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溜息ツキ子の遠吠え

作者: アメメン

<1>その後の修羅場!?


携帯が鳴った。

それが真紀子からの電話だと分かった瞬間、アタシの心臓が凍り付く。

出るつもりじゃないのに、指がいつものクセで動いてしまう・・あぁ・・

「モシモシ、ツキちゃん?ねぇ、聞こえてるんでしょ?モシモ〜シ」

しまったぁ!! こういうのを後の祭りって言うのよね。

真紀子は普段と変わらないような話し方をしている。

でも、その声は確実に気持ちを押し殺しているように聞こえた。

間違いなく、私が隠しておきたかったアノ秘密を知ってしまったんだ。

「あぁ・・真紀子・・うん・・聞こえてるけど・・」

これから巻き起こる修羅場を思うと、アタシの頭の中は真っ白になった。


そう、アタシは真紀子の5歳年下のイケメン旦那と<危ない関係>にある訳だ。

弟から「ヨースケに女が出来てさ、問いつめた真紀子さんにヨースケが手を挙げたらしい」という電話を貰った時に、こういう時がいつか来るとは覚悟していた。

身から出たサビ、因果応報・・そんな言葉が頭の中をグルグルと回っている。

取りあえず出来る限り小さく縮こまって、落ちてくるであろう<妻の怒り>という名の爆撃に備えた。


真紀子の旦那のヨースケというのは、私の可愛い弟のテルキの高校の同級生。2人は親友同士だった。

ヨースケは、元ビジュアル系のバンドを組んでいて、そこのボーカルだった。

30を超えた今でも、瞳の中で星が瞬いているような王子様系キャラの洒落男だ。

長くてしなやかな手足にウェーブのかかった髪、長い睫毛、濡れたような唇、ちょっとハスキーな声。

影のある憂いを秘めた眼差しは、今でも女心をくすぐり続けている。

不安定なバンド活動の方は結婚を機に止めたが、女性活動の方はバリバリの現役という<チョイ悪王子>なのだ。

見つめられたら、どんな女でもイチコロ間違いなし!!だからといって、アタシが手を出してもイイという言い訳は立たないんだけれどもね。

でもさぁ・・そんなこんなで、友達や家族には完璧内緒にしてきたけれども、ヨースケとは色んな意味でアタシの方が真紀子よりも付き合いが長いのよ。


「あのねぇツキちゃん、話しておきたい事があるんだけど」

来た来た・・ヤバイよ〜!!

「な・・何・・かなぁ?」

今回ばかりはごまかせないかもぉ・・どうしよう〜!?


バレたらさぁ・・美保も、千里も、香織も、友達ではいてくれないだろうなぁ・・テルキも、それに父さんや母さんだって・・皆の信頼を裏切っちゃったんだもんね・・怒られるだろうなぁ。

ううん、怒られるだけじゃ済まないよね・・絶交?絶縁?勘当?・・あぁ、そうなったらどうしよ〜!?

「ヨースケのヤツ・・やっぱり浮気してたのよ!!」

全てアタシが悪いんだけど、でもイヤだよ〜!!

「あの〜・・その事なんだけどもね・・」

「あら〜?ツキちゃん、何か知ってるの?」

自分の蒔いた種とはいえヤバ過ぎ!!

「ん?・・あ・・いや〜・・そのね・・」

「相手のキャバ嬢の事・・何か知ってるの!?」

「キャ、キャバ嬢?・・あぶぶぶ・・し・知らない知らないわよ」

ちょっと待ってよ!・・相手のキャバ嬢って・・誰よ?・・どういう事?

「その子さぁ幾つだと思う?・・まだ19なんだからぁ・・もぅ勘弁して欲しいと思わない?」

「え・・えぇ〜?」

だって、ヨースケの浮気相手って、アタシの筈なんですけどぉ〜!?

「ね?ビックリしちゃうでしょう?」

「う・・うん」

ヤダよ、本当にビックリだわよ・・だけど何で?・・どういう事?・・どうなっちゃっているの?

