第84話 全知全能のパラドックス
「さてじゃあ、作戦会議よ。時間は無駄にできないから」
文月が離れられない為、操縦室に一同は集められた。愛月以下幹部陣と、『月軍』のリーダーである。
幹部会議を見たことがない魔女達の間に緊張感が生まれている。
「議題は?」
アルバートが投げ掛ける。
「というより説明会ね。月の軍人さんも入ったし、一度お話を整理しましょう」
「ああ頼む」
月の兵のリーダー、ホウラも頷く。彼も上から急に命令されての参加である。
「経緯とかはもういいわよね。天界がムカつくから倒すってだけ」
「ああ構わん」
「(構わんのかよ……)」
文月は心の中で突っ込んだ。
——
「敵のボスは当然、『全知全能』よ」
「!」
愛月は説明を始める。相手が神だとか、そういうことではなく。現実的な情報を。
「何でも知ってて何でもできる。今、この会議だって聞かれてる。昨日の晩の恥ずかしいコトだって見られてる。今考えてるどうでも良いことだって知られてる。明日どうするかも既にバレてる。そんな相手よ」
「……最悪」
きさらぎがぼやく。
「そんなの勝てないだろ」
「そうよ。『絶対に勝てない』。だって、全知全能だものね」
「どうすんだよ」
アルバートはお手上げである。否、全員お手上げであろう。
何もかもが全て思いのままなどという『能力者』に。勝てる訳がない。
「なのにどうして、わたし達は今滅ぼされていないのかしらね」
「!」
美裟は気付いた。そうだ。
『全知全能』には、矛盾がある。それはあらゆる宗教の世界で存在するものだ。
全能の神は、『神でも持てない岩を作る』ことができるか? といった類いのもの。
「ここからは、わたしの仮説。
①油断説。
②実は全知全能ではない説。
③『神』には意思が無い説。
④全知全能となる場合が唯一ではなく、また制約がある説。
この4つよ」
「……それは、今現在我々が神に滅ぼされていない理由の予想と説明だな」
「ええ。月人は飲み込みが早くて助かるわ」
ホウラと同じく頷いたのがウゥルペスときさらぎと美裟。アルバートは眉を捻らせてなんとか理解しようとし、文月はまだ付いていけていない。リーはもう寝そうである。
「つまりね。相手が真に全知全能であるなら、今わたし達全員を殺せるじゃない。どうしてしないの? っていうことよ」
「……ああ……なるほど……?」
「まあ、既に殺されていてこれが夢の中という予想もできなくはないけど。取り敢えずそれは論外にするわ」
「…………!」
美裟は少し恐怖した。『本物の全知全能』であるなら、『なにもかも』があり得るのだ。今この瞬間に自分のトラウマが全て襲い掛かってくる可能性もあり得る。急に文月が即死する可能性もあり得る。一瞬で、気が付けば地球に帰されており天災に巻き込まれる可能性も。宇宙空間に投げ出されて死ぬ可能性も。身体が即座に爆発する可能性も。
それが、『全知全能』を相手にするということである。
「まず①油断説。これは、まあ自分が全知全能になったと思えば分かりやすいわよね。なにもかもどうとでもなるのに、いちいち雑魚相手にアクション起こさないわよ。目の前まで攻められた所で、鼻息でも吹き掛ければ塵にできるんだから。地球だって罰を与えたあと、すっかり再生することだって自在なんだから」
「……!」
いつか、美裟が言っていたと、文月は思い出していた。
何故、『全能の神』がいるのに。世界から戦争は無くならず、悲しみは溢れ、苦しむ人が出てくるのか。
神にとっては『そんなもの』『どうでも良い』からだと。面倒くさくなれば全て消し去って新たに人間を創れば良いだけだ。それすら一瞬も掛からずできるのだから。
「次に②実は全知全能ではない説。まあこれだとありがたいけどね。限りなく強大で、全知全能に近いだろうけど、実はそうではなく、この世の矛盾はその齟齬から生まれているという説。宇宙の歴史の中でできていないことは、神にもできなかったんだと捉える説ね」
「……でも、逆に考えると」
「そう。宇宙創生から今までの全ての出来事が『可能』な能力者ということになる。これだけでも恐ろしいほどの強敵だけどね。でも、①よりは弱い方ね」
完璧な全知全能ではないが、それに近い場合。なんでもはできないが『大抵のこと』はできるということになる。今我々を消滅させるようなことはできないが、それでも遠隔で地上に災害をもたらすことはできるのだ。
「続いて③『神』に意思が無い説ね。全知全能ではあるのだけど、他者にコントロールを委ねている場合。つまり人格は無くてモノであるということ。能力は完璧だけど使用者が馬鹿なら宝の持ち腐れ。そんな馬鹿が、天界に居る説ってこと。まあこれの可能性は低いわね」
