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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第8章:堕天使の代償
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第85話 文月の悩み

「(…………ムリゲー)」


 会議を終えて。

 外は常に真っ暗であるが、城の時計はもう夜中であった。そろそろ寝る時間である。朝起きても、真っ暗であるが。


「なに、アホみたいな顔して」

「いや……。まあ、俺はアホだけどさ」

「さっきの気にしてんじゃないわよ。あんたの反応が普通よ。愛月さんって結構、『相手がある程度分かってる』前提で話すこと多いから」

「…………」


 敵の兵隊についての情報は、『ひと言』で終わった。


—— 


「『天軍九隊』。九歌隊とも言うわ。天使達の軍ね。雑魚敵みたいなもの。簡単に言うと、『不老不死』で『再生能力』と『飛行能力』持ちの『超怪力』の男達が『神の加護』を得た『最強の武具』を装備して、その数は『無限』だわ。以上。対策は金星に着いてからね。じゃあ解散」


 愛月の言い方があまりにもあっさりしていたので、ホウラとウゥルペス以外の全員がしばらく硬直していた。


「……ムリゲーってか、クソゲーじゃない」


 呟いたきさらぎの言葉が部屋に漂ったのだ。


——


「なんか1回、母さんから聞いたことあったかな。不死身で、『罰』無しで魔術を使うとか」

「天使のこと? まあ反則よね。不老不死も飛行も無限も。どれかひとつでも反則なのに、全盛りって。……まああらゆるモノの『本家』だから、全盛りで当たり前なのかもしれないけれど」

「『無限の敵』を越えても『全知全能』か」

「……愛月さんは最初から知ってたのよね。なら、突破する策は当然あるんじゃない? さっきだって説明しながら不適に笑ってたし」

「こっちはたった500か600人なのにな」

「でも『奇跡』がある。魔術もある。悪魔も居る。月の精鋭も。なんとかなるんじゃない」

「……そうなのかな」

「まあ『無限』の前ではどんな数字も0に等しいくらい雑魚だけど」

「そうだよなあ……」

「てかさ」

「?」


 美裟は、もう覚悟を決めていると言うこともあるが。愛月の相手をする際の心構えのようなことは、割りと掴めていた。恐らくは文月より。


「気にするだけ無駄っていうか。愛月さんの話聞いていちいち悩んでへこむのってもう最後にしない? あんたいっつもそうじゃない」

「…………確かに」

「あんたが実際戦う訳でもないし。自分のやれることやってりゃ良いのよ」

「……そうだな」


 文月は、『自分が戦わないこと』で常に悩んでいた。自分も、何か身に付けるべきなのではないかと。

 だが愛月はそれを求めていないし、他にやるべきことがある。それに今さら素人が参加しても足手まといで迷惑だ。


「『ボス』は戦う必要ないどころか、戦っちゃ駄目なのよ」

「!」


 そんな文月の悩みを、美裟は看破していた。


「だって戦うってことは、『危険』なのよ? もし死んだらどうするのよ。その組織終わるじゃない。命令を下す司令塔は最後まで死んじゃ駄目。あんたと愛月さんは『戦っちゃ駄目』なのよ」

「…………」

「安心してなさい。きっと、なんとかするから」


 自分は。

 『奇跡』以外での価値が存在するのだろうか。

 ボス? 何も知らないのに司令塔などできるわけがない。今愛月と交替しても、誰も付いてこないのは明らかだ。

 神やルールに対する『怒り』は、己の中には無い。


「(これか。母さんの思い通り。言う通りにするように、俺は育てられた)」


——


『知りたいか』


「えっ?」

「えっ。なによいきなり」


 それは、文月にのみ聞こえた声だった。


『そろそろ近付いてきている。直接会える日も近い』


「……堕天使」

「えっ? 文月?」


 あの不思議な場所ではなく。はっきりとした意識のある時に聞こえたのは初めてであった。


『お前が母親の洗脳と支配から解放されたいと願うなら。私は力を貸してやれる』


「……あんたは誰なんだ? 何者だ? 何故俺にだけ、こんな話をするんだ。いつも」


『…………知りたければ、こちらが指定する場所に来い』


「なんだと……」


『……ひとつだけ。我々は「グリゴリ」。いいか、この話は誰にもするな。すれば自由の道は閉ざされる』


「…………金星に居るのか」


『会えるのを楽しみにしている』


——


 文月が『堕天使』に接触されたことは、愛月には報告したことがある。『移動魔術』にて島に入る度にそれがあった。


 ソフィアに言われてから。


 『グリゴリ』という言葉を聞いたのは、2度目だった。


 愛月は遂に、一度もその話を文月にすることはなかった。ソフィアは、グリゴリと接触しろと文月に言ったというのに。


「(……でも、今『夜』を抜けると作戦に支障が出ないだろうか。……違う。俺の人生だ。母さんの言いなりで終わりたくない。だけど……戦いが終わるまでは言いなりにならないと、母さんが『罰』によって死ぬ。それは嫌だ)」


