目で融通の利かなそうな堅物は)


 女神の神託を受け、聖騎士が魔女を討ちに来たとなれば、二人の間には殺伐とした空気が流れるはずだ。しかし騎士の真面目くさった態度には毒気がなく、レイアに対して特に感情もなさそうだった。


「もっと憎しみに駆られてるべきじゃない?」

「女神からは、魔女になったとしか聞いておらぬ。世界を乱すと聞いているが、乱れているとも思えぬ」

「じゃあ、神託が気のせいだったんじゃない?」

「神託により吾輩は不老不死となっているため、それはない」

「不老不死!?」

「いかにも。既に百歳を超えている」


 人間味がないのはそのせいだろうか。自分など、()()なってからの方が、感情豊かになり、人間くさくなったというのに。


「分かったわ。決闘はどちらで?」

「明日、太陽が頂点を指す頃。ここより西の草原にて待つ。二つの大樹が並ぶ丘の下で」


 西は街道がないが、豊かな草原が広がる平地だ。通常は人通りも少なく、確かに決闘には都合がいい。


「分かったわ。じゃあ、また明日」

「うむ。失礼する」


 言うだけ言って、ステイオンは踵を返して去っていった。


(変な騎士…)






 翌日の昼。レイアは海を越えた先にある、南国の砂浜にいた。魔術で冷やした果実水を飲み、日陰でゆっくりと過ごす。夜の内に魔術で転移してきたのだ。


(ばっかじゃないの。行くわけないでしょ。ほんと、変な騎士)


 レイアは昨日の騎士を思い出して笑った。それから、騎士のことなど忘れて数年を海の傍で過ごした。次に二人が会ったのは二十八年後だった。

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