Episode18 天竜暦297年 リスタードの英傑
神聖ティーリアン帝国の首都があった地域、今はリスタード王国となった場所が、戦争に巻き込まれるという。
ティーリアンの王族がいなくなり、周辺の貴族が自領の独立を宣言した際、首都を含めた地域を自国の領と宣言したのは隣接領を統治していたリスタード卿だった。前身のティーリアンがグレーイルに戦争を仕掛けた結果、女神の怒りを買い滅びた為、女神を恐れた周辺国からは、建国以来侵略戦争を仕掛けられることがなかった。ティーリアンの崩壊に前後して大陸では大きな戦乱が広がっている。後の歴史にはこれらの戦争が百年戦争として一まとめに語られるが、実際のところ、この時代の戦争は群雄割拠で、この頃には亜人の解放やドラクレア建国については影も形もない。
ティーリアン崩壊から、各国の王は大陸の覇権を取るべく、争い合ったのは事実である。その中で、女神の怒りを恐れる国々をうまく抑え、、リスタードは中立を謳っていた。しかし、人は忘れるものである。たった十年で元はティーリアン貴族だった一人の王が、リスタードへの侵攻を開始した。
レイアの未来視によれば、リスタードの存続は後の偉人が戦乱を治める為に不可欠だ。レイアとステイオンの二人は、リスタードに向かった。
「普通に戦えば、負けるのか?」
「そのはずなんだけど…。でも練度が高いわね。あたくしの見た流れだと、リスタードは国内の安定を急いだせいで、この時期は騎士団がまともに機能していないはずだったんだけど」
レイアの未来視はまだ完全ではない。自分で一度見た流れを変えた場合に、変わった後の未来が見通せない場合があるのだ。
「リスタードに来るのは初めてだし、変化があるわけないんだけど…」
とはいえ、やることは変わらない。この練度と士気なら放っておいても勝つかもしれないが、念には念を入れておくべきだ。幸い、聖女がいなかった為、レイアは姿を変えて流れの聖女を名乗った。この時代はグレーイルでも聖女が複数人いるし、グレーイル以外でも神託を受けて聖女になった者もいた。守りの力や癒しの力を持つ聖女はどこでも重宝された。ステイオンはまた髪の色を変えられ、騎士団に志願した。
そこで、流れを変えた人物が分かった。
「整列!!」
声を張り上げるのは、この国の騎士団長である。三十を少し過ぎた精悍な男は、実戦を前に緊張した騎士達を前に、堂々たる居住まいで立っている。
「我々は何だ!」
『リスタード騎士団です!』
「そうだ!我々リスタード騎士団の使命はなんだ!」
『国民を理不尽から守ることです!』
「そうだ!国民に理不尽を強いる敵はなんだ!」
『クージルのクソ野郎共です!』
「そうだ!しかし、俺が鍛えた騎士団に、クソ野郎に負けるような者はいないな!」
『いません!!!』
凄まじい士気の高さである。様々な国や騎士団を見てきているが、ステイオンとしても、これほど一体感があり屈強な騎士団は覚えがない。
(ふむ。流石の将の器だな。あいつを堂々と団長に据えるリスタード卿…いや王も只者ではない)
「よぅし!このアレイオン・キリエルに付いてこい!必ずや貴様らに勝利を!」
怒号のような歓声が沸き上がる。そう、騎士団長はかつてレイアが救った少年皇帝だった男である。十年ほどの放浪を経て、かつての故国の騎士になったようだ。三十一歳になったアレイオンは、輝かしいばかりの武威を持つ、強大な騎士になっていた。
(あいつがいるなら、この強さと士気の高さも頷ける)
時代が時代なら偉大な王になっていたであろう、優秀な男である。彼もまた、英傑の器なのだ。
そんなアレイオンが率いる騎士団は強かった。隣国クージルの騎士達を散々に打ち負かし、たった三日で敗走させた。ステイオンもさりげなく戦ったし、レイアも違和感を持たれない程度に治癒魔術を行使したとはいえ、流石の戦果である。
そのアレイオンであるが、終戦直後、戦後処理もままならないばかりの頃にステイオンを呼び出した。団長の執務室に入ると、そこには変装したレイアの姿。
二人は目線を交わすが、この国での立ち居振る舞いに共通点などないはずである。レイアは澄ました顔をしていたが、ステイオンは首をかしげるばかりだった。
「なぜ呼び出されたのか、分かるか?」
アレイオンが剣呑な目で問いかけてくる。
「はっ!自分には分かりません!」
ステイオンは一般騎士を装い、直立のまま返答した。
「…そちらの聖女殿も?」
「さー、なんででしょうねぇ」
レイアは冷静である。飄々と、明後日の方向を見ながら答えた。
