第90話 光を齎す者
キャサリン・アンドレオッティはイタリアの片田舎に生まれた。
ひとりの少女が、とある宗教団体に拉致された過程で。
母親となってしまった少女は、生まれた子の容姿を見て悪魔だと騒ぐ村人達から追われ、森を抜けて街へ出る道半ばで倒れた。
その際キャサリンだけは、少女の仲間達の協力によって逃げ仰せた。
その後は町に潜み暮らし、極力外に出ないようにと育てられた。
仲間達が、少女の死後も彼の世話をしていたのには理由がある。
彼は魔術を扱うことができたからだ。それによって仲間達は裕福になっていき、それによって彼は成長していった。
「俺には大勢の兄弟姉妹が居る」
「そうだ。ケイト。お前の母親の他に、お前の父親にはあとふたり、妻が居る」
ケイトとはキャサリンの愛称である。
父親が『何か』を知っていたケイトは、それについてよく調べた。その男は超がいくつも付くような有名人で、崇拝されることもあれば忌み嫌われることもあった。
「俺が末の子か」
「そうだケイト。お前は悪魔と人間のハーフだが、お前の兄達は少し違う」
「母親も、相当有名だな」
「そうだ。お前の父親は『悪霊の女王』『ローマ女神』を妻とした。つまり」
半魔半人のケイトには。
半魔半霊と。
半魔半神の兄姉が居るらしい。
「会えないのか?」
「俺達はお前の父親を崇拝する組織だ。大昔からずっと探している。もしかしたら見付けられるかもしれないがな」
しかし程なくして、精神的に成長したケイトが、組織に金儲けの道具として使われているだけだと理解する。彼はすぐさま全員を皆殺しにして、町を去った。
その後、とある出会いを経て日本へ渡ることになり、それからもいくつかの出会いと別れがあり。
日本の妖怪と女子高生のふたりと契約し。
今に至る。
——
——
「『光を齎す者』」
「えっ?」
愛月とケイ達は、予想通り金星の地下へと踏み入れた。そこは地表と同じような、広大な荒野が広がっていた。『地獄』と言われて凡そ皆が思い浮かべるような、暗黒の空と漆黒の大地。それが地平線の先まで続いている。
月の都のような華やかさや先進的な要素は全く感じられない。原始的な光景だった。
「はっ! 悪魔のくせに訳分かんねえアダ名だよな。どんなツラしてんだか」
「そりゃ、顔はケイとそっくりだと私は思うけど」
「私もです」
「んだよ」
父親に会う。
生まれてから150年、一度も会っていない父親と。
愛月などより遥か昔から、人間などより遥かに強く、『世界の敵』『神の敵』であった存在。
元は大天使であったが、神に反逆し、地獄へ落とされた最初の堕天使。
つまり『神』という体制に、世界で初めて異を唱えた初めの人物。
最初に『知った』者。
「よう」
「!」
声がした。愛月では無い。ケイでもない。ふたりの魔女でも、ウゥルペスやホウラでも。きさらぎでもない。
彼らの目の前に。何もない荒野だったのだが——いつの間にか。
坊主頭で、灰色のTシャツとジーンズを着た黒人の少年が立っていた。
「なんか用かよ。地上が大変なこの時に」
普通に。話し掛けてきた。
「……ええ。あなたは金星の子かしら。わたし達はね。あなた達の王に話があって——」
愛月がにこやかに応じる。
だがその言葉の途中で。
少年は煙のように消失した。
「だから、その『用事』を言えと言っただろうが。馬鹿女」
「!!」
少年の声が。
背後から聞こえた。
すぐさま、一同が背後へ振り向く。するとそこには、赤い髪を腰まで伸ばした白人女性が立っていた。
「俺がルシファーだよクソ野郎ども。ようこそ『朝』へ」
「!」
女性の声で。そう言った。
「……囲まれた」
「!?」
戸惑う愛月の隣でケイが呟いた。
と、同時に彼らを取り囲む、何百もの大群が現れた。
地平線の彼方まで、誰ひとりとして影など無かったのに。
「…………なにこれ」
白人、黒人、黄色人種。西洋式正装、アフリカ系民族衣装、中華服。老人から、乳児を抱く母親、学生。警察官や軍人、OL、コンビニ店員。様々な人種と性別、年齢、体格、服装の人物達に囲まれている。ざっと見て100や200ではない。
まるで夢のように。いつの間にか囲まれている。
「俺がルシファーだ」
「俺がルシファーだよ」
「俺がルシファーだって」
「俺もルシファーだぜ」
「俺だってルシファーなんだ」
「俺こそがルシファーだ」
「俺がルシファーだ」
口々に。
自己紹介をした。
「……なにこれ」
きさらぎは全く理解できていなかった。
「…………愛月ちゃん……」
「ええ。…………!」
愛月を見る。彼女は少し困った顔でルシファー『達』を睨んでいた。
