表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/39

Episode11 天竜暦207年 歌姫と王子

 魔女を逃がしてから数十年が経った。あれから何の手掛かりも見付けられず、二人の旅は続いた。そんなある時、レイアの故郷でもあるグレーイルに立ち寄ったところ、歌姫の噂を聞いた。


 聖王の血を引く公爵家の姫であるその少女は、類い稀なる美声を持つという。現聖王の息子である第一王子に見染められ、身分も申し分なかったことから婚約者に選ばれた。


 可能性は低いが、変装した魔女が魔術で歌に特殊な効果を与えているかもしれない。レイアとステイオンはグレーイルに向かった。






 歌姫は聖王宮や町の広場などで頻繁に歌を披露する。遠目から見るのは簡単なことだった。遠視の魔術で見ても良かったが、魔女が相手だと干渉されて偽の映像を見せられるかもしれず、二人はある日の公演会に足を運んだ。


 少女は非常に美しい容姿をしており、またその歌声は、長く生きる二人でも過去に聞いたことのない、素晴らしいものだった。歌には魔力が乗っていた。しかしそれは魔術などではなく、ただ人の持つ可能性が花開いた結果、歌に力が宿ったものである。

 そして周囲に怪しいものはおらず、婚約者の王子にもおかしなところはない。また空振りかとため息をついたが、素晴らしい歌に存分に聞き惚れ、楽しんでから宿に戻った。


 数十年にも及ぶ長い捜索にレイアも少し疲れていたこともあり、しばらく滞在することにした。どうせ、派手な動きがあればレイアにはすぐに探知できる。そうなる前に見付けられるのが理想ではあったが。


 そうしてしばらく滞在していたところ、不穏な事態が進んでいた。隣国の女王がグレーイルを狙っているというのだ。


 グレーイルには女神が聖女を任命する聖殿があり、ヴィータ教の総本山であるから、大陸が戦乱に巻き込まれても、そうそう攻め込まれることがない。

 しかし、神聖ティーリアン帝国があちこちに勢力を伸ばす中で、たまたま時流になって独立できただけにすぎない隣国は、そういった理にも縛られていないようだった。

 隣国はこの時代には珍しく女王が興した国であり、野心に溢れているのだ。


 今にも戦争が始まりそうな気配であったが、ステイオンとレイアには関係がないので、本当に戦争が始まったら転移すればいい程度にしか考えていなかった。二人は変わらぬ日々を過ごしていた。


 ところが、ある日の午後、レイアが突然険しい顔で立ち上がった。


「この気配…あいつだわ」


 遂に魔女の気配を掴んだのだ。レイアはステイオンを連れて気配の大元へ転移した。






 転移した先は聖王宮の中のようだった。先日の公演会で見た歌姫と王子がいる。突然現れた二人に、近衛騎士達が剣を突き付ける。


「何者か!」

「あたくしは魔女シャーラクレイア・ヴェリチアーデ・アルトラヴィクタ。もう一人の魔女を追ってきました」

「吾輩は女神より魔女の討伐を命じられた聖騎士ステイオン・ド・ゴーリ・ブラーシュ」

「魔女だと!?」


 騎士達は今にも斬りかかってきそうである。しかし緊迫した空気の中、王子が口を開いた。


「もう一人の魔女と言ったな。ここに魔女がいると申すのか?」

「本人がいるかは分からないけれど、気配を感知したわ」


 そしてレイアは目を閉じる。ステイオンは剣に手をかけていない。今剣を取れば、騎士達が攻撃してくるだろうからだ。


「上っ!」


 レイアが叫んだその時、天井から黒い影が降りてきた。とっさにレイアが障壁を張り、影は弾かれて地面に降り立った。

 影は四本足で立っており、まるで獣のような動きである。しかしその体は黒い靄でできており、目に当たるであろう部分は異様な光を放っている。


「ステイオン!」


 レイアが影の周囲に障壁を展開しながら叫んだ。ステイオンは飛び込み、影に剣を叩きつける。影は一瞬切り裂かれたが、すぐに元に戻ってしまった。


「どこかに核があるはず!」


 しかしレイアの障壁を越え、影は部屋の中を縦横無尽に飛び回った。謁見の間なのか広い部屋であり、レイアにも捉えきれない。何人かの騎士が吹き飛ばされた。騎士の手を離れた剣が歌姫の方へ飛ぶ。


「きゃあっ!!」

「マリエーラ!」


 王子が叫び、手を伸ばすが間に合わない。


「レイア!」


 叫んだ次の瞬間、ステイオンは歌姫の前に転移された。剣がステイオンの腹に突き刺さる。しかしステイオンは表情も変えず剣を引き抜き、影に斬りかかった。


「歌姫さん、何でもいいから歌って!」

「え!?」

「あなたの悲鳴で影の動きが止まったわ!恐らく声に乗った魔力の力よ!あなたの歌で影の動きが止まれば、こっちで何とかします!」


 歌姫は驚いたが、しかしすぐさま姿勢を正した。そして美しい歌声が響く。


 それは愛をうたう歌だった。影は苦しみ、明らかに動きが鈍くなる。影が蠢き、一瞬目と同じように怪しく光る核が見えた。レイアが障壁でさらに押さえつける。ステイオンが飛び込み、核を斬り払った。

 影は無散し、場には静寂が戻った。


 幸い、吹き飛ばされた騎士達にも大きな怪我はなかった。


「ひとまず感謝を。しかし、申し訳ないがお二人の自作自演という可能性もある。剣を捨てて跪いて頂きたい」


 王子の言葉に、レイアは明らかに不快気な顔をした。


「そんなことをする必要がないわ。貴方たちを殺すなら、あんな影を使わないで今この瞬間に皆殺しにできるもの。そして、今あの影を倒したからといって、あたくし達は誰に対しても、何一つとして要求することもありません」

「ううむ、最もなことであるが…」


 そこで歌姫マリエーラが口を挟んだ。


「エストリッド殿下。かの聖騎士様は、自らを盾にわたくしを守ってくださいましたわ」


 マリエーラのその言葉で、ひとまずエストリッドも二人を客人として遇することに決めた。


「別にもてなしてもらう必要もないけれど。二人を狙う敵に心当たりは?」

「隣国の女王が最も可能性としては高いが、聖なるグレーイルとて様々な敵がいる。確証は持てんな」

「確証なんて必要ないわ。あれは明らかに魔女の力。あたくしが見れば分かります。でもそうね、隣国の女王ね」


 レイアは目を閉じて遠視の魔術を使った。しかし、なぜか隣国の女王の姿が見れない。


「…間違いない。女王は魔女よ」

「なんと…」


 聖王国の人間達にざわめきがおきる。


「安心しなさい。あの魔女が世界に干渉するのを、あたくし達は良しとしない。あいつが来るときには助けに来るわ」


 それだけ言って、レイアはステイオンと共に姿を消した。


「すぐに行かないのか」


 宿に戻ると、ステイオンが言った。


「あいつの根城で、しかも国を掌握しているとなると、危険すぎるでしょう。迂闊に飛び込めないわ。それより、あいつがこっちに攻めてくる時を狙った方がいいわ」

「そうか」


 恐らく敵にもレイア達のことは気付かれただろう。


(今度は逃がさない…)


 レイアは赤い瞳を光らせた。あの魔女を討つ。そうしたら、ステイオンはレイアにもう一度向き合うかもしれない。それが二人の最期となるかもしれないけれど、それでもいいと思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