第92話 愛する者の胸で
「萩原縷架」
『?』
文月は、もうひとつ。
父に訊かなければならないことがあった。
「……って、知ってる? 明治時代に、俺と似たような『能力』? を持ってたらしいんだけど」
『……萩原、縷架? 明治…………』
「そもそも父さんて、何歳なんだ? 母さん以外に、天使の奥さんとか居なかったのか? 子は皆俺と同じ『奇跡』を持つのか?」
『…………』
「俺、父さんのこと何にも知らないんだよ。知りたいんだ」
父親が堕天使という『異常』。不思議に思うことを挙げていけばキリが無い。
ケイは、文月と縷架が父親を同じくしていると予想していた。
『私の仕えていた神は重婚を余り良しとしていなかったからな。グリゴリも男性の堕天使のみ。私を夫と呼ぶのはアヅキだけだ』
「…………そっか」
『だが、明治……いや19世紀に一度、天使が降臨し人間の娘に堕落したという話は知っている。……思えばその後処理で私が地上へ送られたのか』
「…………父さんじゃないのか」
『私が初めて地上へ降りたのは199X年だ。意外かもしれないが私は天使としては若い方なのだ。実年齢は教えられないが』
「えっ。世界の秘密は教えられるのに」
『そうだな』
「…………」
話してみれば、近寄りがたい雰囲気は緩和されていった。文月は最初にカエルムへ持っていた悪印象を、もう殆ど払拭できていた。
「じゃあケイは? えっと、キャサリンか」
『知っているが、面識は無い。向こうは私のことは知らないだろうな。アレは有名人だ』
「そうなのか?」
『ルシファーの息子だ』
「はっ?」
どうにかして、『代償』を無くせないだろうか。
それも考えなくてはならない。
『奴は初めにリリスとの子を多くもうけたが、その殆どが天使達に討伐された。生き残りは居るらしいがな。次がローマ神ディアーナとの子らだな。これも大勢生まれたが天使の軍勢に駆逐されている。そして最後にキャサリンだ。人間の娘との最後の子だな』
「!!」
また。ポンポンと衝撃発言を続けるカエルム。
文月は少し付いていけない。
『アラディアという娘も居たようだが、私は詳しくない。有名人というだけで、私自身はルシファーとの面識も無いからな』
「……そっか」
『まあゆっくりしていけ。この空間ではその余裕がある。私の話も聞きたいならしてやる。私はお前の話を聞きたい』
「うん……」
時間ならある、らしい。文月が、考えを纏めるまで。父から教わるまで。愛月と、同じレベルの知識を。
——
『…………なんだと!?』
「えっ?」
突然。カエルムが驚いた表情で声を上げた。その視線は上方へ向いている。
文月もそちらを確認するが、星空以外は何も見えない。周りは夜だというのに何故か周囲は明るいのだなと、ふと気付く。
『……!! くそっ。ルシファーか』
「えっ? 何? 父さん?」
バサリと、カエルムは黒い翼を広げた。飛行体勢である。
『フミツキ。悪いがここまでだ。去らば』
「は? なんで?」
説明している暇は無い。カエルムの顔にはそう書いてあった。
彼は途端に飛び上がり、そして猛スピードでどこかへと飛んで行ってしまった。
「え。…………ちょっ」
ぽつんと、置いてけぼりを食らった文月。
しばらく呆然と立ち尽くしていた。
——
「居た居た。なんだここかあ」
「!?」
別の男の声がした。文月は我に返り、声のした方を向く。
「あれか?」
「いいえ。違うわよ。あれはわたしの息子。でもどうしてこんな所に居るのかしら」
「!!」
愛月が居た。
神殿の中から出てきたように見えた。隣に赤い肌で上半身裸の男と。
続くようにケイ、ウゥルペスらも現れる。
「母さん!? ていうか、ケイ!?」
「お。文月」
文月は余りにも急に彼らが現れたことで動揺してしまう。何が起きてこうなっているのかの理解が追い付かない。
「見付けたぞ。まだ近い」
「じゃあ捕まえてくれる?」
「分かった」
「!!」
赤い肌の男が、何もない背中から、肌を突き破るようにして『翼を生やした』。自らの血に濡れている。天使の、鳥のような翼ではなく、蝙蝠の翼に似たものだった。
そしてそのまま、カエルムの飛んで行った方角に向かって、射出されるように吹き飛んでいった。
「文月。あなたはお留守番と言ったじゃない」
「ぅ……っ」
愛月が文月へ近寄る。微笑は崩れていないが、やはり怒っているのだろうか。
「……お父さんと、会っていたのね」
「!」
何故、このメンバーがここに居るのか。
文月ではなく、別の人物に会いに来たからだろう。
誰か?
