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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第8章:堕天使の代償
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第86話 一番

『何をしている。早くせねばアヅキが戻ってくるぞ』

「(ちょっ……! と、待ってくれよ。今……っ)」

「…………」


 兵達は皆、島から降りて周辺を探索している。あまり遠くには行かないようにしながら、どうやって時間を潰そうと楽しそうに談笑している。

 魔女達も休憩中。月の兵は行儀良く待機している。

 広場の端にあるベンチに、文月とアルテが並んで座っていた。


「……お。お兄さま」

「なんだよ。なんか改まって」


 大事な話がある、と。アルテから切り出したのだ。

 その表情は真剣そのもので、大真面目な話であると文月でも察することができる。こちらも真剣に、聞かねばならぬと。


『おいフミツキ!』

「…………!」


 脳内で、催促する声が無ければ。


「(そんなに急ぐのかよ。今、俺の妹が超絶真剣に俺になんか相談する所だぞ!?)」

『我々の話も重要な上に時間が掛かる。こちらも超絶真剣だ』

「(ちょっとくらい待てないのかよ!)」

『無理だ。フミツキ。お前は妹とはいつでも話せるだろう。だが我々とは今日このタイミング、これだけだ』

「~~っ!」


 うるさい。

 そう吼えてしまいたくなる。だがその言葉通りに、今すぐ謎を突き止めたい思いに嘘は吐けない。


「あの、ですね」

「!」


 アルテが。文月の手を取った。

 両手で。


「アル、テ……?」

「あはは。ちょっと緊張、していまして。手、握っていても良いですか」

「…………」


 あのアルテが、緊張するレベルの話題なのだ。文月にもその緊張感は伝播する。


『急げっ!』

「うおおっ!!」

「きゃっ!?」


 その手を振り切り。

 ベンチから立ち上がり、吼えた。

 つい、吼えてしまった。


 アルテはその、留守になった手で口元を抑える。我ながら似合わない声が出てしまった——などと脳を掠め。


「おっ。…………お兄さま……?」


 既に心臓ははち切れんばかりに高鳴っているが、さらに驚きで目を丸くして。


「うおおお!」


 文月は、自身の顔をバシバシと叩いた。


「お兄さまっ!?」


 兄の突然の意味不明な行動にざわめくアルテ。


「アルテ!」

「は、はいっ?」


 そして勢い良く振り向き、アルテの肩をがしりと掴んだ。


「……お、お兄」

「すまんっ!!」

「!」


 顔が近付き、みるみる赤くなるアルテに、そう叫んだ。


「お前のその話は、物凄く、重要で大事なことだと察する!」

「えっ。はい」

「すまんっ!! 今は。今だけは……俺は行かなきゃならない場所がある」

「…………えっ」


 高鳴った鼓動と。

 染まった頬が。


 消え失せた。


「後で。絶対に。話を聞くから。……だから、本当にすまん」

「…………美裟さんのところですか?」

「いや、違う」


 瞳の光が消えた。


「分かりました」

「!」

「行ってきてください。アルテは待っています」

「!! ありがとう! 本当にごめん!」

「はい」


 笑って。兄を送り出した。

 文月は何度も謝罪しながら、広場から出ていった。


「……アルテの、本気の、大事な話より優先する所へ。……いってらっしゃい」


 普段なら。文月ならば訳の分からない堕天使などより妹を優先しただろう。彼にとってそれが当然であり、そうしてくれると彼女も信頼していた。

 普段なら。


「………………駄目でした。お姉ちゃん」


 気持ちを伝えることすら。できなかったと。

 アルテは独り、大粒の涙を流し始めた。今は、神奈の世話で、セレネもここへは来ない。


——


「——お待ちを。文月様」

「!!」


 降りる、手前で。

 文月を呼び止める——否。立ち塞がる影があった。


「……アレックス?」


 筋骨隆々な執事長、アレックスと。

 さらにフランソワと、もうひとり。文月とはあまり面識が無いが、ブライアンという執事の男性だ。

 その3人が、文月の前に現れた。


「文月様は『島で待機』。それが、愛月様からのご指示です」

「いや、分かってるよ。でも皆降りてる。別に遠くには行かないし、金星散歩でもってさ」

「いいえ。彼らとは違い、文月様『だけ』は、金星の大地を一歩でも踏み締めてはいけません」

「何故だ?」

「その質問には、申し訳ありませんがお答えできません。さあ、お戻りください。セレスティーネお嬢様が共にお食事をと、会食場へ向かわれました」

「…………」


 明らかに、おかしい。このようなことは今まで無かった。説明も足りていない。理解させる気が無い。


「……『グリゴリ』か」

「!」