「本当の事を言うとね・・アタシ、ツキちゃんには申し訳なかったんだけど、疑っていたのよねぇ・・」

「え?・・何を?」

「だって・・ツキちゃんとヨースケ・・昔、色々あったみたいじゃない?・・ううん、隠さなくてもいいのよ。アタシもうすうす気付いていたんだからぁ〜」

アタッ!!頭が混乱して来た?!

「何よ、それ・・」

うすうす気付いていたって何をよ?

「それについては、昨夜、ヨースケが全部話してくれたから・・」

「へ・・へぇ〜・・そ・・そうなんだぁ・・」

ヨースケのヤツ・・どこまで何を話たのよぉ?!・・やだよ〜、ピンチ!!

「高校生ぐらいの男の子ってね、時々、手近な所に居る年上の女性に憧れを抱いちゃうものなのなんですって。

恋とか愛とかの全然手前の状態の淡い感情。誰でも一度は経験するらしいのよね。ヨースケがツキちゃんに抱いていた感情は、その中の一つだったんですっってぇ〜。そうね、喩えて言うとハシカ(麻疹)みたいなモノかなぁ?子供時代の初恋の一部みたいなモンらしいんだけどね。そう言われるとさぁ、あぁ、そうか〜って理解できたの」

「ハ・シ・カ?」

そうかい、アタシはハシカかよ?・・手近な所に居る年上の女性だってぇ?・・その中の一つだってぇ?・・ヨースケのヤツめ!!

「アタシね・・前からヨースケのツキちゃんを見る目つきが気になっていたのよね。でも、誰でもかかるハシカみたいな初恋の人だったっていう訳よ・・アタシも経験あるしね・・アタシの場合は家庭教師の先生だったんだけどね・・でも、男の方が成長が遅いから、女の子みたいに熱くないんだってさぁ〜」

そんな事が言える立場じゃ無いってわかっているけど、なんか、ちょっとムカつくんですけどぉ!!


「ふ〜ん・・ヨースケが手を挙げたってテルキから聞いたんだけど・・大丈夫なの?」

ちょっと意地悪な気持ちを抑えられなくなって聞いてみた。

「あぁ、あれは弾みで当たっちゃっただけよ。全然、大した事じゃなかったんだけどね。ヨースケのヤツがプイッと出て行ったきり戻って来なかったものだから、つい腹が立っちゃってね・・それで、テルキ君にちょっと大袈裟にぶちまけちゃったのよ。心配掛けてゴメ〜ン」

なんだか、ちょっと肩すかしを食らった感じ!!

「今回の事はアタシも悪かったのよね。二人目がお腹にいるものだから気が立っていたのよ」

「そうなんだぁ・・」

鳩尾の辺りがスースー&チクチクしてきた。

「んふふ・・ヨースケってばね、本当は寂しかったんですってぇ・・アタシがツワリとかでヨースケをかまってあげなかったから・・それでね、昨夜、ゴメンって土下座して謝ってくれたのぉ〜」

「ど・・土下座って?・・ヨースケが?」

「そうなのよ、信じられないでしょう?・・それもね、わざわざ玄関ドアの外まで出て、マンションの外廊下におでこをこすりつけたのよぉ〜」

驚き桃の木山椒の木・・とは、まさしくこういう事を言うんだわさ。

「ウッソ〜・・マジ!??」

世の中的にはクソオヤジが土下座しただけでも効果を発揮する場合があると言われているけど、ヨースケ様の土下座は特別だから効果100倍という訳。

「ヨースケってばねぇ、僕は君や子供達と幸せになりたいと思ってる!!・・なんて言ってくれたのぉ〜」


ハタと我に返って冷静になって分析してみると、真紀子の声には<怒り>が微塵も感じられない事に気が付いた。

むしろ、喜んでいるような・・嬉しがっているような・・もしかしてのろけているのかしらん?

それに・・気のせいだろうか・・アタシに対しての優越感のような香が言葉の端々に漂っている気がするんですけど・・これって負けイヌ女のヒガミかな?


