第94話 明星の咆哮
それから数日が経った。ルシファーとカエルムからの連絡はまだ無い。
「お兄さま」
「アルテ!!」
文月の元を、アルテが訪ねた。先日文月を逃がす為に魔術を使った『罰』により、脚が動かなくなっている。愛月の為に用意していた大人用の車椅子に座り、それをディアナが押していた。
「お前それ、『罰』か」
「はい。……ですが今はそれより、セレネです」
「!? いや、取り敢えず治すぞ」
「いえ。待ってください」
「?」
アルテは文月の治療を拒否した。
「アルテに、考えがあります。だから治療は待ってください。それより、先にセレネを」
「セレネがどうかしたのか」
「部屋から出てきません」
「!」
この姉妹の寝室は同じである。アルテが言うには、セレネはベッドから動こうとせず、食事も最低限。ずっと泣いているのだそうだ。
「分かった。すぐ行く。……ふたりは、大丈夫か?」
ディアナを見る。彼女はシレークスの件もある。立て続けにショックが大きい事件が続いているのだ。
「うん大丈夫。……一応ね。ありがとうお兄ちゃん。お兄ちゃんこそ、大丈夫?」
「……俺は、こういう時こそ一番しっかりしないといけないからな」
「……無理しないでね」
そう言って、セレネの部屋へと向かっていった。
「……美裟さん」
「え?」
アルテが。最後に。
「どうか、お兄さまのこと、よろしくお願いします」
「…………ええ。分かったわ」
アルテのその言葉の真意を、美裟は正確に受け取った。
——
——
「セレネ? 入るぞ」
「………………」
鍵は開いていた。軽くノックして、ドアを開ける。返事は無い。
部屋は以前文月が泊まりに来た時と同じく整理整頓され、清潔に保たれている。恐らくアルテだろうと推測する。
「………………」
「……セレネ」
セレネはベッドの上で布団にくるまり、ぐすぐすと泣いていた。
「……フミ兄」
「ああ」
ベッドの縁に座る。すると、セレネが布団から手を出して、文月の袖を掴んだ。
「……自分が嫌い」
「……?」
「ディア姉に、凄く酷いこと、言っちゃってた」
「…………?」
始めは何の話か分からなかったが、まずは全て聞こうと、文月は考えた。
「みんな凄い。わたしは……ちょっと。……耐えられない」
「(……ああ。そうか)」
ソフィアのことを、言っているのだ。母を亡くしたディアナに、以前セレネはこう言った。
——
『ソフィアママは、「パパ」に会いに行っただけなんだね』
——
「……あんなので、納得なんかできる訳ない。……わたしは全然分かってなかった」
ママ、と呼ぶのだから。ソフィアも、相当慕っていたのだろう。
だが。
実母の死とは、ショックが違ったらしい。
それに気付いてしまった自分を、許せないのだ。
「……ママ、笑ってた」
「…………ああ」
「……月でパパと会った時はしてなかった顔だった」
「…………」
どうだったか、文月は覚えていない。だがセレネには、それが印象的であったらしい。
シレークスとの再会で楽しそうにしていた愛月と。
カエルムに会えたことで嬉しそうな表情をした愛月が。
「……ママね。いっつも笑って、頭を撫でてくれて。……お勉強に厳しい所もあったけど。……大好きなの」
「ああ」
セレネは10歳である。文月が、祖父を亡くした歳より若い。
自分は兄として、よりしっかりしなくてはならないと強く思った。
「…………フミ兄の『パパ』に、挨拶できてない」
「まあ、バタバタしてたからな。一緒に天界まで行くし、数日後には会えるさ」
「……フミ兄」
「ん?」
「抱っこ」
「…………ああ」
もぞもぞと、布団から出てくる。そのまま文月の腕を手繰り寄せるように、抱き着いた。
「……もう1回泣くから。疲れて寝るまでぎゅってしてて」
「…………ああ。分かった」
「ぅ…………」
——
——
「どうでした?」
しばらくして。眠り始めたセレネをベッドに寝かせて、文月は部屋を出た。
するとアルテが部屋の前で待っていたのだ。恐らくは、ずっと。
「……眠ったよ。大丈夫とは、言い切れないけど。セレネも賢いから、無理矢理奮い立つかもしれない」
