第98話 父親
「文月。ちょっと良いか」
「美裟さん。少し良いですか?」
「?」
天界への舵を取る『九歌島』。その中心部である操縦室に、ふたりの訪問者がやってきた。
ケイと、色葉である。
「どうしたんだ? あれ、ざくろさんは?」
半魔であるケイの、もうひとりの魔女であるざくろの姿が無い。
「知らねえよ。散歩でもしてんだろ」
「星空にはしゃいでましたね」
ケイは、文月に。色葉は美裟に用事があるらしかった。
「俺の能力と、これまでお前らに合流せずにやってきたことの話だ」
「!」
「ケイ君とも話したんですけど。萩原先生……『萩原縷架』について、美裟さんに話しておきたいことがあります」
「!」
これからの『戦争』にて、重要な話であると、ふたりは語った。
「時間貰うぞ」
「少し長くなりますが……」
文月と美裟は、一度顔を見合わせて。
即頷いた。
「1ヶ月ある。話してくれ」
「ええ。構わないわよ。色葉さん」
——
——
『…………なんだこれは』
カエルムは、アルテとセレネから彼女らの部屋へ招待を受けていた。断る理由も無いので早速向かった。
「あははははっ!」
「むー……。んむっ!」
「セレネ笑いすぎだって。ほら神奈ちゃん困ってるじゃん」
そこには双子は勿論、佐々原きさらぎと、その娘の神奈。シレークスとソフィアの娘であるディアナも居た。
今はセレネが、神奈のほっぺたで遊んでいる最中だった。
「柔らかすぎる……! これが3歳児……!」
「いやあんたらも10歳だし変わんないわよ」
「もうすぐ11歳ですっ」
「あ、そうなの?」
和気藹々と、『女子』の空間が作られていた。カエルムは早速帰りたくなった。
「あっ! ようこそ!」
「えっ? ……あ、カエルムさん」
だが、アルテに見付かってしまう。カエルムはやれやれと、手招きする方へ向かった。
『……今は休憩中なのか』
「まあ、そうですね。私達は割と、ここに集まってますけど」
堅い質問にきさらぎが答える。そもそもこの面々とは殆ど面識が無い。カエルムはつい数日前にやってきたばかりだ。例え愛月の夫だとしても、19年間姿をくらませていた。
『……佐々原さつきの、娘か』
「母を知ってるんですね」
『幼いお前にも一度会っているがな』
「えっ。そうなんですか?」
『丁度、今のお前の娘の歳の頃だ』
「…………」
実は、この場の誰もが、彼と話をしたがっている。双子にとっては、『兄の父』であり。ディアナにとっては、『父の妻の夫』。きさらぎにとっても、ネフィリムとして自身のルーツを知る為の鍵であるからだ。
「……来てくださりありがとうございます」
アルテがそっと近寄り、そう言った。遠慮がちな様子で。どこか緊張して。
『呼ばれたからな。私も戦いが始まるまでは暇がある。……フミツキへの教育も夕刻からと時間が決まっている』
「…………はい」
彼女らの父親である悪魔シレークスは、同じ女性を妻とする、このカエルムに対して憎悪を抱いていた。暴れまわり、周囲を妻ごと破壊しかねないほどの怒りを感じた。
このカエルムも。同じ気持ちである可能性は高い。自分が消えた後に、愛月と結ばれたシレークスに。そしてその子供である自分達を快く思っていないであろうとは、簡単に予想できる。例え何も言わずに姿を消してしまった負い目があるとしても。
その躊躇と、やはり家族として仲良くしたいという思いが葛藤している。敬愛する兄の、父親だから。
そんなアルテの気持ちを、カエルムも察している。
『……私が怖いか』
「! いえっ。……そうじゃ、ありません」
『正直、私もお前達にどう接して良いかは迷っている所がある』
「!」
『だが——アヅキとソフィア・エバンスは「仲が良かった」のだろう?』
「……! はい」
愛月とソフィアは、シレークスという夫を共有しながら。仲を違うことはなかった。勿論男女の性格の違いや、そもそも彼女らが変人だということもあるのだろうが。
『ならば私……。我々も、歩み寄る努力はしなければならないのだろうと思っている』
「!」
恐らく『子』が居なければ。こんな考えにはならなかっただろう。それはシレークスも同じだ。
文月が。この双子達と『強い信頼関係』を結んでいるのだ。それを破壊したいと思う親は居ない。
「じゃあ、『カエルムパパ』って呼んで良い?」
『!』
アルテの横から。セレネが言った。通常彼女はそんな許可など取ろうとせず好きに呼ぶのだが。
この件に関しては慎重になった方が良いと感じたのだ。
真剣に悩むアルテを側で見ているから。
『……ああ。是非呼んでくれ』
「やった!」
ママがふたり。パパもふたり。