「…私が気付かないと、本気で思っていたのか?レイア、ステイオン」
「あたくしはまぁ、バレるかなーとは思ってたわよ」
「む。…何故気付いたのであるか」
「同時期に来た二人、隠していてもステイオンの身のこなしは歴戦のものだし、動きのクセだって私には分かる。それにレイア、詠唱も祈りもあなたは不要だろうが、慣れてないことが透けてみえる」
「あー、まぁでもあんたくらいにしかバレるものじゃないし」
「よくぞ気付いた。…素性を明かさなかったことは謝罪しよう」
「別に、事情は知っているんだから、それはいい。けれど、私にまで隠さなくとも良いだろう」
「あたくし達は人じゃないのよ。一時はあんたの面倒を見たけど、関わるべきじゃないわ」
レイアの突き放すような言葉に、アレイオンは口元を引き結んだ。
「正体がなんであろうと、私にとっては親のようなもので、師だ。…それに、リスタードに来ることがあれば、声を掛けてくれと言った」
ふてくされたような顔をするアレイオン。レイアはくすりと笑った。アレイオンに近づき、その頭を胸に引き寄せる。
「ごめん。なんて言えばいいか分からなかったのよ。あたくし達にはともかく、普通の人に十三年は長いから。ちゃんと見てたわ。すごく立派になった。…頑張ったのね」
アレイオンは黙って、ほんの数秒レイアを抱きしめ返した。それからステイオンに向き合い、胸を張る。
「ステイオン。貴方に追いつくなど、やはり夢のまた夢だ。しかし…少しは近づけただろうか」
「何を言うか。一対一ならともかく…将としての器は吾輩など足元にも及ばぬ」
ステイオンは笑って手を差し出した。アレイオンはおずおずとその手を握り返す。繋がった手をぐっと引き寄せ、ステイオンは見た目は同年齢くらいに成長した男を抱いた。
「誇れ、我が弟子アレイオン。吾輩の四百年の生で見てきた騎士の中でも、其方は最も偉大な騎士だ」
アレイオンはその言葉に抱擁の力を強めた。それから震える声を隠し、笑って言った。
「今日は飲もう。再会を祝して!」
「あら、飲めるようになったの?」
実はアレイオンは十五歳くらいで飲んだ酒でひどい目にあい、それ以来旅立つまで、一滴も酒を飲まなかったのだ。
「今じゃ、酒の強さでも騎士団最強さ」
その夜は三人で朝まで飲んだ。酒の肴はレイア達の旅の話を少しと、アレイオンの十二年の話をたくさん。
アレイオンは自分の成長を聞いてもらいたがり、多くの話をした。そのどれもが、レイアとステイオンにとって楽しい話だった。二人にとっても、久しぶりのくつろいだ時間だった。
リスタードはアレイオンがいれば問題ない。二人は終戦後、早々にリスタードを立つことにした。
「またいつか寄ってくれ。私が生きている内に」
「用があればね。…ところで、この国で亜人の扱いはどう?」
「どうって?どこの国も同じようなものだ。この国で特別どうということはないと思う。…グレーイルほど過ごしやすくはないだろうがな。私は身近な亜人はなるべく丁重に扱っているつもりだが」
グレーイルでは亜人の人権もかなり認められており、そこで過ごしたアレイオンは亜人との接し方もグレーイル基準だ。しかし、多くの国では亜人の人権は認められていない。東方の小国群のいくつかの国や方の大陸の一部、そしてグレーイルを除けば、どこの国でも亜人は貧しい暮らしをしているのが普通だった。
「これから百年以内に、全大陸で亜人を解放して、人と亜人を平等にするわ。あなたはそれを覚えておいて」
「それは…百年で人の意識が変わるものなのか?」
「無理でしょうね。それでも、表立った権利くらいはどうにかできるわ」
「そうか…ならば、私も有望な亜人を弟子にして、育てておこう」
「それは助かるわ。…アレイオン。あなたの名は多分、歴史には残らない。けれど、永遠を生きるこのあたくしの胸に、あなたの存在を刻むわ。だから、精一杯頑張って生きなさい」
「十分だ、偉大なる魔女よ。短い生だが、また会えることを祈っている」
このやり取りが、百年戦争、つまり亜人解放戦争で活躍した亜人の英雄、ラムザを生み出した。
それは、レイアにも読めなかった未来。亡国の王子は名を変えても歴史に名を残さなかった。歴史の狭間で、名もなき英傑は生きて、死んでいった。
しかし、百年戦争の中期において偉大な功績を遺す英雄を育てたのは、紛れもなくアレイオン・キリエルだった。
キリエル家はリスタードの騎士の家として、長く存続する。その初代の名も史料には残らないが、大魔女シャーラクレイア・ヴェリチアーデ・アルトラヴィクタは、彼の名前を知っている。