「……ここから先は、わたしも『知らない』世界だからね。……ケイ。ウゥルペス」
「わーったよ」
「いやキモいですねえ……」
ケイとウゥルペスが、一歩前へ出た。彼らに付き従う魔女達も、それに続く。
「幻術を見破って本物を探せ、ってか」
「あーなるほど。サタンってゲーム好きですからね」
ケイの手には剣が。ウゥルペスの手には槍が握られた。彼らが魔術で産み出した武器である。
「こいつらに『命』が無いとは言え。頭イカれてるよなやっぱ。俺の父親って」
「遺伝してなきゃ良いですけど。ほら、ホウラさんも手伝ってください」
「……承知した」
そして。
——
——
「——こんなもんか」
「うっ……」
しばらく後。
殆ど抵抗しない『偽物』達を、悉く打ち破ったケイ達。無限の荒野に、血と死体の臭いが充満していく。
きさらぎは耐えられなくなり、吐き出した。
「……人間を救おうとしてる人に、人間を殺させるなんて。相当悪趣味ね。いや……正に悪魔。悪趣味なら『本家』で『頂点』だものね」
「悪魔ふたりに無表情で殺させるのも反則だよな。つまらん。で、なんか用か?」
「!」
ぼやいた愛月のすぐ目の前に、再び現れた。
しかし今度は少年ではなく、肌の赤い、欧風の若者だった。
上半身は裸であり、下半身も大きな布を袴のように巻いているだけである。髪は金色で癖毛が酷く、瞳は漆黒であった。
「……初めまして。川上愛月よ」
「緊張すんなって。『良い子』にしてりゃ娶ってやるよ」
「要らないわ。わたしの夫の枠はもう満員よ」
「それはお前が決めることじゃないぜ『人間の女』。お前の人格と記憶なんていつでも支配できる」
「……あら。では何故今していないのかしら」
「強気だな。ほら」
「!!」
その問答の最中に。ルシファーが愛月へ左の手を掲げ、中指を向ける。
「あっ…………」
すると突然愛月は糸が切れた人形のように膝から崩れ、うつ伏せで地面に臥して倒れた。
「愛月ちゃん!」
きさらぎが駆け寄る。だが反応は無い。愛月は目を一杯に開き、口も半開きで、小刻みに震えている。
「…………ルシファー、さま、の。……◯◯◯が欲しい……」
「!?」
そして、震える声でそう呟いた。
「ほら一瞬だ。人間なんてな。女が俺に対して強気で居れる『魂胆』が意味不明だ」
「そうか?」
ケイが。
「ん」
剣を、愛月とルシファーの直線上に振り下ろした。
「!」
すると愛月の震えは止まり、なんとか起き上がって座った体勢になった。きさらぎが背中を支える。
「『力』での強弱は当然あるだろそんなもん。『価値』は力だけじゃねえ。もし愛月が今後、てめえを助けることになれば、今てめえは自殺しようとしたも同然だろ」
「…………へえ。屁理屈言うなあ悪魔君達。まるで人間の味方じゃないか」
「(『達』って、僕も含まれてる!?)」
ルシファーは試すような視線をケイとウゥルペスに向ける。
「俺の知らない悪魔が結構生まれてるよな。名乗れよ」
「…………」
ルシファーは腕を組んで、宙へふわりと浮いた。そして脚は、空中で胡座をかいた。
「足利黥。日本の悪魔だ」
「へえ。日本か。ちょっと毛色が違うよな。日本の奴等は」
ケイは、自分が息子だと明かさなかった。ムカついたのだ。この悪魔の息子だと思いたくないほど。
「ウゥルペスです。普通の野良悪魔ですよ」
「若いな。まだまだ赤子だ」
「はい。その通りです」
ウゥルペスは適当に挨拶した。害が無いのなら興味は無い。彼は基本的に、『人間』に興味を抱く悪魔だからだ。
——
「…………『神』を、ひっくり返すのよ」
「ん?」
愛月が。
まだ立ち上がれず、漆黒の大地に座ったまま口を開いた。
「話だけでも聞いて欲しいの。わたしの計画を」
「何言ってんだ人間の考えなど浅はか過ぎて片腹痛いわ無知女」
「先入観や固定観念は良くないわ。わたしの頭を弄れるのに、わたしの考えは読めなかったの?」
「…………」
愛月の反論に対して。
ルシファーは、胡座を組んだまま愛月と視線を合わせるように落下して着地した。
「お前の頭にプロテクトが入ってる。どこぞの堕天使の仕業か。こんなものすぐに解けるが解いたら死ぬだろお前。それは面白くない。せっかくの『お客さん』だからゲームでもさせて楽しまないとな」
「意外と優しいのね。悪魔の王なのに」
「別に王じゃないし地獄を支配もしてないぜ」
「あらそうなの?」
「お前の夫は堕天使なのか?」
「そうよ。堕天使と、悪魔憑き、のふたり」
「豪華だな。そして剛胆だ。逆ハーかよ気に入ったぞ。話してみろ」
「ええ。ありがとう」
愛月と、ルシファーの会談が始まった。




