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Episode17 天竜暦292年 小国の英雄達

 アレイオンが旅立ったすぐ後。二人は東の小国郡に来ていた。


 この辺りは神聖ティーリアン帝国に蹂躙されて属国となってからも、地域の支配権を巡って争い続け、度々反旗を翻してきた。歴史的に、遊牧民の部族同士で争い続けていた地域であり、元来は決まった土地を持たない種族である。

 古代より、時期によって生活のしやすい地区の使用権を戦って決めてきた流れから、いつしか決まった領土が出来てきた経緯があり、住む人間達も非常に血の気が多い。頻繁に領土の書き換えが続いていた地域であるため、ティーリアンとしても扱いきれなかったものであり、結局はその時々の代表から貢物を献上させ、支配している形態をとっていたに過ぎない。いつか土地を欲して戦いを仕掛けてきたアンブローズを滅ぼした、あのハイントリスも領土を幾度となく変えつつ、そのまま存続している。

 帝国崩壊もほとんど影響はなく、今も昔ながらの戦争で資源や土地を争い続けている。


 ある意味でその状態のまま安定した地域とも言えるが、放っておくと今後数十年で土地が荒れ、大陸中央にも争いの種を運んでくることになる。

 基本的には戦争に勝利して敵の部族を傘下にしても、すぐに下剋上されたりして纏まらない者達である。しかし、レイアの見出した英雄達に支配されれば、その血族の力で長期的に国としての形が安定してくることが見えた為、三人の英雄を見出し、彼等を王とすることにした。


 ハイントリスの若き王、グルーディット。

 女だらけで亜人の多いアルザネスの女王、リンカ。

 山を支配する一族の長、バッシェル。


 今はまだ力のない彼らを導き、強大な王とする。同時に育てていかないと均衡が崩れてしまうので、それぞれの元に姿を変えて取り入ることにした。





 男尊女卑の色の濃いこの時代には珍しく、ハイントリスでは女性戦士が多い。それは二百年以上前に活躍した戦乙女がおり、強い女性は一族の繁栄の証として尊ばれるためだ。

 レイアは赤い髪と赤い瞳の少女の姿でハイントリスを訪れ、旅の女戦士リーザを名乗った。先祖にハイントリスの者がいて、かの戦乙女の名を貰ったのだと話し、戦士団に入団した。


 二年もすれば、誰もが一目置く『今代の戦乙女』の名を受け、戦士団は負け知らずのハイントリスは小国群の内陸部を広く治める強国家となる。


「おい、いい加減嫁に来い。何の不満があるんだ」


 若き王グルーディットは、会った時から戦乙女リーザを熱烈に口説いた。二年が経つ今も折につけては妻にと希った。それに対するリーザの返答はいつも同じだった。


「あんたじゃ足りない。あたしはもっと強い男がいいんだ」

「この国で最強の男は、小国群でも最強だ。いや、この大陸の誰にも負けやしねえと、いつも言っているだろう」


 確かに、戦乙女を嫁にと己を鍛え続けたグルーディットは強かった。魔術なしではレイアにも敵わない。大陸中を見回しても、確かに最強格である。それはレイアが焚き付けた結果ではあるが。

 それに、いくら強いと言っても四百年の研鑽を積んだステイオンには、当然ながら到底及ばない。


「その内分かるさ。上には上がいるってね」





 ステイオンはレイアによって茶色がかった髪にされ、アルザネスを訪れた。


 この国では、大陸全体でも珍しく、女が主体となっている集合体だ。しかも亜人である。女王を戴き、戦いも女戦士の仕事。南方や海沿いの地域を広く支配する国の中で、男は漁と家事をして過ごす。国のどの女にいつ求められたとしても、種としての仕事は断ることが許されない。

 子供を孕んだ女戦士は一年ほどの休暇を与えられ、男たちに傅かれながら過ごす。子供が生まれれば、すぐにまた戦いに戻る。子を育てるのは老いや怪我で戦う力を無くした女と、男たちである。

 亜人の人権が認められていない時代ではあるが、小国群では強さが正義である。人間族より強い力を持つ亜人の女戦士たちだからこそ、ひとかどの地位を持つことができた。


「ああ?戦いを教える?大きなお世話だよ」

「ふむ。最近はハイントリス辺りが力を付けてきている。このままではいつか蹂躙されるぞ」

「はっ!男なんぞに負けるもんかい」

「アルザネスの女戦士の勇猛さは知っている。が、男女がどうこうではなく、より強い者が現れるものだ」

「そんな奴がいたら、喜んで従うとも」

「そうか。強い相手には従うのだな?」


 ステイオンは、女戦士を一人残らず叩き伏せた。たった一人で、数十人に囲まれつつ、それでも一度に相手する人数を調整し、順番に沈めていった。誰一人として死者も、重傷者すらいない。