「……月人は『人間』ていうことなら、太陽人も人間でしょ? 確かに人間の脳みそじゃ、とても『全知』なんて知識量抱えきれないわよね」
「ええ。全て網羅して使いこなすのは不可能だと思うわ。『全知』の前ではいかなる天才も無知の馬鹿の雑魚よ」
「(言い過ぎ……)」
考えていけば、まだまだ可能性はあるだろう。これは愛月が、カエルムから得た知識を元に、現状と照らし合わせて思い付く『より有力な』説だ。勿論この4つのどれでもない可能性も存在する。
「最後に④全知全能となる場合が唯一ではなく、また制約がある説。これも有力ね。天界では、トップが何人も居るのよ。そしてその中の数人、もしくは全員の合意の上で発動できるのが『全知全能』ということ。国連理事みたいなものかしら。だから奴等が内輪揉めしている間は、『全知全能』は使ってこない、ということ」
「!」
「ルール大好きな連中だからね。一歩間違えば宇宙が滅びかねない、余りにも危険な『全知全能』を、ルールによって厳しく管理している、ということ。で、中々合意できないなと、揉めているのよ。地上への『怒り』は昔からのルール通りだからすんなり合意できたけど、わたし達に対して。『地上からの侵略者』に対してのルールは作ってなかったんじゃないかしら」
「…………なるほど」
「でも神話なら、バベルの塔とかイカロスの翼とかあるけど」
「イカロスは別にアレ、アポロンは何もしていないからね。勝手に熱で蝋を溶かしただけ。全知全能は無関係よ」
「バベルは?」
「……そこよね」
神の座まで到達しようとした者を罰する神話はいくつもある。今の『夜』がそれに該当するかどうかは、天界の判断ではあるのだが。
「言語を別った、なんて。正に『全能』の為せる業よね。その例があるから、この④に確証を持たせられないのよ。好意的に解釈すればなんとでも予想できるけれど。その当時のトップはーとか、バベルと今回の相違点がーとか、ね」
「…………」
説明が終わり。操縦室に静寂が戻る。
「……さて。つまりあり得そうなのが②と④ね。①は本当にどうしようもないから考慮するだけ無駄。③なら馬鹿相手だから一番楽。わたし達の最終目標と『敵のボス』についてはこんなところかしら」
「改めて、ムリゲーね。この世で一番のムリゲーだわ」
「そうなの? わたしはゲームやったことないから分からないわ」
「…………じゃあ今度鬼畜ゲー教えてあげる」
「お願いねっ」
きさらぎはやはり終始不機嫌だった。彼女は本当に神が嫌いなのだ。それよりは、鬼畜ゲーを体験した際の愛月の反応の方が興味がある。
「さて、次に兵隊の方ね。『天軍九隊』。この島と同じ名前だけれど……。文月? お話、付いていけてる?」
次の話題に進めようとして、愛月の目に息子の姿が留まった。
彼は正にちんぷんかんぷんといった様子で、あちこちキョロキョロしていた。
「……あ。えっと……」
愛月に呼ばれて、全員の目が彼へと向く。さらに目線は泳ぐ。
「あー。大丈夫です。後で私が彼に説明するので。進めてください」
そこで美裟が挙手して発言した。
「そう。ならお願いね美裟ちゃん」
文月には、基本的な宗教知識すら無い。バベルやイカロスと言われても分からない。全知全能についてなど考えたこともなく、そもそもそこまで想像力がある方ではない。
「(誰に似たのかしら。……いえ、これはわたしの教育不足。わたしとカエルムの子よ? 素材は馬鹿では無いもの。『優しさ』に振りすぎたのね。美裟ちゃんが居てくれて助かったわ)」
現に、誕生からずっと手元で教育してきたアルテとセレネは、タイプの違いはあれど、どちらも聡明で優秀だ。精神的にも発達している。
双子を産んですぐに迎えに行っていれば良かったのだろうか。だが当時は当時で難しかったのだ。
……それも言い訳だ。
「(あれ。……わたし、子育てを後悔してる? 駄目よ愛月。それは文月に失礼だわ)」
そんな考えをしたが。直ぐ様切り換えた。
美裟が居るのだ。もう文月のことで悩む必要は無い。とっくに親離れしている。
「じゃあ続けるわね? アルバートが理解できてなくても続けるわ」
「だっ! 大丈夫だよ! 大体は!」
「なら、アルバートさんには僕が後で優しく教えてあげますので」
「黙れウゥルペス」
「あははっ」
最後に、アルバートを弄って文月へのフォローをしつつ。
「——その『ボス』に辿り着くまでが、また困難よ」
会議は続く。




