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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第9章:父親と夫婦
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第96話 きさらぎと文月

 彼女はまた屋上に居た。

 いつ来ても。いつ見上げても満点の星空である。地球から見える星の並びではないので、星座は見付からない。

 なんとなく。ずっと眺めている。


「どうしよっか。ねえ神奈」

「しーない」

「うわあー。まじかー」


 神奈はその星空の光景が酷く気に入ったようで、首が疲れるまでじっと眺めている。疲れれば、仰向けに寝転がって眠くなるまで眺めている。

 眠くなったら、瞼の裏に星空を思い浮かべて眠る。


「まるでお姫様だねえ。羨ましいや」


 何も、悩みなど無い。そんな娘を見て、少しだけ気持ちが楽になる。


「…………愛月ちゃん」


 星空に向かって呟く。応えなど無い。そもそもその方向に死者は居ない。

 そんなことは、呟いた本人が一番良く分かっている。


——


「……フミ君か」

「!」


 もう、誰が来たのか分かるくらいには、ここに慣れていた。振り向かずとも、その足音だけで分かる。


「忙しいでしょ。どうしたの」

「……姉さんと。あれから話せてないなと思って」

「えー」


 正直に答える文月に、純粋に好意を抱く。だが同時に、組織のボスとして。また男としては恐らく。


 きさらぎは、文月を認められていない。


「その……姉さんは大丈夫かな」

「大丈夫」

「!」

「あのね。私はフミ君よりもお姉さんだよ? ていうか多分フミ君より『男っぽい』かもしれない。割りとあっさりしてるからね」

「……そっか」

「愛月ちゃんが死んだ。私の目の前で。……私とは違うから、死んだらもう生き返らない」

「!」


 きさらぎは、『復活』の奇跡を持っている。それは文月も一度目の当たりにしている。


「これからどうしよっかなって、ちょっと考えてるだけ。別に立ち直れてない訳じゃ無いよ」

「…………うん」


 これから、どうしようか。

 それはつまり、文月には『付いて行けない』または『付いていくか迷っている』ということを示している。


「因みに、『降りる』選択肢は無いんだよ。あるように思えてね。フミ君。金星でこれから生きていくなんて、安全だったとしても絶対無理でしょ」

「…………」

「君が、この島の『王』として君臨しちゃうなら。それに従えない民はどうしたら良いんだろうね」

「…………」

「勘違いしないでね。私はフミ君のこと、好きだよ。でもね。……これとそれとは別の話」

「……うん」


 きさらぎは、他の幹部やメンバーと違って少し特殊である。

 愛月とは昔に一度会ったのみで、ずっと日本で生活していた。その間に『夜』や『戦争』など組織との絡みは一切無い。

 だが愛月の『隠し玉』として扱われ、敵対組織に狙われた。人質となり、死亡もした。

 その後文月達に救出されて正式に『夜』に入り、即時幹部となった。

 だが、組織内での彼女に『業務』は無い。他メンバーが訓練や魔術など日常的に業務を行う中、きさらぎだけは『何も』していない。部下も居ない。戦えもしない。魔術も使えない。

 『愛月や文月の親戚のような立ち位置』であったことから騒がれはしなかったが。これでは幹部とは言えないのではないかと思う者も居ただろう。


「愛月ちゃんの『計画』には、私は絶対必要不可欠なんだよ」

「!」


 能力的には『主婦・パート』の域を出ない彼女が幹部となる理由は、それしかない。


「でも愛月ちゃんはもう居ないから。私は『命を懸ける』相手が居なくなった。フミ君は、私に『計画の為に死ね』と言える?」

「!!」


 きさらぎは、『本気』だった。この、天界侵攻と全知全能奪取について。そして愛月はそれよりももっと『本気』だった。全てを犠牲にしてでも、勝ちを掴もうとしていた。利用できるものは何であろうと利用して。


「その覚悟と本気度が。フミ君にあるかな。カエルムさんとか姉妹、月や金星に『助けて貰って』なんとなく達成したいな~、くらいにしか思ってないんじゃない?」

「…………!」


 熱量が。

 感じられないと。きさらぎは咎めているのだ。文月の人間性は好きだが、『命を懸けて尽くす』相手としては、愛月と比べて不足であると。


「まあ、今はまだまだバタバタするだろうし。全然これからだろうけどさ。『やらなきゃいけないから』『やらされてる』みたいな感じの人には、私は付いていきたくないかな」

「姉さん」

「えっ?」


 愛月は常に前だけ見ていた。少なくとも、落ち込んでいるメンバーへのフォローは、『何かを為す』ことで行ってきた。言葉だけでもあるいは愛月ならば懐柔できるかもしれないが、『誰かの心配』など。そんな『弱々しく女々しい』ボスではなかった。


「俺は母さんとは違う」

「!」


 だが。

 文月は、愛月『ではない』。


「母さんと同じことを求められても、俺にできる訳が無い。そんなの俺じゃなくても、誰にもできない」

「……だろうね」

「だから俺は、俺のやり方で、姉さんを『口説く』しか無い。そもそも母さんがどうやって姉さんを誘ったか知らないしな」

「!」


 これまでのやり方が良く。これからのやり方に付いてこれないのなら。降りて貰うしかない。

 違う。

 文月はそうは考えない。誰ひとり降りさせるつもりは無い。


「皆は俺を母さんと比べると思う。だけど、俺は『母さん』を気にしない。母さんの『意思』だけを見て、『母さんの居ない俺達でどうするか』のみを考える」

「…………」


 やり方が違うのは当然だ。だがそれを理由に突っぱねるのではない。それを、受け入れてもらう。理解してもらう。納得してもらう。


「姉さん。俺に付いてきて欲しい。必ず成し遂げるから」

「……!」


 この子は父親似だ。きさらぎはそう思った。組織のトップとしては、正直愛月の方が向いている。カエルムはどちらかというと参謀タイプだろう。


「でも、俺は母さんのようにひとりでなんでもはできないし、考えも浅い。だから協力して欲しいんだ」

「!」

「それを、実力不足と言うけれど。でも見栄は張れない。人の命を預かる以上、嘘なんて吐けないから」


 助けて貰うことの、何が悪いのか。カエルムにも。姉妹にも。月にも金星にも。

 必要などれだけでも、助けて貰えば良い。


「俺には姉さんが必要だ。絶対に一緒に来て欲しい。……今は、それしか言えなくて申し訳ないけど」


 それで結果を成就できるのなら。


「…………保留、かな」

「え?」


 きさらぎも、自身の考えを改める切っ掛けになった。


「分かった。取り敢えずは……そうだね。私も『お母さん』だし、皆のご飯でも作るよ。うん。久々に仕事しよう。確か食糧事情に困ってたよね」

「えっ? 姉さん?」

「じゃあボスから指示してよ。『食事当番を命じる!』みたいな」

「………えっと、うん。そんな小学校みたいな役職じゃないと思うけど」

「あはは」


 全てボスに任せて、下りてきた指示に従う。

 何も考えなくて良いから楽ではあるが。

 自分から、協力『したい』と思えるリーダーも。

 悪くは無いのではないか。

 結局愛月は、きさらぎに何も仕事を与えなかった。きさらぎも訊ねなかった。


「じゃあ、メイド達に交じって貰うことになるけど。リーさんやフランソワに指示を仰いで、そっちに合流して欲しい。彼らにはまた俺から言っておくよ」

「りょーかいでありますボスっ」


 この組織の為に。『何か役に立ちたい』。

 そう思わせられるのも、リーダーの魅力のひとつなのだろう。

 少しだけ文月が、以前より大人びて見えた。

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