 文月も。なんだかんだでグリゴリの名を口に出すことはしなかった。美裟が、アレックスについて違和感を抱いたからだ。


「(あれが堕天使だと教えてくれたけど——『どうしろ』とは言わなかった。肯定も否定もなかった。何故だ?)」


 今の。

 ついさっきの『干渉』は。

 愛月は知らない筈だ。気付いていない筈。


「(どうしてこのタイミングで俺を勧誘した? いや……夢ではなく直接干渉するにはここまで近付く必要があったんだ)」


——


「ちょっと!」

「!?」


 ぱん、と。

 気持ちの良い渇いた音が耳に。そして熱い痛みが頬に響いた。


「…………あっ」


 目の前に、美裟が居た。


「何が起きてるのよ、あんたに。教えなさい」

「…………美裟」


 痛い。微妙に割りと強めで張られた。涙が出そうなくらい。


「誰かと喋ってたわよね?」

「…………えっと」


 誰にも、言ってはいけない。

 ……護衛として常に側に居る美裟にもか?


「…………なんでもない」

「下手過ぎ。誤魔化そうとする必要のある『何か』があるのね」

「…………!」


 駄目だ。文月はすぐに折れた。

 この女を相手に何かを隠せるほど、自分は隠蔽に向いてはいないと。


「……なんでもない」


 だが、そう言うしかない。会話の流れとタイミング、そして条件からして向こうの堕天使はこちらを『監視』できているということになる。それこそ、まさに『全知』のように。


「あたしも、あんたに今『何か』あったことを誰にも言わない方が良い?」

「…………!」

「そう。分かったわ」

「!!」


 駄目だ。

 表情で全て見透かされている。恐らくこの女には一生敵わない。


「『堕天使』『いつも声を掛けてくる』『金星に居る』。あんた自身が喋ったことよ」

「!」

「会いに行くのね。それを、誰にも知られたくない、と」

「!!」


 なんだこの女。

 ヤバすぎる。

 文月は末恐ろしくなった。


「分かったわ」

「…………なんでもない」

「はいはい。取り敢えずなんかご飯にしましょ」


 同時に。

 ここまで理解してくれるパートナーは他に居るだろうか。

 少しだけ嬉しく思った。


「(……まずは、話を聞いて。俺の知らないことを知ってからだ。それからじゃないと判断なんてできない)」


——


——


 そして。

 あっという間に1週間が経過した。


「着陸しました」

「!」


 文月は、部屋を飛び出して一目散に広場へ向かった。

 金星は、意外にも地球のように『空』があった。

 青空ではなく——薄い黄金色の空が。


「…………ここが金星」

「地球から観測できる……地球の機械で探査できるモノだけじゃない。それだけじゃ分からない。だって金星は、普段カモフラージュしているからね。地球人にバレないように。軌道も周期も似ているけれど、地球とは『別』の星。赤い大地に黄色い空。新鮮で、綺麗よね」

「…………」


 すぐ隣に、愛月が居た。


「ウゥルペスと、きさらぎちゃん。あとはホウラ隊長ね。わたしに付いてきて」

「!」


 愛月が3人を呼びながら、崖を降りていった。文月は出鼻を挫かれた。自分は行かないのか、と。


「今回は、あなたはお留守番よ文月」

「…………!」

「あなたは。ここから離れちゃ駄目よ? 良いわね?」


 まるで、全て見透かされているかのように。

 愛月は微笑みながら。そう文月に伝えた。


「……分かった」

「うふふ。拗ねないの。美裟ちゃんも、頼んだわよ?」

「ええ。任せてください」


 美裟のいつも通りの返事に満足した愛月は、そのまま金星の大地に着地した。


「やっと私か。ねえ神奈は?」

「もしかしたらが、あるわ。娘達に預けておいて」

「ふぅん。分かった。じゃセレネちゃんよろしくね」

「まっかせてキラ姉!」


 きさらぎと、ウゥルペス、彼の魔女がふたりと、ホウラもそれに続く。


「じゃあ行ってくるから。途中喧嘩とか売られても買わないようにね」

「誰にだよ」


 見渡す限り、赤色の大地。これもまた、地下やら謎の空間やらに『国』があるのだろう。しばらくすると4人の影は見えなくなった。


——


「……留守番、か」


『丁度良い。これでアヅキに気付かれずに抜けられるな』


「わっ。……いきなり来ないでくれよ」


 堕天使の声がした。やはり文月にしか聞こえていないらしい。


『道を案内する。まず島から出ろ』


「……分かった」


 出来るだけ目立たずに行動しようと、踵を返した所で。


「お兄さま」

「!」


——


「……アルテ?」


 アルテが。


「……お兄さま、お話があります」

「へっ?」


 頬を紅くして。


「大事な。……お話です。聞いて、ください」

「…………!」


 兄を捕まえた。

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