第93話 立ち上がる
一行は九歌島に戻ってきた。
最悪のニュースをその手に提げて。
「……………………は?」
全員が。
兵士も魔女も執事も、月の兵達も。
固まった。
「……え?」
「ママが。えっ?」
アルテとセレネとディアナも。
いまいち理解できていない様子だった。
「…………なに、それ」
美裟も。
意味が分かっていなかった。
「死んだ? え? 愛月さんが? どういうこと?」
「………………!!」
「!」
頭ではまだ追い付いていないが。
文月の、その表情を見て。
「嘘…………っ」
美裟が最初に崩れた。
「嘘でしょ…………?」
「…………お母、さま……?」
愛月用のスペアの車椅子に座るアルテが。
「ぇ…………」
セレネが。
——
——
「——まだちょっと、というかしばらくは動揺は収まりませんね」
城中に、セレネの泣き声が響いている。何が起きたか理解した他のメンバーも、一様に驚いている。同じく泣き崩れる者も居た。
半ば会議室と化した操縦室に、幹部と文月、美裟、カエルム、そしてケイら3人とホウラ、アレックスとフランソワに加えてルシファーも集まっていた。
待機の指示を取り敢えず出してきたウゥルペスがバタンとドアを閉める。
「何が起きたか。……取り敢えずは、把握はしたぜ」
アルバートが俯きながら言った。既に起きた事自体の説明は終えている。
理解と納得は置いておいて。
「夢半ばで。……死ぬタマじゃねえだろうが!!」
吼えた。
部屋に元々あった、白いソファの上に。安らかな表情をした愛月が横たわっている。
「…………でどうするんだ。計画は続けるのか?」
「!!」
ルシファーが。
文月を見て問うた。
「………………!」
何か言葉など出てくる訳も無い。今は『母の死』を受け止めるのに必死である。『どうするか』など、考えられる訳がない。
「ちょっとあんたねえ。空気読みなさいよ」
「それで現状は改善されるか?」
「そういうことじゃね——よ!」
ルシファーの態度に、きさらぎが涙を流しながら噛み付く。
「そもそもあんたが旦那さんを捕まえてきて会わせたんでしょうが!」
「誰が・どうやって・あれを防げたというんだ馬鹿め。本人に伝えられない『代償』だと? 今日初対面だった俺が果たして、どのタイミングでなら防げたと言うんだ。言ってみろ」
「…………!!」
「それより責めるべきは周囲にすら、いや金星の主である俺にすら警告していなかった男だろうが」
「!」
皆の視線が、カエルムへ向いた。
きちんと逃げていれば。
過ぎ去るまで潜んでいれば。
途中でもルシファーに警告していれば。
『…………』
カエルムは、目に皺を寄せて、拳を握って。
『…………ああ、そうだな』
それだけ呟いた。
だが誰も彼を責められない。
「……ですが、確かに今後のことは考えなくてはなりません」
「アレックス」
「『夜』を、カエルム様が引き継がれるか、それとも…………きさらぎさん?」
見ると、きさらぎが部屋を立ち去ろうとドアに手を掛けていた。アレックスがそれを見付ける。
「……ちょっと、休憩するわ。別に、私抜きでも会議できるでしょ」
「しかし……幹部会議ですので」
「セレネちゃん達が心配だから! 私も一緒に泣いてくるっつってんのよ!」
「!」
きさらぎは声を荒げて、勢い良く飛び出した。
「…………まあ、不毛な会話より実用ってのは同意だな。オイラも戻るぞ。人が死んでも、メシ作らんなんねえ。月の軍人の分、今までより仕事量が5倍になってんだ」
「リーさん……」
続いてリーも退室した。文月から見て、彼の感情はよく分からなかった。
「で、どうする」
「………………!!」
そして会話は戻る。愛月の死後、組織は、計画は。どうするのか。
「(文、月…………)」
少しだけ冷静になってきた美裟が、彼を心配する。
怪我も無い。安らかな表情。まるで今にでも起きてきそうなほどの、遺体。
彼は横たわる母親の前で、固く目を閉じている。
「…………やろう」
「!」
「!」
そしてゆっくりと瞼を開けて、それから周囲を見回して全員と目を合わせた。
「『救済』が為れば罰も代償も無くなる。母さんだけじゃない。皆が救われる。ここまで来たんだ。計画は続行しよう」
「…………文月、大丈夫?」
「ありがとう美裟。大丈夫だ」
美裟に振り向いてから、次にルシファーを見た。
「遅れたけど、初めまして。川上文月だ」
「初めまして川上文月。じゃあお前が次のボスだな」
「それは……どうだろう。皆がどう思うかな」
「かしこまりました。文月様」
「!」
アレックスとフランソワは直ぐ様かしずいた。元々、彼らはそのつもりだったのだ。
愛月がまだ若いとは言え。後継は用意しておかなくては、と。
「僕もまあ良いですよ」