身勝手な言い分である事は重々承知しているけれど、アタシはヨースケが他のパッパラ〜女達と遊び回って家庭を壊してしまわない為に<イケナイ関係>を続けて来たようなトコロもある訳なんだから・・。

アタシだったら真紀子の家庭を壊したりなんかしないもの・・何てったって真紀子はアタシの親友なんだから絶対に泣かせたりしない・・本気でそう思っていたんだから・・。

それに、ヨースケはアタシの事を特別の存在だって・・そう言ってくれていたもん。

なのに19のキャバ嬢が浮気相手で、アタシは昔々の手近な所に居た年上の女なの?・・それも、誰でも一度はかかる麻疹みたいな初恋の人だってぇ?・・どういう事よ?

悪いのは<アタシ>という事はよ〜く分かっているけど・・怒れた義理じゃないけれど・・アタシは過去の遺物や化石じゃありませんからねぇ〜!!

腹立つなぁ、もう〜・・冗談じゃないわよぉ〜!!


だけど「僕は君や子供達と幸せになりたい!!」というフレーズが、胸に突き刺ささったまま抜けないのさ!!

別にヨースケとの結婚を夢見ていた訳じゃないけれど、痛い!!

痛くて・・痛くて、痛くて、苦しくて、辛くて・・涙が込み上げてきちゃう。

「・・近いうちに夕飯でも食べに来ない?」

真紀子の弾んだ声が頭の中でガンガン鳴り響く。

「ツキちゃん、聞いてるぅ?」

「・・・」

今のアタシは、うなずく事も出来ないでいる。


<2>節穴じゃないんだから・・って・・!?


今回は、アタシも思い切って色々と言ってやったわよ!!

グーの音も出ないって、こういう事を言うのよね。

でも、ちょっと仲の良いところを見せつけすぎちゃったかなぁ?

ツキちゃん驚いていたみたいだけど、このくらいは良いわよね?

だってさぁ、ヨースケは<私の旦那>なんだもの・・ツキちゃんの弟じゃないんだよぉ。

いくらヨースケがテルキの親友だからってさぁ、ツキちゃんとヨースケは仲が良過ぎるんだよぉ!!

高校の頃から知っているからって、保護者気取りの「私、ヨースケの事は何でも知っているのよ」的なツキちゃんの態度には前からイラついていたのよね。

結婚前にヨースケとツキちゃん何かあったのかも知れないけど、今は、私がヨースケの妻なんですから!!

本当はさぁ、前からちょっと気になっていたんだけどね・・どういう関係だったのかなぁって。

でも、今回はヨースケがちゃんと説明してくれたから少し安心できた。

でも、先の事は分からないじゃない?

この際、ついでって言ったらアレだけど、釘を刺しておいた方がイイかなぁって思ったのよ。

ホラ、転ばぬ先の杖って言うでしょう?・・あの二人・・今までは何でもなくてもさぁ・・放っておいたら先々どうなっちゃうか分からないもんね。

ヨースケが何とも思っていなくてもツキちゃんが一方的に・・みたいな事ってあるもん。

ツキちゃん、だいぶ動揺していたみたいだったから・・私の目も、まんざら節穴じゃないって事よ!!


ホントはさぁ、この間の中学の同窓会の日に「ツキちゃんとヨースケが2人きりで飲みに来てるんだけど、真希ちゃんは来なくてもイイの?」って、マスターから電話があったの。

千里やサトケン達と盛り上がって「今夜はトコトン飲もうっぜぃ!」って、二次会のお店まで行ったトコロだったんだけどね。

ほら、あのマスター・・ツキちゃんに気があるものだからイケメンのヨースケと二人きりにしておくのが心配だったのよ。

でもさぁ、あの時はアタシ、チョットだけドキッとしたんだぁ。

だって、あの日はヨースケが仕事で遅くなるって言っていたから、真由をわざわざ実家に預けていたんだもん。

出掛けにヨースケが言っていた「帰りが遅くなるようだったら、泊まって来てもイイよ」という言葉がツキちゃんと結びついちゃって頭の中が真っ白になっちゃった訳。

千里とサトケンを振り払って私が店に駆けつけた時、二人とも少し驚いた感じだった。

だけど、何かさぁ・・女の・・妻の直感?!・・怪しい感じがしたんだよねぇ〜。

ヨースケとツキちゃんが言うには、私の誕生日のビックリパーティーの打ち合わせをしていたって話だったんだけど、何かスッキリしなくてね。

特にヨースケの態度が怪しくてさぁ〜。

私の顔をみるなり、そそくさと真由を迎えに私の実家に行っちゃったんだもん。

それまで、一人で私の実家に行った事なんて無かったんだよぉ・・おかしいでしょう?