「ありがとうございます」
「アルテ、話があるよな。聞くよ。……このタイミングで良いのか分からないけど」
「はい。……この、脚についてなんですが」
「?」
彼女の座る車椅子は、エマが押していた。
——
——
それからまた数日が経った。そろそろ愛月死亡のショックも落ち着き、『これからどうするのか』という空気が流れている。
文月は、広場に『夜』全員を集めた。
「…………」
川上家の使用人は従うだろう。魔女達も、ウゥルペス次第で協力させられる。月の兵も同じく、ホウラが文月に協力的だ。
問題は兵士達である。アルバート曰く『愛月個人を慕って』ここまで来た連中だ。愛月の居なくなった今、では文月に付いていくかと問われれば。
アルバートを含めて、そうとは言い切れない。
そんなざわつきが、この場に流れていた。
「……もう伝わってるかもしれないけど」
そんな中、文月が喋り始める。愛月の立っていた、広場の中心で。
「母さん……川上愛月の身体は、魔術で保存して保管してある。全部が終わるまで、葬るつもりも無い。……『全能』での復活を、皆が希望すると思ったからだ」
さらにざわめく。何故火葬にでもしないとかという声もあったが。なるほど『復活』ができるのならば、悲しむことも無いのかもしれない。
「母さんは死んだ」
「!」
「だけど俺達は、弱者じゃない」
兵士達の中にはまだ受け入れられない者も居る。文月は、それも分かっている。
「……『夜』は俺が継ぐ。母さんの遺志を。そして母さんを『救う』。皆も。皆の大切な人も救う。今日は俺の、その意思だけ伝えたかった」
だが進まなければならない。
「!」
ガラガラ、と。車椅子の音がした。反射的にそちらへ目を向けてしまう。愛月を、探してしまう。
「……アルテ、お嬢様」
だが愛月ではない。車椅子に座って、エマに押されていたのは娘のアルテだった。
「……『夜』は再出発する。もし抜けたいなら止めない。と言っても地上には送れないから、ここ金星で降りてもらうことになる。その場合はルシファーが世話をしてくれることになってる。地球とは違った文明だけど、なんとか生きていける。天界との戦争よりは安全だ」
「…………!」
降りる、という選択肢。愛月を欠いては勝てないと思う者。息子などに付いていけないと感じる者。もう全てが嫌になってしまった者。
それも一定数居ると、文月は考えている。
「だけど降りないなら。俺は皆を家族として迎える。命を預かって、責任を持つ。19の若僧で、未熟だけど。必ず勝利して、世界を救う。これを誓う」
「……!」
「ここまで来たんだ。月の増援も居るし、金星の武器も揃う。……勝って帰ろう」
「!!」
文月の伝えたいことだった。『夜』の組織としての方針は変わらないと。ただ、頭が変わっただけだと。
「お兄さまは結構、頼りないです」
「!」
アルテが。
エマに押されて、文月の隣まで来ていた。
皆が注目する。そこでくるりと車椅子を反転させ、兵士達の方を向く。
「だからアルテが。セレネが。勿論皆で。支えてあげます。お母さまが居なくたって、お母さまが遺したものは。そんなに弱くは無いんですから」
「!!」
その笑みが。口調が。声が。何故か。
兵士達には、愛月と被って見えた。
『夜』のリーダーは。『車椅子の魔女』だと。
アルテの象徴的振る舞いが、決定打となった。
「俺は行くぜ」
「!」
「愛月もそれを望んでるだろ! なあ!」
アルバートのひと言で。
「おおおおおおおおっ!!」
アルテとアルバートの助力もあって。文月は『夜』の新しいリーダーだと認められた。
文月と。美裟と。アルテとセレネ、ディアナ、きさらぎ、神奈で7人。
他の幹部がアルバート、ウゥルペス、リーの3名。
兵士36名。
医療従事者・従軍職員が7名。
ウゥルペスの魔女が10名。
使用人が、アレックスとフランソワ、見習いを含めて44名。
合計107名。
ここに、愛月の代わりにカエルムを入れて、108名。
月の兵が全部で555名。
合わせて663名。
ケイと、ざくろと、色葉を合わせて。
締めて666名。一丸となり。




