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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第9章:父親と夫婦
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第99話 人の慶び

 6月の第一日曜日。


『そういえばフミツキ』

「ん?」

『萩原美裟とまだきちんと挨拶ができていないのだ。紹介してくれ』

「あっ。……そっか」

『忘れていたのか』

「ごめんごめん」


——


 ということで。

 操縦室に、カエルムがやってくる。文月と、美裟の前に。


「…………」

「…………」

『…………』


 無言のまま、空気が流れていく。


「……なにあれ」

「知らない。気まず過ぎでしょ」


 魔女達がひそひそと呟く。


「あ。俺……外した方が良いかな」

「なんで?」

「えっ……」


 文月がいたたまれずに手を挙げたが、返す美裟の言葉に答えられない。彼女は別に嫌いではないのだ。こういう空気が。会話は無いが、静かに向かい合って、お茶を飲む空気が。


「……改めて。萩原美裟です」

『カエルムだ。よろしく頼む』


 しかし何も喋らない訳にも行かない。既にカエルムと合流してから数日経っているが、中々まともに話す機会に恵まれなかったのだ。美裟にとっても、この『会』は嬉しかった。


「えっと……。文月、さんと。お付き合いさせて貰っています」

『ああ。子はまだなのか?』

「!?」


 突然の、衝撃発言。美裟も文月も不意打ちを食らう形になった。端の魔女達がざわざわし始めた。


「ちょっ……いや。……えっと」

『? どうした』

「(……似た者夫婦なのかしら。愛月さんにも最初にそれを訊かれたわね……)」


 あわてふためく文月と、溜め息混じりに考察する美裟。

 ここは宇宙空間だ。日本人の常識は通用しない。


「えっと。まだ、結婚もしていないので」

『ケッコン? ……ああ、「ヤクショニトドケデ」とかいう奴か。必要なのか?』

「えっ」


 現代の価値観は通用しないと思った方が良いかもしれない。


『私も日本でやったぞ。まあ殆どはアヅキとショウタロウに書いて貰ったがな』

「ショウタロウ……」

『アヅキの父親。フミツキの祖父だな。フミツキが産まれるまで、3人で住んでいたのだ。ショウタロウには世話になった。私の、日本人としての身分も用意してくれてな。ソラという名はその時の物だ』


 川上空。文月にはそうも名乗っていた。愛月に貰った名前だと。


『——つまり、お前達が夫婦となることを皆に認められる儀式が必要なのだな』

「……まあ、そう、ですね」


 カエルムは、歴史や世界についての知識は豊富だが。文化には疎いのだと美裟は思った。天界で暮らしていたからだろうか。あちらには『結婚』という文化が無かったのだろうか。


「愛月さんとは結婚してないんですか?」

『……分からんな。夫婦の誓いは立てたが、そんな単語は聞いたことがない。日本の身分では、夫婦と記されている筈だが』

「……なる、ほど。……じゃあ式とかは挙げて無いんですね」

『親族友人が居ないからな。我々が夫婦であれば、もう誰もそれを妨げられないだろう』

「!」


 価値観だけではない。置かれていた状況も違う。確かに、10年振りに帰国した愛月に友人などおらず、母も死亡しており親族も居ない。父の会社などから誰か呼べたかもしれないが、もはや愛月の知人ですらない。


