なろうラジオ大賞3 砕けた鏡
神聖なる戦いの中に飛び込んだ部族最強の戦士の葛藤と昇華の一幕
三日月を思わせる曲刀が鋼の剣と交錯する。
曲刀の持ち主、鋼の剣の持ち主はともに若く逞しい青年だ。
髪の色も同じ、目の色も同じ、首から部族の長の証である丸い鏡を下げているのも同じ、違うところといえば一方が長の首を刎ねて鏡を奪ったばかりであり、その鏡が赤く染まっているところだけだ。
部族の繁栄のために行われる主従審判。
それぞれの部族の代表者が命を賭して守護神獣に捧げる神聖なる闘いにおいてこともあろうに相手に敗北しながら命を助けられ、それを恥ずかし気もなく受け入れ、あまつさえ長として部族とともに長らえようとした長をリガルドは許すことができなかった。
激しく曲刀を突き入れるリガルドにあるのはその激しさ以上の怒りと言い知れぬ失望、天地が崩れて消え去るほどの喪失感だった。
俺は何をしてるのだ。
自分と同じ目をした青年と剣を交わしながらリガルドはおのれに問わずにはいられない。
こんなことは間違っている!
相手はすでに審判の戦いに勝利している。
疲れ果てているはずなのだ。
そうリガルドが唯一憧れ決してかなわぬと心を捧げた彼女との死闘の末に。
今ならそこいらの戦士でさえ容易く殺せるはずだ。
それなのに、
そのはずなのに、
リガルドと同じ目をした男は息を荒げながらも部族で長につぐ技量を持つ一の戦士たる自分の曲刀をその身体にかすらせもしない。
恐るべき戦士だ。
まだ戦士でしかないリガルドには想像もつかない部族の服従と繁栄を一身に背負っての主従審判の戦いを経てなおこの強さ。
自分では到底及ばぬ。
リガルドは曲刀を押し出しながら嘆息した。
この男こそ大族長として八種十六部族をまとめあげる伝承の神獣王なのかもしれない。
リガルドの嘆息は刃を合わせる相手への賞賛であり、戦意の喪失でもあった。
何より自らの手で失われた長の慧眼に及ばぬ自らを忘れたあの一瞬への悔恨がここで命果てることを望ませた。
音高くリガルドの手の中にあった三日月が天へと飛翔した。
だが戦うすべを失ったリガルドに死に神の抱擁は訪れない。
「なぜ殺さない」
それは問いだっただろうか?
膝をついたリガルドが見上げた先には自分と同じ目があった。
その日、リガルドの部族の鏡は砕かれた。
リガルドは未来をただ一枚の輝きに託した。
それは神獣王の伝説のはじまりでもあった。