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Episode14 天竜暦273年 五神竜

 それからレイアは、ステイオンへの好意を素直に表現することにした。

 手を繋ぎ、口づけをし、夜は体を重ねる。言葉でも好意を隠さず、真っすぐに愛をぶつけたのだ。


 ステイオンもそれに応え、感情豊かになっていった。元々口数の少ない男であるので元気溌剌なわけではないが、人形のようだったここ数十年とは違い、寡黙ではあるが愛情豊かな、本来のステイオンが戻ってきたといえる。


 二人はグレーイルに家を持ち、まるで普通の人間の、新婚夫婦のように時を過ごした。もちろん、レイアは戦乱の終結とステイオンの解放を忘れてはいないので、転移で世界中を飛び回った。ステイオンも常に帯同した。


 レイアの魔術は幅を広げ、ある程度の未来視すらも可能となっている。戦乱を終える為に必要な要因は見えていた。


 まずは天竜の呪いを解除しなくてはならない。






 空よりも高い天を支配していた巨大な竜。女神の眷属たる五神竜の中で最も位が高く、力の強い竜が天竜アシュクフィメーアだ。本来は、余程の力を持つ魔女でもなければ相手になどならない存在。しかし、どうやら罪もない子供を人質に取られ、聖騎士が天竜を攻撃したらしい。そして、その隙をついて魔女の呪いを受けた。


 聖騎士は女神の任命を受けた魔女の天敵である。その力は魔女が力を増せば比して増大し、決して負けることはない。あの魔女の聖騎士は、恐らくステイオンを相手にしても圧倒できる程の力があったようである。


 天竜は空と宇宙の境より下に降りることが滅多にできなくなり、世界の安定が崩れている。


 レイアが女神に聞かされたところによると、五神竜は世界の安定を司る存在だと言う。


 風竜アフラノライは風と空を

 火竜グレーメトは火と地殻を

 地竜ダスティライオスは土と大地を

 水竜オレアラは水と海を

 そして天竜アシュクフィメーアは雲より高い天、そして生きとし生けるものを司る。


 彼らは女神の力をもって、それぞれを守る存在なのだ。また、数百年単位で同じところに留まっている場合が多い。


 ところが呪いのせいで、アシュクフィメーアは生きるものたちに干渉できない状態になっている。具体的にどう守っていたのかはレイアにも未だ分からなかったが、現在の世界規模の戦乱は天竜の呪いに原因があり、魔女の仕業だということである。


 この世界の戦乱を収めるにあたって、天竜の呪いを解除しなければならない。





 そこは、空と天…つまり宇宙の境目である。ステイオンは驚きと感動に包まれていた。


 この星(ヴィティス)は平面であり、地の果てには切れ目があると思っていた。数多の星々はヴィティスを中心に回っており、宇宙の中心がこの星だと思っていた。


 ところが、星は丸かった。青く美しい星は、空の果てにいてもなお視界に全てを収められない。二つの月はヴィティスの周りを回っているが、その他の星々やヴィティスは、太陽を中心に回っていると言う。星が球体なことは見て理解できても、この時代には影も形もない『天動説』はステイオンの理解の外である。しかし、レイアがそういうなら、それが真実なのだろう。二人はレイアの魔術により、薄い空気の膜を纏って浮いている。二人とも呼吸せずとも死なないが、ステイオンは吸って吐く動作ができないと苦しみがある為だ。


 そして、空の果てには巨大な竜がいた。灰色の竜。神秘的であり威厳に満ちた姿であった。頭部には多くの角があり、広げた翼はあまりにも大きい。レイアの話では、本来は白に近い銀色らしいが、呪いを受けて灰色になってしまっているという。


 竜と魔女と聖騎士。女神と深い関りを持つ三つの存在の、最初の会談である。





 《何用だ。魔女よ》


 その声は頭に直接響いてきた。聞くだけで身が引き締まるような、力強い声である。


『あなたの呪いを解きにきたわ』


 レイアの声も、ステイオンには不思議な響き方をした。天竜のように直接頭に響いたわけではない。しかし空気のない空間で、魔素だけで伝わる声は、地上での音とは違って聞こえる。


 《貴様ではまだ無理だ》

『だと思うわ。今は、ね。けれど、なるべく早く解除してみせます』

 《好きにするがよい。魔女が原因とはいえど、人の世の乱れも人の業。我は与えられた力の及ぶことをするまで》

『あたくしも同じ思いだけど、今の歪みは放っておけない』


 そうして、レイアは定期的に空へと上がり、天竜の呪いを解析し続けた。その作業は数十年にも及んだ。その間にも、多くの国が滅び、また新たな国が生まれ、そしてまた滅んでいった。


 国といっても、そうしっかりした形のものはない。地方の領主などが国の名を盾に好き勝手をして、戦いがおき、権力者が変わる。それらを放置したまま、国の元首もまた戦い、変わる。


 知識の継承、技術の継承は戦に関するものだけとなり、またそれすらもままならなず、人々の生活は衰退していく一方だった。


 それでも、この時代はまだ多くのものが残っていた。


 本格的に歴史の空白ができるのは、百年戦争によるところが大きい。


 百年戦争は天竜暦二百八十一年から三百八十一年までの百年間と言われているが、これも本当のところは定かではない。


 三百八十一年のドラクレア帝国建国を百年戦争の終わりとするのが後の歴史の定説ではあるが、戦争の始まりは歴史的資料に乏しく、キリの良い百年で区切っただけというのが主流の見解である。

 また、英雄ステイオンと聖女シャーリーは最後の数十年に活躍したとされている。


 不死の聖騎士ステイオンと、魔女シャーラクレイアが百年戦争にどう関わったかは、歴史の闇に埋もれているのである。


 天竜暦二百七十三年。二人は世界に安寧を齎すべく、動き始める。その年は、歴史上数百年ぶりに、天竜が地上で目撃された年とされるが、それも史料に乏しく、本当のところは誰も知らない。

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