「あんた、バケモンか。この人数を相手に、どれだけ余裕があれば…こんな手加減ができるってんだい」

「なに、経験の差である」


 ステイオンは王配にと懇願されたが、外様の者として固辞した。種としての仕事も拒否し、あくまで教官として戦いを教えた。女たちは見違えるほどに強くなり、特に女王リンカは大陸最強の女にまで成長した。ステイオンの元にはリンカをはじめ、多くの女たちが夜這いに来たが、軽くあしらわれた。


「どんな女ならいいんだい。亜人が嫌いなわけじゃないんだろう」

「どんな、か…。誰より優しく、誰より気高く、誰より強い…そんな女であろうか」

「あたいだって、そう言われる」

「其方は素晴らしい女性であるとも。しかし、吾輩の心には鮮烈に焼き付いた、たった一人の女性がいる」

「…そこまで言うなら、連れてきな。どこにいるんだい。何で一緒にいないんだ」

「我々には使命がある。なに、女神のお導きがあれば、いつか会う機会もあろう」

「…あたいらは別に、ヴィータ教じゃないよ」


 この辺りでは長い期間、女神の影響がないままとなっている。聖女もいないし、神託や女神の降臨もなく、信仰心は薄れている。その代わり、竜とは違う細長い体を持つ紅い『(シェンラ)』の存在が度々目撃され、守り神とされている。





 山の一族には予言師がおり、一族の未来に係ることに関して、強い発言権を有している。今代の予言師には特別な技能はなかったので、夢に介入してお告げをした。

 それまで先祖から伝わる占いと考察のみで、一族の未来に関わる重大な責任を負ってきた予言師は狂喜乱舞し、族長バッシェルに伝えた。


 バッシェル自身は戦闘力はそこまでではないが、屈強な山の男たちを従え用兵する、将の器があった。レイアは小国群全体を見ながら予言を与え、適切な敵と戦わせた。過酷な戦争を乗り超える内、バッシェルは王としての才を開花させた。やがて小国群の北方を広く支配する強国家にまで成長させ、紅龍王国を名乗る。






 数年で、三国家は強大な国家となり領土を広げた。小国家のほとんどはどれかに吸収されるが、度々反旗を翻したり宗主国を乗り換えたりして、国境線は目まぐるしく変わる。しかし、三国家が経済成長や生活水準の成長に力を入れた結果、数百年に渡り安定した状態となる。


 三国家は戦争回避の為、しばしば互いに婚姻しあった。その最初の婚姻は、ハイントリスのグルーディット王とアルザネスの女王リンカと言われているが、これも史料に乏しい逸話である。

 時代背景を考えれば、最初期の王と女王であるこの二人が結婚することは考えにくく、また王と女王の婚姻が成れば、ハイントリスとアルザネスは合併しているはずである。

 ところが、この二国が合併するのは、紅龍連邦として三国や小国が全て一つになる天竜暦千二百十四年のことである。その為多くの歴史家が否定している。


 それなのに何故、二人の婚姻が取り沙汰されるのかといえば、今も残る口伝の一つに二人の恋物語がある為である。


 グルーディットとリンカ

 時代の最強の王と最強の女王

 しかして二人は口を揃える

「自分より強い男がいる」

「自分より強い女がいる」

 やがて戦いの中で出会った二人は、互いのことも

「お前より強い男がいる」

「お前より強い女がいる」

 と貶し合った

 貶し合いながら惹かれ合い

 いつか最強にと互いに切磋琢磨し、その内に結ばれた

 それぞれ国は人に任せ、最強を追う旅に出た

 旅は多くの人々を助ける旅となった

 二人が戦いの中死んだのか、幸せの中死んだのか

 知るのは魔女と騎士ばかり


 実際、二人がいつまで王位に就いていたかも不明である為、一部の歴史家はこの説を推している。同時期に『とても強い男女二人組』の逸話が散見されるが、容姿が一定でなかったり、移動不可能な時期に複数箇所で違う逸話が残っていたりしたため、信憑性は今一つとされる。口伝の魔女と騎士が誰を指すのかも不明である。二人より強い者こそ魔女と騎士ではないかとされる考察もある。これについて、大魔女アルトラヴィクタは口を開くことはない。


 二人が結ばれたのか、最強の二人を越える、魔女や騎士とは違う誰かがいたのか。本当にそれを追いかけたのか。

 それも、歴史に埋もれた一つの物語である。

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