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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第9章:父親と夫婦
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第94話 明星の咆哮

 それから数日が経った。ルシファーとカエルムからの連絡はまだ無い。


「お兄さま」

「アルテ!!」


 文月の元を、アルテが訪ねた。先日文月を逃がす為に魔術を使った『罰』により、脚が動かなくなっている。愛月の為に用意していた大人用の車椅子に座り、それをディアナが押していた。


「お前それ、『罰』か」

「はい。……ですが今はそれより、セレネです」

「!? いや、取り敢えず治すぞ」

「いえ。待ってください」

「?」


 アルテは文月の治療を拒否した。


「アルテに、考えがあります。だから治療は待ってください。それより、先にセレネを」

「セレネがどうかしたのか」

「部屋から出てきません」

「!」


 この姉妹の寝室は同じである。アルテが言うには、セレネはベッドから動こうとせず、食事も最低限。ずっと泣いているのだそうだ。


「分かった。すぐ行く。……ふたりは、大丈夫か?」


 ディアナを見る。彼女はシレークスの件もある。立て続けにショックが大きい事件が続いているのだ。


「うん大丈夫。……一応ね。ありがとうお兄ちゃん。お兄ちゃんこそ、大丈夫?」

「……俺は、こういう時こそ一番しっかりしないといけないからな」

「……無理しないでね」


 そう言って、セレネの部屋へと向かっていった。


「……美裟さん」

「え?」


 アルテが。最後に。


「どうか、お兄さまのこと、よろしくお願いします」

「…………ええ。分かったわ」


 アルテのその言葉の真意を、美裟は正確に受け取った。


——


——


「セレネ? 入るぞ」

「………………」


 鍵は開いていた。軽くノックして、ドアを開ける。返事は無い。


 部屋は以前文月が泊まりに来た時と同じく整理整頓され、清潔に保たれている。恐らくアルテだろうと推測する。


「………………」

「……セレネ」


 セレネはベッドの上で布団にくるまり、ぐすぐすと泣いていた。


「……フミ兄」

「ああ」


 ベッドの縁に座る。すると、セレネが布団から手を出して、文月の袖を掴んだ。


「……自分が嫌い」

「……?」

「ディア姉に、凄く酷いこと、言っちゃってた」

「…………?」


 始めは何の話か分からなかったが、まずは全て聞こうと、文月は考えた。


「みんな凄い。わたしは……ちょっと。……耐えられない」

「(……ああ。そうか)」


 ソフィアのことを、言っているのだ。母を亡くしたディアナに、以前セレネはこう言った。


——


『ソフィアママは、「パパ」に会いに行っただけなんだね』


——


「……あんなので、納得なんかできる訳ない。……わたしは全然分かってなかった」


 ママ、と呼ぶのだから。ソフィアも、相当慕っていたのだろう。

 だが。

 実母の死とは、ショックが違ったらしい。

 それに気付いてしまった自分を、許せないのだ。


「……ママ、笑ってた」

「…………ああ」

「……月でパパと会った時はしてなかった顔だった」

「…………」


 どうだったか、文月は覚えていない。だがセレネには、それが印象的であったらしい。

 シレークスとの再会で楽しそうにしていた愛月と。

 カエルムに会えたことで嬉しそうな表情をした愛月が。


「……ママね。いっつも笑って、頭を撫でてくれて。……お勉強に厳しい所もあったけど。……大好きなの」

「ああ」


 セレネは10歳である。文月が、祖父を亡くした歳より若い。

 自分は兄として、よりしっかりしなくてはならないと強く思った。


「…………フミ兄の『パパ』に、挨拶できてない」

「まあ、バタバタしてたからな。一緒に天界まで行くし、数日後には会えるさ」

「……フミ兄」

「ん?」

「抱っこ」

「…………ああ」


 もぞもぞと、布団から出てくる。そのまま文月の腕を手繰り寄せるように、抱き着いた。


「……もう1回泣くから。疲れて寝るまでぎゅってしてて」

「…………ああ。分かった」

「ぅ…………」


——


——


「どうでした?」


 しばらくして。眠り始めたセレネをベッドに寝かせて、文月は部屋を出た。