最高じゃないかと、セレネは考えている。
「てんし!」
『む』
神奈が、気付けばカエルムの足元までやってきていた。今は武装はしていないが、靴や服、腕に着けている装飾品は金属だ。怪我でもしたら大変である。
「抱いてあげてください」
『……ああ』
きさらぎの許可が出た。カエルムは気をつけつつ、優しく神奈を抱き上げた。
「てんし! はね!」
『ああ、天使だ。元な』
神奈がカエルムの背中へ手を伸ばして、わしゃわしゃと翼を触る。
ディアナが、それを見て。女子の群れに入っても違和感が無いと感じた。
彼は元天使である。そのビジュアルは間違いなく『美男子』。迫力と雰囲気に圧されてはいるが、まるで神話の登場人物のように綺麗な容姿をしている。
愛月でなくとも惹かれてしまうのは当然かもしれないと。
『…………』
「どうしました?」
『いや。……フミツキも、こうして抱いてやっておけば良かったなと今更後悔をしている』
「……抱いてあげなかったんですか」
『その前にアヅキの元を離れた。……当時は仕方無かった思っていたが、今になればもう1日程度遅らせても良かったと思う』
「…………」
空白の19年は、これからも埋まることは無い。今やっと、初めて文月へ父親らしいことができているのだ。
「……なんだか滅茶苦茶ですよね。私もですけど、『家族』が」
『ああ。つくづく、数奇だと思う。……フミツキはこれをなんとかしたかったのだな』
「?」
「あっ」
家族は、皆一緒に居るべきだ。
だが今は、世界中に。宇宙中に散らばってしまっている。
ならば集めて回ろうと。
「『全員集合』……」
『ああ。そんなことを言っていた』
それはずっと変わらない、彼の目標だった。最初は父親を捜し、母親と再会することを望んでいた。
だがある日、不意に妹がふたりも現れた。しかも異父姉妹であり、その父親も家族であり、さらに行方不明であると。
そして、母親に会う途中でまた、今度はその妹の異母姉妹であるディアナと、その母ソフィアに会う。彼は彼女らも自らの家族とした。
集合するべき『全員』がどんどん増えていく。宇宙だ地獄だといった話に広がり、それは困難を窮めていく。
『フミツキに一度、それを否定してしまった。全員など不可能だと』
「でももう、気付けば結構揃ってますよ」
「!」
きさらぎが、この場を見渡す。全員が、文月の『家族』だ。アルテにセレネ、ディアナ、きさらぎと神奈、そしてカエルム。
このメンバーの中だけで言えば血縁の無い者も居るが。
中心に『文月』を置くことで、全員が『繋がる』。
「親連中——愛月ちゃん、ソフィアさん? と、シレークスさん? あとカエルムさんにまだ隠してる夫や妻が居ないなら。あと3人で『全員集合』は達成でしょ」
『私が知る限りは居ない』
「じゃあ、あとは愛月ちゃんとソフィアさんとシレークスさんだけね」
『!』
「それも居場所が割れてますしね。お父様とソフィア様は地獄に居ますから」
気付けば。
もう、あと少しだ。愛月の魂の居場所だけはまだ掴めていないが。
それを見付けて、再度月まで行けば。
もう、文月の夢は夢ではない。
『(あとはアレックスもだが、それは「代償」が無くなれば伝えられる。エバンスの老夫婦や萩原美裟とその家族も、居場所は分かっている訳か)』
いよいよ、愛月の計画も大詰めという所で。文月の目的も達成させられそうな所までやってきている。
『(使えるものは全てを利用するアヅキの考え方が、フミツキの目的を有利に進めたのか)』
「てんしってとべるの?」
あとは、シレークスとの関係を、どうにかしなければならない。息子の為に。
カエルムはそう思った。
『ああ飛べる。では島内を一周してやろうか』
「あっ! ずるい神奈ちゃん。ねえカエルムパパわたしもっ!」
『ならば掴まれ』
「やった! ほらアルテもっ!」
「えっ。えっ。だって、アルテは脚が」
『構わん。背に乗れ』
「ディア姉とキラ姉はっ!?」
「いや流石に積載量オーバーでしょ。私はパス。なんか恥ずいし」
「……わ、私も恥ずかしいので」
『いやディアナ。お前は絶対に来い。ほら掴まれ』
「な! なんでです——ひゃっ!」
『会話にあまり入って来なかっただろ。遠慮などするな』
形式でなく。血縁でなく。
『父親』でありたいと。
文月と直接会ってから、カエルムは強くそう思うようになった。この気持ちは初めてかもしれない。
家族であるなら。自分が父親だ。
皆の。
『さあ行くぞ。魔女の飛行魔術とは違う天使の飛翔を見せてやる』
「なんかキャラ変わってません!?」
逞しい腕に抱かれる幸せと。
可愛い娘たちを抱く幸せと。