ツキちゃんを問いつめてやろうと思ったんだけど、ヨースケが居なくなったのをイイ事にマスターが割り込んで来ちゃってさぁ・・。

そっかぁ〜・・あの時に私が消えたから、千里とサトケンは結婚する事になったのよねぇ?・・世の中って何がどうなるか分からないよなぁ〜。


まぁ、そんなこんなで、モヤモヤした気持ちを抱えて悶々としている内に季節は過ぎてゆき、何故か私は再度妊娠しちゃったって訳。


でも、このところヨースケの帰りが遅くなった事も気になっていたから、真由の入園式の前にモヤモヤを全部スッキリさせておこうと思って探偵を雇ってみた訳。

元刑事だとは言っていたけど、なんか冴えない感じの年配のオヤジだったから、あんまり期待はしていなかったんだけどね。

ううん・・気持ちの何処かでは、ヨースケが浮気していない事を望んでいたのかもしれない。

ああいうヤツだからさぁ、叩けば埃の一つや二つ・・そりゃ覚悟はしていたけど。

それが蓋を開けてみれば、相手はツキちゃんかと思いきや・・19歳のキャバ嬢ときたもんだぁ!!

毎晩帰りが遅かった訳だよね〜。

休みの日には一緒に買い物に行ってくれたりして家庭サービスをしてくれていたから、油断していたアタシも悪かったんだけど・・。

出来るだけツキちゃんから遠ざかっていれば・・なんて、考えが甘かったなぁ〜。

腹は立つけど、ヨースケは「軽い遊びだった」って言っているし・・此処は我慢のしどころだよね。

ヨースケみたいな年下のイケメンと結婚しちゃった女の宿命みたいなモノかもしれないし・・。

本当はさぁ、相手がツキちゃんじゃなくてホッとしているの。

今は、ヨースケの「僕は君や子供達と幸せになりたい!!」という言葉を信じて生きていくしかないじゃん。

でもさぁ、正直言ってヨースケの土下座には驚かされちゃったわよ!

普通の人よりプライドの高いヨースケが土下座するんだもんね・・それも、家の中じゃなくて玄関の外にまで出てするなんてさぁ・・。

玄関の外って言ったってマンションの廊下だけど、いつ誰が通るか分からないじゃない?

そういうリスクを負ってまで土下座してくれたって思うと、ちょっと感動しちゃった。

私も、少しは愛されているのかなぁ?・・なんてジーンと来て、嬉しくなっちゃったのも事実なんだよね。

でも、2回目は効き目は無いけどね。


これからは、私も手綱を引き締めていかなくちゃいけないって事よ。

でもさぁ、幼稚園の送り迎えに、お弁当作り・・大変になるじゃない?

おまけに一人増えちゃう訳だしさぁ・・。

子供が一人増えると、どうしてもそっちに目が行っちゃうのよねぇ・・3時間毎のミルクにオシメ・・。

だからと言って、そうそう頻繁に探偵なんて雇っていられないしね。

そうだ!!・・いっその事、ツキちゃんに見張っていて貰おうかしら?・・世話好きでお節介な小姑が居たら変な虫も付きにくいんじゃない?

きゃ〜・・案外名案かもぉ〜

ねぇねぇ、どう思う?


<3>色男の純情・・??


「探偵を雇ったんだからね!!証拠もそろっているのよ!!」って真紀子に問いつめられた時は、正直焦った。

もう少しで本当の事を白状するところだった。

でも、探偵が、ほんの小遣い稼ぎ程度にやっているだけの<ぐうたらオヤジ>だったから良かったよ。

本当に19のキャバ嬢と浮気をしていたのかって?・・そんなの、あるわけねぇじゃん!!

俺が付き合っていたのは<ツキ姉=ツキねぇ>一人だもん。

ツキ姉と誰かを天秤に掛けるなんて俺には出来ないから・・。


じゃぁ、キャバ嬢が相手って、どういう事なのかって?