 するとアルテが部屋の前で待っていたのだ。恐らくは、ずっと。


「……眠ったよ。大丈夫とは、言い切れないけど。セレネも賢いから、無理矢理奮い立つかもしれない」

「ありがとうございます」

「アルテ、話があるよな。聞くよ。……このタイミングで良いのか分からないけど」

「はい。……この、脚についてなんですが」

「?」


 彼女の座る車椅子は、エマが押していた。


——


——


 それからまた数日が経った。そろそろ愛月死亡のショックも落ち着き、『これからどうするのか』という空気が流れている。

 文月は、広場に『夜』全員を集めた。


「…………」


 川上家の使用人は従うだろう。魔女達も、ウゥルペス次第で協力させられる。月の兵も同じく、ホウラが文月に協力的だ。

 問題は兵士達である。アルバート曰く『愛月個人を慕って』ここまで来た連中だ。愛月の居なくなった今、では文月に付いていくかと問われれば。

 アルバートを含めて、そうとは言い切れない。

 そんなざわつきが、この場に流れていた。


「……もう伝わってるかもしれないけど」


 そんな中、文月が喋り始める。愛月の立っていた、広場の中心で。


「母さん……川上愛月の身体は、魔術で保存して保管してある。全部が終わるまで、葬るつもりも無い。……『全能』での復活を、皆が希望すると思ったからだ」


 さらにざわめく。何故火葬にでもしないとかという声もあったが。なるほど『復活』ができるのならば、悲しむことも無いのかもしれない。


「母さんは死んだ」

「!」

「だけど俺達は、弱者じゃない」


 兵士達の中にはまだ受け入れられない者も居る。文月は、それも分かっている。


「……『夜』は俺が継ぐ。母さんの遺志を。そして母さんを『救う』。皆も。皆の大切な人も救う。今日は俺の、その意思だけ伝えたかった」


 だが進まなければならない。


「!」


 ガラガラ、と。車椅子の音がした。反射的にそちらへ目を向けてしまう。愛月を、探してしまう。


「……アルテ、お嬢様」


 だが愛月ではない。車椅子に座って、エマに押されていたのは娘のアルテだった。


「……『夜』は再出発する。もし抜けたいなら止めない。と言っても地上には送れないから、ここ金星で降りてもらうことになる。その場合はルシファーが世話をしてくれることになってる。地球とは違った文明だけど、なんとか生きていける。天界との戦争よりは安全だ」

「…………!」


 降りる、という選択肢。愛月を欠いては勝てないと思う者。息子などに付いていけないと感じる者。もう全てが嫌になってしまった者。

 それも一定数居ると、文月は考えている。


「だけど降りないなら。俺は皆を家族として迎える。命を預かって、責任を持つ。19の若僧で、未熟だけど。必ず勝利して、世界を救う。これを誓う」

「……!」

「ここまで来たんだ。月の増援も居るし、金星の武器も揃う。……勝って帰ろう」

「!!」


 文月の伝えたいことだった。『夜』の組織としての方針は変わらないと。ただ、頭が変わっただけだと。


「お兄さまは結構、頼りないです」

「!」


 アルテが。

 エマに押されて、文月の隣まで来ていた。

 皆が注目する。そこでくるりと車椅子を反転させ、兵士達の方を向く。


「だからアルテが。セレネが。勿論皆で。支えてあげます。お母さまが居なくたって、お母さまが遺したものは。そんなに弱くは無いんですから」

「!!」


 その笑みが。口調が。声が。何故か。


 兵士達には、愛月と被って見えた。

 『夜』のリーダーは。『車椅子の魔女』だと。

 アルテの象徴的振る舞いが、決定打となった。


「俺は行くぜ」

「!」

「愛月もそれを望んでるだろ! なあ!」


 アルバートのひと言で。


「おおおおおおおおっ!!」


 アルテとアルバートの助力もあって。文月は『夜』の新しいリーダーだと認められた。


 文月と。美裟と。アルテとセレネ、ディアナ、きさらぎ、神奈で7人。

 他の幹部がアルバート、ウゥルペス、リーの3名。

 兵士36名。

 医療従事者・従軍職員が7名。

 ウゥルペスの魔女が10名。

 使用人が、アレックスとフランソワ、見習いを含めて44名。

 合計107名。

 ここに、愛月の代わりにカエルムを入れて、108名。

 月の兵が全部で555名。

 合わせて663名。

 ケイと、ざくろと、色葉を合わせて。


 締めて666名。一丸となり。

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