「…………」


 美裟は、隣に座る文月を見た。目が合う。


「じゃあ、する?」

「えっ」

『ああ良いな。兵達の士気も上がるだろう』

「えっ」

「……ほらどうすんのよ」

「えっ。…………っと」

『…………』


 文月は。美裟とカエルムを交互に見て。


「……じゃあ、結婚、してください……」

「宇宙一ダサいプロポーズね」

「ぅぐっ……」


 城内で、ふたりの結婚式が行われることになった。


——


——


 数日の段取りと。


「え。招待状書くのか? 要るか?」

「あたしが書きたいの。ほら手伝いなさい」

「……もしかして660人全員?」

「当たり前じゃない馬鹿なの? 因みに664人だから。間違えないで」

「まじかよ」


 準備と。


「なあ教会式なんだ?」

「良いのよ。日本人にとって宗教はその程度なんだから」

「いや、これから攻め入る敵の宗教じゃないのか……」

「宗教は人間のものでしょ? 神々にとってはそんなものどうでも良いのよ。だからセーフ」

「出た美裟理論」

「殴るわよ」

「お前巫女じゃなかったか?」

「良いのよ。あたしがしたいんだから。それとも着物があるの? この城に」

「……確かに城には似合わないな」


 根回しを経て。


『……何故私が神父なんだ』

「いや確定。というかぴったりでしょカエルムさん。これ以上の適任は居ないですって」

「神父堕天使はヤバイな」

「雰囲気で良いのよ。それに、カエルムさんに一番、祝福して貰いたいんだから」

「……そっか」

『何も分からんぞ』

「大丈夫です。雰囲気で」

『(日本人のよく使う「雰囲気」とは一体何なのだ……)』


——


「じゃあ、一旦停泊しますね」

「あー、そうか」

「まあ良いんじゃない? 1日くらい」


 九歌島も停めて。


「なんか嬉しそうだな美裟」

「……当たり前じゃない。あんたは嬉しくないの」

「…………滅茶苦茶嬉しい」

「なら良いじゃない。同級生と比べても早い方なんじゃない?」

「確かに。あいつら呼べないんだな」

「あんまり深く考えないで良いと思うわ」

「ああ……」


 我らが『夜』新リーダーが、所帯を持つことになる。分かっていたこととは言え、城内は盛り上がった。

 異を唱える者は、誰ひとりとして居なかった。


——


——


 会場は、城前の広場となった。666人全員が集うのだ。城にはそんな広い部屋は無い。屋外の挙式だが、悪天候は存在しない。寧ろ最高の景色が無限に拡がる満天の星空である。


『…………む。ミナ、様。本日はお集ま、り……。いたダキ』


 カエルムが、皆の前で司式する。美裟に渡されたカンニングペーパーを見ながら読み上げる。


「カエルムさんの敬語とかイメージ無いよな。そういや」

「ルシファーにもタメ語だったしな」

「あれだろ。堕天する時に『誰にもへりくだらない』と誓ったみたいな」

「ああ……」


 この数週間で、カエルムも『夜』に受け入れられていた。文月への教育の時間外は、兵士達に剣を指導したり、魔女達に魔術のアドバイスなども行っている。結構積極的に関わろうとしているのだ。

 愛月の遺した組織と。


『それでは、新郎の入場だ……でごザイま。…………拍手で出迎えてやれ』

「(あっ。諦めた)」


 城の玄関から、タキシードに身を包んだ文月が現れる。それを見た全員が、高らかに拍手で迎える。


「よっ! 大将!」

「タキシードに『着られてる』ぞっ!」


「………………え。野次とか飛ぶのか」


「(お兄ちゃんらしい)」


 困惑しながらも真っ直ぐ歩みを進める文月。ディアナは少しだけ、この野次も嫌いではなかった。


『続いて新婦だ。入ってこい』

「(言い方!!)」

「(そう言えばエスコートって誰なんだろう)」


 諦めたカエルムの雑な催促により、再び扉が開かれる。

 出てきたのは純白のウエディングドレスに身を包んだ美裟と。


「わっ。美裟ちゃん綺麗。スタイル良い~」

「ですよね。凄く綺麗」

「あっそうか。フミ君が旦那さんなら一生お肌綺麗なんだ」

「あっ。……ずるいですね」

「老いてから皆に会う度に握手を求められる所まで想像した」


 スレンダーラインのロングトレーンと、ショートベールに身を包んだ美裟と。

 その腕を引く、アレックスが出てきたのだ。


「アレックスさん?」


 きさらぎが首を傾げる。


「……本当に私でよろしいのでしょうか」

「何言ってるんですか。親族なのに」

「ですが……」


 文月は美裟に、アレックスについての話をしていた。自分の大伯父であると。

 元堕天使ということも合わせて、美裟の中のアレックスに対する違和感は拭われたのだ。ソフィアと対立したように見えたことも。


「これから、大変でしょうけど。今日は、あたし達を祝ってください」

「…………かしこまりました。美裟様」

「えっ」


 そして、アルテとセレネも登場する。ドレスの裾持ちである。これも、これ以上の適任は居ないと美裟は考えている。


「……ミサ姉きれい」

「うん。……そうだね」


 そもそも子供が、このふたりしか居ないのだが。


——


 そして、赤く敷かれた通路中央を通り、花嫁が花婿の所まで到着する。

 わっ、と。歓声が上がった。


『……聖書の言葉が要るのか』

「あっ。それはいいです。カエルムさんの言葉で」

『む』


 何も考えていなかったカエルムは、少しだけ固まって。


『…………子には必ず、父と母が居る』

「!」


 語り始めた。


『子はいつか、相手と出会い、父と母になる。そしてまた、新たな子がうまれる』


 恋愛が全然進まなかった文月と比べて。両親はなんと気が早いのだと美裟は思う。


『「人の慶び」だ。その儀式を行い、そのひとつに立ち会えた我々は今日、この宙で、最も幸運なのだろう』

「おおっ!」


 また歓声が上がった。


『誓え。フミツキ。皆の前で。ミサ。お前達が夫婦と。いずれ父と母となることを』

「はい」

「はいっ」


 歓声は大きくなる。文月は、美裟と視線を合わせる。


「…………」


 にこりと笑いながらも、恥ずかしそうに。泣きそうなほど嬉しそうにする彼女を。

 今までで一番美しいと感じた。


「文月」

「……ああ」


 そして、誰に言われずとも自然に、ふたりはキスをした。

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