新宿2丁目のはずれに<ビリジアン>っていうキャバクラなんだけど・・バンド時代のダチがマネージャーとして働いているんだよね。

そいつは純粋な日本人なんだけど、どこから見ても東南アジア系にしか見えないっていうヤツなんだ。

ちゃんとした所に就職したかったらしいんだけど、バンド活動にのめり込んで高校を中退したから世間的な最終学歴は中卒扱い。

丈治と書いてジョージと読む本名も災いしたんだろうね・・ルックスと名前が変な想像を掻き立てるらしく色んな職を転々として、結局、キャバクラのマネージャーに落ち着いたんだ。

そのジョージが、この業界は競争が激しくて売り上げ売り上げって追いまくられて大変だって、会う度にこぼすもんだから「俺に出来る事があったら手伝うよ」なんて余計な事を言っちゃったのさ。

そうしたらジョージのヤツが真に受けちゃってね、ショーの演出を手伝ってくれないかって・・。

俺もさぁ、そういうのキライじゃ無いから、つい二つ返事で「オッケ〜」しちゃった訳よ。

ステージとかライトとか・・俺・・そういうの好きなんだよね・・水が合うって言うのかな?

初めて店に行った時はチンケなステージにがっかりしたんだけど、オーナーが物わかりの良いオバサンでさぁ・・俺が考えたイメージに合わせて少し手を入れてくれる事になっちゃった訳よ。

そうしたら俺も俄然スイッチが入っちゃってさぁ・・俺自身がステージに立ちたいくらい興奮しちゃったのよ・・分かるだろ?

光と音とダンス・・キラキラしたものに囲まれて曲を選んだり、振り付けを考えたり、衣装や照明の事を考えるのは、なんだか昔に戻ったみたいでメチャクチャ楽しくてね。

それに、本当を言うと俺はバンド辞めたくなかったから、こういうのにすごく未練があった訳よ。

メンバーは素人に毛が生えた程度の女の子達だったけど、皆、案外真面目に練習に取り組んでくれる良い子達ばかりでさぁ・・。

最近の子は自分をキレイに見せる事が上手だし、ダンスとかの覚えも早いんだよ。

ジョージに言わせると「ヨースケ・マジックで女心は思いのまま」なんだってさ。

そう言われると、悪い気はしないだろう?

豚もおだてりゃ木に登る・・じゃないけれど、俺はおだてられて頑張っちゃったって訳よ。

そういう理由で俺は夜な夜なキャバクラに入り浸っていたんだけど、なんか都合良くカモフラージュになっちゃったみたいなんだよね。


でもさ・・本当の事を言うと、あの夜、真紀子に引導を渡された時点で俺の中では覚悟が出来ていたんだ。

ツキ姉が決心してくれたら、俺はいつでも全部捨てるつもりだった・・真紀子の事も・・子供の事も。

親や兄弟に絶縁されて、テルキとの友情が絶たれたとしても構わないと思っていた。

仕事も何も全部放り出して、何処か遠くの町でツキ姉と二人で出直すのもいいかなぁ・・なんてマジに考えていたんだよね。

あの夜はさ、そのつもりでツキ姉の家に行ったのに・・。

まさか、ツキ姉があんなにうろたえるとは思っていなかったよ。

軽くショックだったな・・だってさぁ、俺は真紀子に負けたようなもんだもん。

俺にとってのツキ姉は<掛け替えのない特別な人>だったんだけど、ツキ姉にとっての俺はそうじゃなかったらしいや。

まさか、女同士の友情に負けるとは思わなかったぜ。

憧れて・・憧れ続けて・・やっと手に入れたと思っていたのにさ・・。


今だから言うけど、好きで好きで仕方ないのに、どうしてもツキ姉が振り向いてくれなかったから、ツキ姉の気を引く為に俺は真紀子に手を出したんだ。

浅はかだったよなぁ。

あの時は、子供が出来るなんて考えていなかったからね。

それが仇になって、今、こういう状況にある訳だ。

あの時と違って、今回はツキ姉も同じ気持ちでいてくれるものとばかり思ってたのに・・。

何がヨースケ・マジックだよ・・女心は思いのままだって?・・一番肝心な相手に効かない魔法なんてさぁ意味無いじゃん!!

