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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第8章:堕天使の代償
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第90話 光を齎す者

 キャサリン・アンドレオッティはイタリアの片田舎に生まれた。


 ひとりの少女が、とある宗教団体に拉致された過程で。


 母親となってしまった少女は、生まれた子の容姿を見て悪魔だと騒ぐ村人達から追われ、森を抜けて街へ出る道半ばで倒れた。


 その際キャサリンだけは、少女の仲間達の協力によって逃げ仰せた。


 その後は町に潜み暮らし、極力外に出ないようにと育てられた。


 仲間達が、少女の死後も彼の世話をしていたのには理由がある。

 彼は魔術を扱うことができたからだ。それによって仲間達は裕福になっていき、それによって彼は成長していった。


「俺には大勢の兄弟姉妹が居る」

「そうだ。ケイト。お前の母親の他に、お前の父親にはあとふたり、妻が居る」


 ケイトとはキャサリンの愛称である。


 父親が『何か』を知っていたケイトは、それについてよく調べた。その男は超がいくつも付くような有名人で、崇拝されることもあれば忌み嫌われることもあった。


「俺が末の子か」

「そうだケイト。お前は悪魔と人間のハーフだが、お前の兄達は少し違う」

「母親も、相当有名だな」

「そうだ。お前の父親は『悪霊の女王』『ローマ女神』を妻とした。つまり」


 半魔半人のケイトには。


 半魔半霊と。


 半魔半神の兄姉が居るらしい。


「会えないのか?」

「俺達はお前の父親を崇拝する組織だ。大昔からずっと探している。もしかしたら見付けられるかもしれないがな」


 しかし程なくして、精神的に成長したケイトが、組織に金儲けの道具として使われているだけだと理解する。彼はすぐさま全員を皆殺しにして、町を去った。


 その後、とある出会いを経て日本へ渡ることになり、それからもいくつかの出会いと別れがあり。


 日本の妖怪と女子高生のふたりと契約し。


 今に至る。


——


——


「『光を齎す者』」

「えっ?」


 愛月とケイ達は、予想通り金星の地下へと踏み入れた。そこは地表と同じような、広大な荒野が広がっていた。『地獄』と言われて凡そ皆が思い浮かべるような、暗黒の空と漆黒の大地。それが地平線の先まで続いている。

 月の都のような華やかさや先進的な要素は全く感じられない。原始的な光景だった。


「はっ! 悪魔のくせに訳分かんねえアダ名だよな。どんなツラしてんだか」

「そりゃ、顔はケイとそっくりだと私は思うけど」

「私もです」

「んだよ」


 父親に会う。

 生まれてから150年、一度も会っていない父親と。

 愛月などより遥か昔から、人間などより遥かに強く、『世界の敵』『神の敵』であった存在。


 元は大天使であったが、神に反逆し、地獄へ落とされた最初の堕天使。


 つまり『神』という体制に、世界で初めて異を唱えた初めの人物。

 最初に『知った』者。


「よう」

「!」


 声がした。愛月では無い。ケイでもない。ふたりの魔女でも、ウゥルペスやホウラでも。きさらぎでもない。


 彼らの目の前に。何もない荒野だったのだが——いつの間にか。

 坊主頭で、灰色のTシャツとジーンズを着た黒人の少年が立っていた。


「なんか用かよ。地上が大変なこの時に」


 普通に。話し掛けてきた。


「……ええ。あなたは金星の子かしら。わたし達はね。あなた達の王に話があって——」


 愛月がにこやかに応じる。

 だがその言葉の途中で。


 少年は煙のように消失した。


「だから、その『用事』を言えと言っただろうが。馬鹿女」

「!!」


 少年の声が。

 背後から聞こえた。


 すぐさま、一同が背後へ振り向く。するとそこには、赤い髪を腰まで伸ばした白人女性が立っていた。


「俺がルシファーだよクソ野郎ども。ようこそ『朝』へ」

「!」


 女性の声で。そう言った。


「……囲まれた」

「!?」


 戸惑う愛月の隣でケイが呟いた。

 と、同時に彼らを取り囲む、何百もの大群が現れた。

 地平線の彼方まで、誰ひとりとして影など無かったのに。


「…………なにこれ」


 白人、黒人、黄色人種。西洋式正装、アフリカ系民族衣装、中華服。老人から、乳児を抱く母親、学生。警察官や軍人、OL、コンビニ店員。様々な人種と性別、年齢、体格、服装の人物達に囲まれている。ざっと見て100や200ではない。