カエルムだ。
「…………あっ!!」
「なあに?」
ここで、気付く。父が負った『代償』を。
「駄目だ母さん! 父さんと会ったら!」
「どうして?」
「…………!!」
もしかしたらそれを知るだけで駄目なのかもしれない。アレックスは確かそうだ。そんな考えが過った。
「……でも駄目だ! 今すぐ止めてくれ!」
「だからどうしてよ。わたしに言えないの?」
「…………ぅう!」
カエルムと会えば。愛月は死ぬ。
そのことを、愛月は知らない。
「言えない! けど、信じてくれ! 今は父さんと会っちゃ駄目なんだ!!」
「むう。なによそれ。文月だけずるいわよ。わたしだって19年会っていないんだから」
「頼む! いつか、説明できる時が来るかもしれないから!」
「むう…………」
「……ぅ。頼む!」
じいっと、文月を睨む。
そして。
「…………何を『知った』のやら。分かったわ」
「!!」
愛月は、必死に懇願する文月を見て。その必死さは『家族』を想う際の彼のそれだと判断した。
頬を膨らませながらも、それを承諾した。
「ルシファー! もう良いわよ。会わなくてーっ!」
愛月が夜空へ叫ぶ。ルシファーというビッグネームも、今の文月には入ってこない。
とにかく、ふたりを会わせてはならない。母の命が掛かっているのだ。
——
「え? 何か言ったか」
「!」
だが既に。
『ぐ……っ』
ルシファーはカエルムの首根っこを掴まえて、この神殿のある浮き島に戻ってきていた。
「ほら。お前の夫だろ」
『!!』
「やばいっ!」
「あ…………」
ルシファーの手から離れ、よろよろと起き上がる。しかし悪魔王と衝突した消耗は激しく、その場に崩れてしまう。
「………………カエルム」
『アヅキ……っ!』
時間が、世界が停止した。
愛月は既に泣いていた。19年。焦がれていたのだ。
「母さん! 駄目だ!」
そんな声はもう聞こえない。
「…………あなた」
『……ぅっ』
カエルムは、即刻立ち去らねばならぬとは思っているのだが。
『そんな瞳』で見られては。
また負けてしまう。
「……やっと」
お互い『愛』し合っていた、シレークスとは違い。
愛月はカエルムに。『恋』をしていたのだ。
今もなお。しているのだ。恋に焦がれているのだ。
『アヅキ……駄目だ』
「やっと会えた……」
自分の脚で。
カエルムに駆け寄る。
途中、少し躓きそうになり。
「カエルム……っ!」
そのまま、カエルムを押し倒す形で彼の胸へ飛び込んだ。
『…………!!』
強く。
抱き締めた。
「…………大好き」
『やめろ……! アヅキっ!』
「………………」
泣きながら。笑いながら。
「(……止められなかった……!!)」
カエルムの胸に抱かれて。
「…………愛月、ちゃん?」
「は?」
「え?」
きさらぎも、ルシファーもケイも。『代償』のことなど知る由もない。
『くそっ!!』
幸せそうに。
愛月は眠りについた。