「なんと……」


 一か八か。文月はそのワードを口にした。

 3人は驚く反応を見せた。


「まさか、もう『勧誘』が来ているとは」

「文月様。誰に何を吹き込まれたか知りませんが、『それ』はこの組織に必要ないものです。愛月様がこの場に居ても、文月様を止めるでしょう」

「…………」


 一瞬にして。

 アレックスが『胡散臭く』見えるようになった。まるで何か、知られたら嫌なことを隠す子供のような。『言い訳がましい説得』のような。


「……『グリゴリ』ってなんなんだ」

「分かりました。それもお教えいたします。説明いたしますので、どうか城へお戻りください」

「…………」


 実際、強行突破はできない。文月の筋力と体力ではこの3人を抜いて逃げ切ることは不可能だ。


「(この人達の説明じゃ多分、主観の入ってない客観的事実である確証はできない)」


 だから。


「…………美裟」

「!」


 彼が呼んだ時には既に。


「ええ。あたしが美裟よ」


 彼女は文月の隣に立っていた。


「……美裟さん、文月様を止めてください」

「逆よ。あたしが貴方達を止めるの。あたしはね。『夜』メンバーじゃなくて。文月の」

「!」


 拳を握り。

 足を半身に開き。


「『女』よ。ただのね」

「!」


 臨戦態勢に入った。


——


「……美裟さん。貴女と手合わせしたことは無かったですね」

「ええ。まあ丁度良いウォームアップね。最強の執事と、双子の教師やってた魔女。貴方達を相手して勝てないと、とても『無限の軍団』には勝てなさそう」

「…………無意味だと思いますが」


 アレックスも、腰を低くして構えた。執事服が筋肉で膨張する。


「行きなさい文月!」

「! すまん!」


 美裟の、横をすり抜けて。文月は駆け出した。


「逃がしません」


 フランソワが、呪文を唱え始めた。美裟ではなく、あくまで文月を捕らえる為だ。ここまでくればもう、力付くで軟禁することも厭わない。

 ボス愛月の、命令である。

 文月とグリゴリを、接触させてはならない。


「!?」


 だが。

 フランソワが放った魔術は、不発に終わった。文月はそのまま崖から滑り落ちるように、彼女の視界から消えていった。


「何が……!?」

「えへへ」

「!!」


 広場の奥から。

 目を真っ赤に腫らした少女が現れた。


「アルティミシアお嬢様!?」


 その絶叫を聞き、アレックスと距離を取って美裟も見る。


「アルテちゃん?」

「…………ちょっとだけ聞こえました。お兄さまは……」


 アルテは。

 しなくても良いのに。


 『反省』していたのだ。


「アルテを裏切る人じゃない。お兄さまを嫌いになる自分をこそ、アルテは嫌いです」


 兄は忙しい。やるべきことが多い。組織唯一の、『無条件治療能力者』だ。どこからも引っ張りだこだろう。

 それを、自分の都合で呼び出して。彼の都合も考えず。

 これでは自分は、勝手な奴だと。


 しなくても良いのに、無理矢理『反省』していた。


「アルティミシア様! 結界で文月様を……」

「結界で。この場の皆を島から出られなくします」

「なっ!!」


 アレックスは、信頼できる母の執事だ。ブライアンも同じく。

 フランソワは、尊敬する魔術の先生だ。魔術以外でも大いに世話になった。


 だが。

 美裟が『文月』に付いたのなら。

 自分が居るべき場所は『そこ』である。

 アルテにとって。

 兄と。義姉と。妹と自分の、『4人』こそが。

 『一番』である。


「フランソワ! アルティミシアお嬢様の結界を解きなさい!」

「分かっています! ……けど!」

「……!」


 魔術の実力的には、アルテはまだまだ、フランソワに及ばない。

 だが、今のアルテの表情を見て、フランソワは自身の魔術を止めた。


「フランソワ!?」


 アレックスが叫ぶ。何故だと。


「…………もう、お止めになってください。お嬢様」

「!?」


 フランソワは。

 膝からくずおれ、泣きながら懇願した。


「…………」


 それを受けてアルテが、ようやく術の発動を止める。

 ふらりと、地面へ倒れ込んだ。


「……なにが」

「お嬢様は、ご自身を全く『省みておりません』でした。……文月様がここを離れるのであれば、これ以上の魔術は『罰』が重くなりすぎてしまいます。……お嬢様には全く退く気はありませんでした。ですから、私が止めませんと、お嬢様は……」

「……!?」


 アルテの元へ、美裟が駆け寄る。


「アルテちゃん!」

「……えへへ。良いんです。良いんです……」


 泣きながら、笑っていた。美裟は、アルテに何があったのかは分からない。文月との間になにがあったのか。


「……あなたもしかして、『罰』が……!」

「あはは。……良いんです。お兄さまが、治してくださいますから」

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