 まるで夢のように。いつの間にか囲まれている。


「俺がルシファーだ」

「俺がルシファーだよ」

「俺がルシファーだって」

「俺もルシファーだぜ」

「俺だってルシファーなんだ」

「俺こそがルシファーだ」

「俺がルシファーだ」


 口々に。

 自己紹介をした。


「……なにこれ」


 きさらぎは全く理解できていなかった。


「…………愛月ちゃん……」

「ええ。…………!」


 愛月を見る。彼女は少し困った顔でルシファー『達』を睨んでいた。


「……ここから先は、わたしも『知らない』世界だからね。……ケイ。ウゥルペス」

「わーったよ」

「いやキモいですねえ……」


 ケイとウゥルペスが、一歩前へ出た。彼らに付き従う魔女達も、それに続く。


「幻術を見破って本物を探せ、ってか」

「あーなるほど。サタンってゲーム好きですからね」


 ケイの手には剣が。ウゥルペスの手には槍が握られた。彼らが魔術で産み出した武器である。


「こいつらに『命』が無いとは言え。頭イカれてるよなやっぱ。俺の父親って」

「遺伝してなきゃ良いですけど。ほら、ホウラさんも手伝ってください」

「……承知した」


 そして。


——


——


「——こんなもんか」

「うっ……」


 しばらく後。

 殆ど抵抗しない『偽物』達を、悉く打ち破ったケイ達。無限の荒野に、血と死体の臭いが充満していく。

 きさらぎは耐えられなくなり、吐き出した。


「……人間を救おうとしてる人に、人間を殺させるなんて。相当悪趣味ね。いや……正に悪魔。悪趣味なら『本家』で『頂点』だものね」

「悪魔ふたりに無表情で殺させるのも反則だよな。つまらん。で、なんか用か?」

「!」


 ぼやいた愛月のすぐ目の前に、再び現れた。


 しかし今度は少年ではなく、肌の赤い、欧風の若者だった。

 上半身は裸であり、下半身も大きな布を袴のように巻いているだけである。髪は金色で癖毛が酷く、瞳は漆黒であった。


「……初めまして。川上愛月よ」

「緊張すんなって。『良い子』にしてりゃ娶ってやるよ」

「要らないわ。わたしの夫の枠はもう満員よ」

「それはお前が決めることじゃないぜ『人間の女』。お前の人格と記憶なんていつでも支配できる」

「……あら。では何故今していないのかしら」

「強気だな。ほら」

「!!」


 その問答の最中に。ルシファーが愛月へ左の手を掲げ、中指を向ける。


「あっ…………」


 すると突然愛月は糸が切れた人形のように膝から崩れ、うつ伏せで地面に臥して倒れた。


「愛月ちゃん!」


 きさらぎが駆け寄る。だが反応は無い。愛月は目を一杯に開き、口も半開きで、小刻みに震えている。


「…………ルシファー、さま、の。……◯◯◯が欲しい……」

「!?」


 そして、震える声でそう呟いた。


「ほら一瞬だ。人間なんてな。女が俺に対して強気で居れる『魂胆』が意味不明だ」

「そうか?」


 ケイが。


「ん」


 剣を、愛月とルシファーの直線上に振り下ろした。


「!」


 すると愛月の震えは止まり、なんとか起き上がって座った体勢になった。きさらぎが背中を支える。


「『力』での強弱は当然あるだろそんなもん。『価値』は力だけじゃねえ。もし愛月が今後、てめえを助けることになれば、今てめえは自殺しようとしたも同然だろ」

「…………へえ。屁理屈言うなあ悪魔君達。まるで人間の味方じゃないか」

「(『達』って、僕も含まれてる!?)」


 ルシファーは試すような視線をケイとウゥルペスに向ける。


「俺の知らない悪魔が結構生まれてるよな。名乗れよ」

「…………」


 ルシファーは腕を組んで、宙へふわりと浮いた。そして脚は、空中で胡座をかいた。


「足利黥。日本の悪魔だ」

「へえ。日本か。ちょっと毛色が違うよな。日本の奴等は」


 ケイは、自分が息子だと明かさなかった。ムカついたのだ。この悪魔の息子だと思いたくないほど。


「ウゥルペスです。普通の野良悪魔ですよ」

「若いな。まだまだ赤子だ」

「はい。その通りです」


 ウゥルペスは適当に挨拶した。害が無いのなら興味は無い。彼は基本的に、『人間』に興味を抱く悪魔だからだ。


——


「…………『神』を、ひっくり返すのよ」

「ん?」


 愛月が。

 まだ立ち上がれず、漆黒の大地に座ったまま口を開いた。


「話だけでも聞いて欲しいの。わたしの計画を」

「何言ってんだ人間の考えなど浅はか過ぎて片腹痛いわ無知女」

「先入観や固定観念は良くないわ。わたしの頭を弄れるのに、わたしの考えは読めなかったの?」

「…………」


 愛月の反論に対して。

 ルシファーは、胡座を組んだまま愛月と視線を合わせるように落下して着地した。


「お前の頭にプロテクトが入ってる。どこぞの堕天使の仕業か。こんなものすぐに解けるが解いたら死ぬだろお前。それは面白くない。せっかくの『お客さん』だからゲームでもさせて楽しまないとな」

「意外と優しいのね。悪魔の王なのに」

「別に王じゃないし地獄を支配もしてないぜ」

「あらそうなの?」

「お前の夫は堕天使なのか?」

「そうよ。堕天使と、悪魔憑き、のふたり」

「豪華だな。そして剛胆だ。逆ハーかよ気に入ったぞ。話してみろ」

「ええ。ありがとう」


 愛月と、ルシファーの会談が始まった。

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