だけど、そこで取り乱したりするのは俺の美学に反するからね。

俺は黙ってツキ姉の事を抱きしめた。

ただ・・黙って・・ギュ〜って・・。

泣きたかったのはさぁ・・俺の方なんだか・・ツキ姉・・分かってるのかよ?!


仕方がないから、戻るつもりじゃなかった家に帰って真紀子に土下座してみた。

そうしたら、思い掛けないくらいの効果を発揮しちゃって、何もかもが上手くまとまっちゃった・・という訳ヨ。

ホント・・俺自身が狐につままれた気分なんだからね。


真紀子ってイイ性格してるのよ・・良く言えばポジティブ・シンキングなんだけど、何でも自分に都合イイように解釈するんだ。

だから結婚する羽目になっちゃったんだけどさぁ・・。

今回は、真紀子の自分本位な解釈に救われたって事かな?


結局、俺は真紀子と一緒に子供達を育てていくしかないんだよね。

まぁ、真紀子の事はキライじゃないし、真由の事は可愛いと思ってる。

それにさぁ、仲直りのフリをしたら、想定外の2人目が出来ちゃったしなぁ。

不甲斐ないけど、男としての責任は取らなくちゃイケナイし・・。


こんなに、こんなに想っているのにさぁ・・結局、ツキ姉の事をただ見守っていく事しか俺には出来ないんだね。切ねぇよな〜・・いくら親友でもテルキには絶対言えねぇし・・辛いぜ!!

畜生!・・畜生!・・畜生ぉ〜!!

俺の人生の中で最大の過ちは、ツキ姉の手をちゃんと握りもせずに離しちまった事かもしんねぇな・・。


俺は、あん時のツキ姉の温もりを絶対に忘れないから・・。

絶対、一生忘れない。

たとえ一緒に居られなくても、俺にとってツキ姉は特別な女性なんだからさ・・。


<4>ツキ子が月に吠える!!


電話を切った後、膝の力が抜けちゃった。

きっと、こういうのを脱力感にも似た安堵感って言うのよね、ホッと胸を撫で下ろしたっていう感じかな。

あぁ、これで父さんや母さんに叱られなくて済むよ。

テルキには文句を言われなくて済んだし、美保や、千里や、香織には下手な言い訳をしなくても良いし・・。

皆とは今まで通りの関係を続ける事が出来るんだぁ〜・・良かった良かった。


明日も、明後日も、今まで通りの生活が出来るんだよね?!

これで良かったんだよね?

本当にそうなの?・・本当に今まで通りなのかな?

何もかもが妙な具合にうま〜く治まってしまったようだけれど、何かが足りない気がするんですけど・・。

目に映る世界、自分の部屋、生活、家族、友人・・何も変わらずに昨日と同じ明日を迎えられる事になった筈なんだけれど、何だかちっとも嬉しくないよ。

何かが変。

だって・・涙が止まらないモン。

まるで大きな氷の塊を抱いているみたいだよぉ。

お腹も、肩も、背中も、足も・・指の先の先まで、体中が冷え切って、ブルブルガタガタふるえが止まらないの。

それに、胃の辺りには大きな穴がポッカリ空いちゃったみたい。

風がスースー通り抜けていくよ。

アタシ・・何か忘れてるんじゃない?

すごく大事な事・・何かとっても大きくて、かけがえのない大切なモノ? 事? 人?

アタシの一番大事なモノって何だったの?

家族?・・友達?・・生活?・・仕事?

ううん、違う・・そんなんじゃない。

本当は、そんなのどうでもイイ!!

そんなの、全部無くなったって良かった。

アタシにとっての宝物・・たった一つの温もりだったのに・・アタシは自分で捨ててしまったんだよね。

そう、ヨースケ。

ヨースケを失ってしまったから涙が止まらないの。

ヨースケを失ったなんて、恐くて、悲しくて、辛くて、切ないよぉ。

明日から?ううん、今の今から、さっきあの電話を切った瞬間から、ヨースケはアタシの世界から消えちゃった。


アタシ、今まで気付いてなかったよ・・ヨースケの事をこんなに好きだったなんてさ・・。


父さんも、母さんも、テルキも、美保も、千里も、香織も、それに真紀子も要らない!!

