第86話 一番
『何をしている。早くせねばアヅキが戻ってくるぞ』
「(ちょっ……! と、待ってくれよ。今……っ)」
「…………」
兵達は皆、島から降りて周辺を探索している。あまり遠くには行かないようにしながら、どうやって時間を潰そうと楽しそうに談笑している。
魔女達も休憩中。月の兵は行儀良く待機している。
広場の端にあるベンチに、文月とアルテが並んで座っていた。
「……お。お兄さま」
「なんだよ。なんか改まって」
大事な話がある、と。アルテから切り出したのだ。
その表情は真剣そのもので、大真面目な話であると文月でも察することができる。こちらも真剣に、聞かねばならぬと。
『おいフミツキ!』
「…………!」
脳内で、催促する声が無ければ。
「(そんなに急ぐのかよ。今、俺の妹が超絶真剣に俺になんか相談する所だぞ!?)」
『我々の話も重要な上に時間が掛かる。こちらも超絶真剣だ』
「(ちょっとくらい待てないのかよ!)」
『無理だ。フミツキ。お前は妹とはいつでも話せるだろう。だが我々とは今日このタイミング、これだけだ』
「~~っ!」
うるさい。
そう吼えてしまいたくなる。だがその言葉通りに、今すぐ謎を突き止めたい思いに嘘は吐けない。
「あの、ですね」
「!」
アルテが。文月の手を取った。
両手で。
「アル、テ……?」
「あはは。ちょっと緊張、していまして。手、握っていても良いですか」
「…………」
あのアルテが、緊張するレベルの話題なのだ。文月にもその緊張感は伝播する。
『急げっ!』
「うおおっ!!」
「きゃっ!?」
その手を振り切り。
ベンチから立ち上がり、吼えた。
つい、吼えてしまった。
アルテはその、留守になった手で口元を抑える。我ながら似合わない声が出てしまった——などと脳を掠め。
「おっ。…………お兄さま……?」
既に心臓ははち切れんばかりに高鳴っているが、さらに驚きで目を丸くして。
「うおおお!」
文月は、自身の顔をバシバシと叩いた。
「お兄さまっ!?」
兄の突然の意味不明な行動にざわめくアルテ。
「アルテ!」
「は、はいっ?」
そして勢い良く振り向き、アルテの肩をがしりと掴んだ。
「……お、お兄」
「すまんっ!!」
「!」
顔が近付き、みるみる赤くなるアルテに、そう叫んだ。
「お前のその話は、物凄く、重要で大事なことだと察する!」
「えっ。はい」
「すまんっ!! 今は。今だけは……俺は行かなきゃならない場所がある」
「…………えっ」
高鳴った鼓動と。
染まった頬が。
消え失せた。
「後で。絶対に。話を聞くから。……だから、本当にすまん」
「…………美裟さんのところですか?」
「いや、違う」
瞳の光が消えた。
「分かりました」
「!」
「行ってきてください。アルテは待っています」
「!! ありがとう! 本当にごめん!」
「はい」
笑って。兄を送り出した。
文月は何度も謝罪しながら、広場から出ていった。
「……アルテの、本気の、大事な話より優先する所へ。……いってらっしゃい」
普段なら。文月ならば訳の分からない堕天使などより妹を優先しただろう。彼にとってそれが当然であり、そうしてくれると彼女も信頼していた。
普段なら。
「………………駄目でした。お姉ちゃん」
気持ちを伝えることすら。できなかったと。
アルテは独り、大粒の涙を流し始めた。今は、神奈の世話で、セレネもここへは来ない。
——
「——お待ちを。文月様」
「!!」
降りる、手前で。
文月を呼び止める——否。立ち塞がる影があった。
「……アレックス?」
筋骨隆々な執事長、アレックスと。
さらにフランソワと、もうひとり。文月とはあまり面識が無いが、ブライアンという執事の男性だ。
その3人が、文月の前に現れた。
「文月様は『島で待機』。それが、愛月様からのご指示です」
「いや、分かってるよ。でも皆降りてる。別に遠くには行かないし、金星散歩でもってさ」
「いいえ。彼らとは違い、文月様『だけ』は、金星の大地を一歩でも踏み締めてはいけません」
「何故だ?」
「その質問には、申し訳ありませんがお答えできません。さあ、お戻りください。セレスティーネお嬢様が共にお食事をと、会食場へ向かわれました」
「…………」
明らかに、おかしい。このようなことは今まで無かった。説明も足りていない。理解させる気が無い。
「……『グリゴリ』か」
「!」
「なんと……」
一か八か。文月はそのワードを口にした。
3人は驚く反応を見せた。