「ウゥルペス」
ウゥルペスも賛同する。彼はそもそも、愛月の死をそこまで悲観的に捉えていないようだ。
「愛月さんの遺体は保存しておきますよね? なら魔女を連れてきます」
「……ああ」
そんな魔術もあるらしい。ウゥルペスも退室する。
「ちょっと……待ってくれよ」
「!」
「アルバート……」
次にアルバートが、待ったを掛けた。
「急過ぎるぜ。……気持ちの整理が追い付かねえ。…………すぐには返事できねえよ。俺も休ませてもらうわ。……済まねえが」
「うん。……分かった」
彼も退出していった。もはや幹部会議ですら、なくなった。
「文月殿」
「!」
ホウラが、口を開く。
「英断に感謝する。我々月軍はもう後戻りが出来ないからな。我々も、アルバート殿や兵士達へのフォローをしていこう」
「ありがとう。よろしく頼む」
彼も、アルバートに続いて去った。
「……彼らの同意は欲しいですね。兵士の指揮にも関わりますので」
「それもあるけど、普通にアルバートは。今はそっとしておこう。……ルシファー」
「ん」
「だから、武器と兵器の準備は進めて欲しい。でき次第金星を起つ」
「分かった。なら一度戻るぞ。地獄の連中に声を掛けてこないといけないからな」
「頼む」
「……全知全能は諦めるか。まあ神の失脚が為れば重畳とするか」
ルシファーはその場で宙へ浮き、消えた。
直接的には、彼がカエルムを連れてきたことが原因だが。
文月はルシファーを責めようとは思わなかった。仕方ないで済ませてはいけないが、『誰も防げなかった』のは事実であっただろう。寧ろ、あの場に居た自分が止められなかったことで、自責の方が強い。
責任がある。
600人の命を預かるのだから。
「……父さん」
『ああ』
続いて。
カエルムを見る。
「『代償』ってのは、天界が設定したルールなのか」
『そうだ。……だが抗えん』
「……一緒に来て欲しい。できれば、グリゴリの協力も欲しい」
『……従おう。奴等にも声を掛ける。アヅキは、どうするのだ』
「…………この部屋が、この島で一番安全な場所だ。取り敢えずは、ここで寝ていて貰うよ。全部終わって落ち着いたら、それから考えよう」
『分かった』
カエルムも文月に従った。彼が最も後悔している。責任を感じている。
愛月を一瞥してから、彼も姿を消した。
「……アレックス。フランソワさん」
「はっ」
「貴方達は……いつも通りにできますか? 俺の命令無視、単独行動の件も片付いてないけど……」
文月は今回、愛月の待機命令を無視してカエルムと会っていた。その負い目もあるが。
「構いません。元より、愛月様が亡くなられた『直後』から、我々は文月様を『ご主人様』とすると決まっておりました」
「それは、母さんの指示?」
「その通りです」
「…………分かった。ありがとう。明日か明後日、落ち着いてから全員と話したい。その時は頼む」
「かしこまりました」
「それと、兵士達、他の執事、魔女達へのフォローも頼みたい。俺もできるかぎりやるけど、600人は多いから」
「もちろんでございます」
「……じゃあ、計画は続行。組織は俺が引き継ぐ。ルシファー待ちの所もあるから、数日は休もう。心を休めよう。……勿論、貴方達も」
アレックス達も、内心穏やかでは無いだろう。だが文月が既に立ち上がろうとしているのだ。
付いていかなくてはならない。
「では、失礼いたします」
ふたりの執事も部屋を去った。
残るは。
「……ケイ」
「ああ」
ケイとざくろと色葉。色葉には動揺が見られるが、ざくろのアーモンド型の瞳からは感情を察することはできない。
ケイも同様である。
「こっから俺も同行するつもりだ。元々な。お前の指示に従うかは……分からねえが。『代償』にも気付けなかったし、俺も愛月の死に関しちゃショックだ」
「充分だ。ありがとう」
「だがお前は愛月の計画を全て知らねえだろ。いや、誰も知らねえ筈だ」
「父さんが居る。『知識』だけは母さんに追い付ける。そこから、最善の道を探そうと思う」
「……そうか。分かった」
それだけ話して、ケイも踵を返した。ざくろはそれに付いていくが、色葉は最後に文月の前へやってきた。
「文月……さん」
「! えっと、色葉さん」
「どうか、折れないでくださいね。周りを頼って。……今は辛いかもしれないけど」
「……ありがとう」
そして、3人も出ていった。
会議は終了である。
——
「…………なあ美裟」
「ええ」
残ったのは、ふたり。
美裟はもう、気持ちを切り換えていた。出発時にアルテを泣かせた……それを糾弾しようとしていたが。
もうそんな場合ではなくなった。
文月の為に、そう『思い込んで』。
「ちょっと……限界だ」
「ええ。おいで」
彼はそこまで、心が強い方ではない。




