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Episode12 天竜暦208年 女神と魔女

 それからしばらくは女王に動きはなかった。

 女王自身はレイアの遠視魔術でも見えないが、隣国の軍などを動かせばレイアには分かるし、もし女王が直接来れば、マリエーラやエストリッドの周囲が見えなくなり、すぐに分かる。


 ある日、レイアはグレーイルの大聖堂に赴いた。

 ここはヴィータ教総本山であり、レイアが聖女として神託を受けた場所でもある。


 まだ幼かった頃、孤児だったレイアは食べ物を恵んでもらいに教会に来ていた。そこで不思議な声と光に導かれ、大聖堂の女神像の前に行き、神託を聞き聖女になったのだ。


(女神の声を聞いたのは、あの時あの一度きり…)


 どんな神託だったかは、必要がなければ他人に話してはならないとされており、レイアは今まで誰にも話したことがない。聖なる光が降り注いだことにより、すぐに神官達に保護され、それから十年ほどの時を聖女として過ごした。


 レイアはかつて聖女だった時のように、女神像の前に跪いた。魔女となってから初めてのことである。ステイオンの為に魔術による交信を試みたこともあったが、人を捨て女神への信仰を捨てた三百年前のあの時から、一度たりとも女神に祈りを捧げたことはなかった。


 ステイオンはそんなレイアを黙って見つめている。


(女神よ、なぜあたくしに神託を?あなたは『祈り、見届けなさい』と言いました。けれど、あのころ見たものは人の欲望と憎しみばかり。聖職者も権力者も只人も、等しく愚かだったわ。祈って、何になったというの?)


 レイアが人の良いところを見たのは、魔女になって自由を手にしてからだ。確かに苦しみも多いが、この世には楽しいことも溢れ、人々の笑顔はレイアに安寧を齎した。魔女になって永い時の経った今こそ、関わった人々の笑顔を心から祈ることができた。しかしそれは、聖女のまま死んでいたら知らなかったことだ。


(あたくしのせいでステイオンは死ねない地獄を生きている。なぜ魔女の対になる聖騎士などという存在が必要なの?ただ討伐したいなら竜にでもやらせればいいし、失敗したあの魔女はのうのうと生きているまま、人々を苦しめている)


 レイアは祈った。これまでレイアが出会い、先に死んでいった人々の為に。今知っている、生きている知り合いのために。そして何より、ステイオンのために。





 どれだけ祈っていただろうか。その美しく静謐なさまは、ただ祈っているだけなのに、居合わせた人々の心を打った。

 やがてレイアの心に、女性の声が聞こえてくる。


 声が聞こえなくなった時、レイアは目を開き、顔を上げた。振り返り、ステイオンを見る。


「あの魔女を止められるのはあたくし達だけ。世界をこれ以上歪ませてはいけない理由もわかったわ。そしてステイオン。いつかあたくしが、必ずあなたを解放する」


 この時こそが、この世界を永劫に渡り見届ける大魔女アルトラヴィクタの真の誕生だったと言える。人々はやがて、恐れをもって『女神ももてあます(ラ・ヴェラ・クレク)大いなる魔女(・ノーデ・アステル)』と呼ぶ。その実は世界の監視者である。女神との不干渉原則を守り、ただ見守り続ける者。ただし世界の歪みを許さない者。


(いいでしょう。その『役割』、永遠に任されて見せましょう)


 彼女は永い永い時を生きる。世界の終わりまで見届ける。たった一人で。それでもいいと決めた。隣にステイオンがいなくてもいいと。


 最初の仕事は悪しき魔女の討伐と、いくつもの大陸で起きている戦乱を終えること。





 一年が経ち、マリエーラとエストリッドの結婚式が近づいてきた。

 絶大な人気を誇る、女神の巫女たる歌姫と、聖王国の次代を統べる聖王。国中を挙げてのお祭りが何日も続いている。


 レイアとステイオンは度々聖王宮に赴き、魔女への対抗策や騎士の訓練をしていた。マリエーラは特にレイアになつき、よくお茶を共にした。


「結婚式に来る可能性は高いわ。あのクソ女はそういう幸せをぶち壊すのに何より快感を覚えているから」

「これだけの警備体制にそなた達の助力があっても安心はできんか」


 エストリッドが言う。ステイオンは相変わらず控えているのみである。


「悔しいけど、今はあいつの方が力が上。ステイオンがいるから互角に戦えるけど…。そもそも、魔女の使う魔術には限界がない。どんな手段で来るかが分からないからね。考えられるありとあらゆる魔術を想定してるけど、想像力は人それぞれだし決まったかたちがないから、思いもよらぬ方法で攻めてくるものなの」


 マリエーラも神妙な顔で聞いている。


「わたくしも、微力ながら歌で対抗してみせますわ」


 四人は幾度となく話し合い、準備を整えていた。しかし、レイアは悪い予感が拭えない。それは目覚め始めた未来視の力から来るものだったが、まだレイアは自分のその力に気付いていなかった。


 いずれは過去未来はおろか、無限に存在する多次元宇宙のあらゆる時をも見通し、あらゆる時空に存在することになるレイアであるが、あくまで彼女の干渉できる時空は一つである。未来であれば未来視に基づいて行動することができるが、過去を変えるわけにはいかない。それは新たな時空を故意に生み出すことであり、歪みの原因になるからだ。『現在』についても未来を変えることが多少は可能になるレイアだが、この時はまだ魔女として未熟だった。


 その結果、レイアと『金の目の魔女』の戦いの終わりは、長い長い未来のこととなる。そしてその長い時間、レイアは後悔し続けることとなる。





 晴天に恵まれ、結婚式は始まった。大聖堂には国の有力な貴族や聖職者が並び、町には国中から人々が集まっていた。誰もが笑顔で、誰もが二人を祝っていて、二人は人生最高の幸せに浸っていて…。


 そして、魔女が現れた。


 血のように赤かったはずの目が金色に輝き、若々しく瑞々しい魔女。隣国の女王であったはずの彼女は、自国の民を大量に生贄にし、強大な力を手にしていたのだった。

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