「まさか、もう『勧誘』が来ているとは」
「文月様。誰に何を吹き込まれたか知りませんが、『それ』はこの組織に必要ないものです。愛月様がこの場に居ても、文月様を止めるでしょう」
「…………」
一瞬にして。
アレックスが『胡散臭く』見えるようになった。まるで何か、知られたら嫌なことを隠す子供のような。『言い訳がましい説得』のような。
「……『グリゴリ』ってなんなんだ」
「分かりました。それもお教えいたします。説明いたしますので、どうか城へお戻りください」
「…………」
実際、強行突破はできない。文月の筋力と体力ではこの3人を抜いて逃げ切ることは不可能だ。
「(この人達の説明じゃ多分、主観の入ってない客観的事実である確証はできない)」
だから。
「…………美裟」
「!」
彼が呼んだ時には既に。
「ええ。あたしが美裟よ」
彼女は文月の隣に立っていた。
「……美裟さん、文月様を止めてください」
「逆よ。あたしが貴方達を止めるの。あたしはね。『夜』メンバーじゃなくて。文月の」
「!」
拳を握り。
足を半身に開き。
「『女』よ。ただのね」
「!」
臨戦態勢に入った。
——
「……美裟さん。貴女と手合わせしたことは無かったですね」
「ええ。まあ丁度良いウォームアップね。最強の執事と、双子の教師やってた魔女。貴方達を相手して勝てないと、とても『無限の軍団』には勝てなさそう」
「…………無意味だと思いますが」
アレックスも、腰を低くして構えた。執事服が筋肉で膨張する。
「行きなさい文月!」
「! すまん!」
美裟の、横をすり抜けて。文月は駆け出した。
「逃がしません」
フランソワが、呪文を唱え始めた。美裟ではなく、あくまで文月を捕らえる為だ。ここまでくればもう、力付くで軟禁することも厭わない。
ボス愛月の、命令である。
文月とグリゴリを、接触させてはならない。
「!?」
だが。
フランソワが放った魔術は、不発に終わった。文月はそのまま崖から滑り落ちるように、彼女の視界から消えていった。
「何が……!?」
「えへへ」
「!!」
広場の奥から。
目を真っ赤に腫らした少女が現れた。
「アルティミシアお嬢様!?」
その絶叫を聞き、アレックスと距離を取って美裟も見る。
「アルテちゃん?」
「…………ちょっとだけ聞こえました。お兄さまは……」
アルテは。
しなくても良いのに。
『反省』していたのだ。
「アルテを裏切る人じゃない。お兄さまを嫌いになる自分をこそ、アルテは嫌いです」
兄は忙しい。やるべきことが多い。組織唯一の、『無条件治療能力者』だ。どこからも引っ張りだこだろう。
それを、自分の都合で呼び出して。彼の都合も考えず。
これでは自分は、勝手な奴だと。
しなくても良いのに、無理矢理『反省』していた。
「アルティミシア様! 結界で文月様を……」
「結界で。この場の皆を島から出られなくします」
「なっ!!」
アレックスは、信頼できる母の執事だ。ブライアンも同じく。
フランソワは、尊敬する魔術の先生だ。魔術以外でも大いに世話になった。
だが。
美裟が『文月』に付いたのなら。
自分が居るべき場所は『そこ』である。
アルテにとって。
兄と。義姉と。妹と自分の、『4人』こそが。
『一番』である。
「フランソワ! アルティミシアお嬢様の結界を解きなさい!」
「分かっています! ……けど!」
「……!」
魔術の実力的には、アルテはまだまだ、フランソワに及ばない。
だが、今のアルテの表情を見て、フランソワは自身の魔術を止めた。
「フランソワ!?」
アレックスが叫ぶ。何故だと。
「…………もう、お止めになってください。お嬢様」
「!?」
フランソワは。
膝からくずおれ、泣きながら懇願した。
「…………」
それを受けてアルテが、ようやく術の発動を止める。
ふらりと、地面へ倒れ込んだ。
「……なにが」
「お嬢様は、ご自身を全く『省みておりません』でした。……文月様がここを離れるのであれば、これ以上の魔術は『罰』が重くなりすぎてしまいます。……お嬢様には全く退く気はありませんでした。ですから、私が止めませんと、お嬢様は……」
「……!?」
アルテの元へ、美裟が駆け寄る。
「アルテちゃん!」
「……えへへ。良いんです。良いんです……」
泣きながら、笑っていた。美裟は、アルテに何があったのかは分からない。文月との間になにがあったのか。
「……あなたもしかして、『罰』が……!」
「あはは。……良いんです。お兄さまが、治してくださいますから」




