第96話 きさらぎと文月
彼女はまた屋上に居た。
いつ来ても。いつ見上げても満点の星空である。地球から見える星の並びではないので、星座は見付からない。
なんとなく。ずっと眺めている。
「どうしよっか。ねえ神奈」
「しーない」
「うわあー。まじかー」
神奈はその星空の光景が酷く気に入ったようで、首が疲れるまでじっと眺めている。疲れれば、仰向けに寝転がって眠くなるまで眺めている。
眠くなったら、瞼の裏に星空を思い浮かべて眠る。
「まるでお姫様だねえ。羨ましいや」
何も、悩みなど無い。そんな娘を見て、少しだけ気持ちが楽になる。
「…………愛月ちゃん」
星空に向かって呟く。応えなど無い。そもそもその方向に死者は居ない。
そんなことは、呟いた本人が一番良く分かっている。
——
「……フミ君か」
「!」
もう、誰が来たのか分かるくらいには、ここに慣れていた。振り向かずとも、その足音だけで分かる。
「忙しいでしょ。どうしたの」
「……姉さんと。あれから話せてないなと思って」
「えー」
正直に答える文月に、純粋に好意を抱く。だが同時に、組織のボスとして。また男としては恐らく。
きさらぎは、文月を認められていない。
「その……姉さんは大丈夫かな」
「大丈夫」
「!」
「あのね。私はフミ君よりもお姉さんだよ? ていうか多分フミ君より『男っぽい』かもしれない。割りとあっさりしてるからね」
「……そっか」
「愛月ちゃんが死んだ。私の目の前で。……私とは違うから、死んだらもう生き返らない」
「!」
きさらぎは、『復活』の奇跡を持っている。それは文月も一度目の当たりにしている。
「これからどうしよっかなって、ちょっと考えてるだけ。別に立ち直れてない訳じゃ無いよ」
「…………うん」
これから、どうしようか。
それはつまり、文月には『付いて行けない』または『付いていくか迷っている』ということを示している。
「因みに、『降りる』選択肢は無いんだよ。あるように思えてね。フミ君。金星でこれから生きていくなんて、安全だったとしても絶対無理でしょ」
「…………」
「君が、この島の『王』として君臨しちゃうなら。それに従えない民はどうしたら良いんだろうね」
「…………」
「勘違いしないでね。私はフミ君のこと、好きだよ。でもね。……これとそれとは別の話」
「……うん」
きさらぎは、他の幹部やメンバーと違って少し特殊である。
愛月とは昔に一度会ったのみで、ずっと日本で生活していた。その間に『夜』や『戦争』など組織との絡みは一切無い。
だが愛月の『隠し玉』として扱われ、敵対組織に狙われた。人質となり、死亡もした。
その後文月達に救出されて正式に『夜』に入り、即時幹部となった。
だが、組織内での彼女に『業務』は無い。他メンバーが訓練や魔術など日常的に業務を行う中、きさらぎだけは『何も』していない。部下も居ない。戦えもしない。魔術も使えない。
『愛月や文月の親戚のような立ち位置』であったことから騒がれはしなかったが。これでは幹部とは言えないのではないかと思う者も居ただろう。
「愛月ちゃんの『計画』には、私は絶対必要不可欠なんだよ」
「!」
能力的には『主婦・パート』の域を出ない彼女が幹部となる理由は、それしかない。
「でも愛月ちゃんはもう居ないから。私は『命を懸ける』相手が居なくなった。フミ君は、私に『計画の為に死ね』と言える?」
「!!」
きさらぎは、『本気』だった。この、天界侵攻と全知全能奪取について。そして愛月はそれよりももっと『本気』だった。全てを犠牲にしてでも、勝ちを掴もうとしていた。利用できるものは何であろうと利用して。
「その覚悟と本気度が。フミ君にあるかな。カエルムさんとか姉妹、月や金星に『助けて貰って』なんとなく達成したいな~、くらいにしか思ってないんじゃない?」
「…………!」
熱量が。
感じられないと。きさらぎは咎めているのだ。文月の人間性は好きだが、『命を懸けて尽くす』相手としては、愛月と比べて不足であると。
「まあ、今はまだまだバタバタするだろうし。全然これからだろうけどさ。『やらなきゃいけないから』『やらされてる』みたいな感じの人には、私は付いていきたくないかな」
「姉さん」
「えっ?」
愛月は常に前だけ見ていた。少なくとも、落ち込んでいるメンバーへのフォローは、『何かを為す』ことで行ってきた。言葉だけでもあるいは愛月ならば懐柔できるかもしれないが、『誰かの心配』など。そんな『弱々しく女々しい』ボスではなかった。
「俺は母さんとは違う」
「!」
だが。
文月は、愛月『ではない』。
「母さんと同じことを求められても、俺にできる訳が無い。そんなの俺じゃなくても、誰にもできない」
「……だろうね」
「だから俺は、俺のやり方で、姉さんを『口説く』しか無い。そもそも母さんがどうやって姉さんを誘ったか知らないしな」
「!」
これまでのやり方が良く。これからのやり方に付いてこれないのなら。降りて貰うしかない。
違う。
文月はそうは考えない。誰ひとり降りさせるつもりは無い。
「皆は俺を母さんと比べると思う。だけど、俺は『母さん』を気にしない。母さんの『意思』だけを見て、『母さんの居ない俺達でどうするか』のみを考える」
「…………」
やり方が違うのは当然だ。だがそれを理由に突っぱねるのではない。それを、受け入れてもらう。理解してもらう。納得してもらう。
「姉さん。俺に付いてきて欲しい。必ず成し遂げるから」
「……!」
この子は父親似だ。きさらぎはそう思った。組織のトップとしては、正直愛月の方が向いている。カエルムはどちらかというと参謀タイプだろう。
「でも、俺は母さんのようにひとりでなんでもはできないし、考えも浅い。だから協力して欲しいんだ」
「!」
「それを、実力不足と言うけれど。でも見栄は張れない。人の命を預かる以上、嘘なんて吐けないから」
助けて貰うことの、何が悪いのか。カエルムにも。姉妹にも。月にも金星にも。
必要などれだけでも、助けて貰えば良い。
「俺には姉さんが必要だ。絶対に一緒に来て欲しい。……今は、それしか言えなくて申し訳ないけど」
それで結果を成就できるのなら。
「…………保留、かな」
「え?」
きさらぎも、自身の考えを改める切っ掛けになった。
「分かった。取り敢えずは……そうだね。私も『お母さん』だし、皆のご飯でも作るよ。うん。久々に仕事しよう。確か食糧事情に困ってたよね」
「えっ? 姉さん?」
「じゃあボスから指示してよ。『食事当番を命じる!』みたいな」
「………えっと、うん。そんな小学校みたいな役職じゃないと思うけど」
「あはは」
全てボスに任せて、下りてきた指示に従う。
何も考えなくて良いから楽ではあるが。
自分から、協力『したい』と思えるリーダーも。
悪くは無いのではないか。
結局愛月は、きさらぎに何も仕事を与えなかった。きさらぎも訊ねなかった。
「じゃあ、メイド達に交じって貰うことになるけど。リーさんやフランソワに指示を仰いで、そっちに合流して欲しい。彼らにはまた俺から言っておくよ」
「りょーかいでありますボスっ」
この組織の為に。『何か役に立ちたい』。
そう思わせられるのも、リーダーの魅力のひとつなのだろう。
少しだけ文月が、以前より大人びて見えた。