アタシの人生にはヨースケだけ居れば良かった。

そんな事も分からなかったなんて、アタシって、なんてバカなんだろう・・阿呆で、愚かで、どうしようもないよ!


それにさぁ、よく考えたら、今まで通りなんてあり得ないよね。

そうだよ、真紀子の目なんて絶対に正面から見れないモン。

後ろめたくて、恥ずかしくて、申し訳なくて・・ううん、それだけじゃないよね・・きっと、たぶん、悔しくって、哀しくって、アタシは真紀子に嫉妬する。

そう、間違いなく嫉妬する。

ヨースケとの幸せな家庭生活なんかを見せつけられたら、アタシが嫉妬しない訳がないもの。

だって、真紀子の隣でヨースケが幸せそうに笑ったりするのを落ち着いて見ていられる訳ないでしょう?

イヤだよ、絶対そんなの見たくない。


今までのアタシはね、真紀子が幸せそうにしているのを見ながら、ヨースケの唇の感触を思い描く事が出来たのよ。

考えてみるとヒドイ話だけどね。

アタシは、ずっと<親友>のフリをしながら真紀子を騙し続けていたんだモン。

真紀子は何も悪くないのにさ・・。

アタシって嫌な女だったんだねぇ〜。


でも、これからのアタシはヨースケの指にさえ触れる事は出来ないのよ。

淋しい女になったって訳。

身から出たサビ、自分で蒔いた種なんだけど、刈り取るのは難しいね。


これから先、どうやって生きていけばイイのかな?

アタシは・・どうすればイイの?

父さんや母さんに嘘を突き通して、テルキを騙して、美保や千里や香織とも一生<本音の話>なんか出来ない状態で生きていけるのかな?


でもさ、今更、真紀子に謝ったってどうしようもないじゃない?

何も知らない真紀子を<今の生活>から引きずり降ろす事になるだけで、何も元には戻らないし・・。


元々、アタシは、もう何年も父さんや母さんに嘘を突き、テルキを騙し、美保や千里や香織とは<本音の話>なんかしないで生きてきた訳よ。

なんて悪い娘で、酷い姉で、不誠実な友人だったんだろう。

変わったのは、今まではヨースケが居たけど、これからは居ないっていう事だけ。

私が悪い娘で、酷い姉で、不誠実な友人である事には変わりないね。


こうやってアタシはいつも逃げてきたのさ。

何でも人のせいにして、自分が傷付かないように傷付かないようにとソレばっかり考えて生きてきた。

そんな風だったから、きっと罰が当たったんだね。

結局、ヨースケの気持ちまで踏みにじっちゃったんだよね。

ヨースケに何て言えば良いんだろう?

何か言える訳無いね。

謝って済む事じゃないもの。

本当に・・本当に・・好きで、好きで、たまらなかったのに・・もう、そういう正直な気持ちさえも伝えられない。

人からどう見られるのか、何て言われるのか・・なんて、どうでもイイ事ばかり気にして生きてきた。

年下の彼氏なんて・・ましてや弟の同級生で、しかも親友なんて格好悪いから・・なんてバカげた事を気にしちゃって、ヨースケが差し出してくれた手を握り返す事が出来なかった。

本当は、目をつぶっていたってヨースケの姿が見えるくらい、気になって、気になって仕方がなかったのにさ。

あの時、アタシが自分の気持ちに正直に向き合っていたら、こんな事にはならなかったんだよ。


ヨースケに真紀子や子供を捨てさせる訳にはいかなかった・・なんて言うのも亭の良い言い訳。

アタシ流のキレイ事。

臆病者のアタシは、後ろ指を指されるのが恐かっただけ。


真紀子の勘違いで上手くスルーしたって思っていたけど、そんなのは嘘っぱちだね。

結局、アタシの手の中には何にも残っていないもの。

ホント・・アタシには何にも無いや・・スッカラカンの空っぽ。


こんな筈じゃ無かったのに・・気が付くと、暗い夜空にポッカリと浮かぶ歪な月に向かって、ツキ子は声にならない声で吼えていた。

ー完ー




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