第82話 夜と月
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「つき!」
「ええそうよ。綺麗ね。お月さま」
「お母さんもわたしも、お名前に入ってる!」
「そうね。だからあづちゃんも、お月さまみたいに綺麗になるわ」
「やった!」
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「……実際に行ってみてしまえば。何てことはないわね。表面だけ綺麗に取り繕った、ただの独裁制の古ぼけた帝国」
愛月は。ひとり寝室で、昔を思い出していた。一番初めの記憶を。母のことを。
「だから、医療技術なんて発達させるものじゃないのよ。永遠の命なんて、下らないわ」
月では。再生医療の発達と記憶移植の成功によって個人が永遠に生き延びられる世界を作った。そのせいで、神代の頃からトップがまるで変わっていないのだ。未だに『ツクヨミ』達が支配している。そして、その医療を受けられない最下層の人々は、特権階級の『神々』を本物の、永遠の神だと崇めるのだ。
「地球とどちらがマシかなんて、決められないわね」
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「えっ? 地球? どうしてわたしのせいなのよ」
「えっ」
翌朝。いつも通りの朝食後。文月はテーブルに着いたまま訊ねてみた。
「あれは『天界』が故意に地球を攻撃しているのよ? わたしの行いが原因なら、わたしに対して雷を降らすでしょ普通」
「…………確かに」
「わたしは、あの『天変地異』が近く起きると知っていた。だから急いで準備してきたのよ。でも、『九歌島』を方舟にはできないから、『計画』に必要ない人達を乗せる余裕は無かった。それでこのメンバーで来たのよ」
「じゃあ…………」
「アルテ達の早とちりだったってことですか」
「うふふ。なあに? 勝手にわたしを悪者にしていたの? 悲しいわあ」
「…………」
美裟は。それが愛月の嘘である可能性も否定できないと思ったが。
「じゃあ、どうして天界が急に攻撃を……?」
その質問で真意が図れると考えた。
「ノアの時は、どうだったかしら」
「えっ」
「えっと……ノアの方舟? ……人々の堕落、とか?」
「お兄さま」
アルテが。
何かを察した。
「?」
「創世記6章です。……地上に。『ネフィリムが生まれて悪が蔓延った』からです」
「!!」
文月が固まった。勿論聖書など読んだことはない。だが。
「…………俺のせい、なのか」
「「違うわよ」」
「!」
即座に、愛月と美裟が口を揃えて否定した。
文月は顔を上げる。
「誰が生まれようと、それを目の敵にして人類を滅ぼすって、それこそが『悪』じゃないの」
「あなたみたいに優しい人を『悪』とする天界を。わたしは許さないのよ」
「…………美裟。母さん……」
聖書を読んだことが無いからこそ。今まで気付いていなかったのだ。『天変地異』と『ノア』と『ネフィリム』が、結び付かなかった。
「ほら」
「!」
「きさらぎさん」
そこで。新たに家族となり、食卓を囲むようになったきさらぎが口を開いた。
「やっぱり。私や神奈だって、血は薄いけどネフィリムじゃん。そもそも産んだ瞬間母親に『罰』を与える時点で意味不明。『天界はクソ』って、はっきり分かる」
きさらぎは不機嫌だった。創世記のネフィリムは悪行をしたかもしれないが。
現代の彼らと、何の関係があるというのか。
「怒って良いよフミ君。この怒りはね。君と私と、神奈だけのもの」
「……!」
「結局神は、自分が王として『上』に居たいだけの既得権益者ってことよ。耳障りの良いことを言って衆愚政治みたいにして。地上の『天変地異』だってしなきゃ良いだけなのに、わざわざ濡れ衣を愛月ちゃんや私達ネフィリムに押し付けてるのよ。迷惑極まりないわ」
「その通り」
きさらぎの不満を、愛月は全面肯定した。
「別に初めから天界を害そうとは思っていないのに。向こうが訳の分からない向こうの都合を押し付けてきて害してくるから、わたしは反旗を翻しただけ。だから全て。100%『天界が悪い』。理解しておいて欲しいわ文月」
「!」
「わたしは『家族を殺された』から、悲しんで、怒って、『ルールを変えたい』と思ったのよ。それって普通のことじゃない?」
「…………」
「ソフィアは。『罰』に殺されたのよ? そんなルール無ければ、死ななかったのよ」
「!」
分からないでもない。そう考えるのならば。
予言通りに『天災』を起こした奴等を、止めなければならない。でなければ人類は滅びてしまう。
——『神を信じる者以外の人類が』。
「分かった」
「!」
文月はここで。
ようやく覚悟を決めた。まずは、信じる。母親を。自分が信じなければ誰が信じるというのか。最愛の、母である。
「まずは『天界』を止めて、『怒り』をやめさせる。こうしている間にも、地上では人々が逃げ惑い、死んでいっている筈だ」
「その通りよ。ありがとう文月」
「ああ」
自然、それそのものが神であった。
その猛威を以て人類を滅ぼそうとするのであれば。抵抗しなければならない。
地球から飛び出した、人類の希望はたった108名であるが。——それも、誰にも望まれていない国際指名手配犯達の集まりであるが。
『知った者』の責任として。
それを行わなければならない。
「月の兵を借りるから、取り敢えず前線に出す兵は増えるわね。後は金星で最後の補給をするわ」
「……金星」
「ここまでは順調よ。問題はここからね」
「まさか戦闘?」
「うーん……どうなるか分からないのよ」
「えっ」
愛月は考えるポーズをして、眉を潜めた。
「サタンとその息子が『仲良いかどうか』なんて、流石に天使でも知らないわよねえ」
「…………!?」
——
——
「川上愛月殿はどこか」
「はい。わたしよ」
その後、『九歌島』に乗り込んできた者達が居た。月人である。殆どが男性で、女性は少ない。
羽衣を纏う、戦士達。
「私はホウラ。今回の兵を預かる者だ」
「ええよろしくね。ホウラ」
「そなたらと共に戦う『月軍』だが、兵が500名、支援兵が50名、特別医が5名。全部で555名だ」
「あら。予想より多いわね」
「だが、基本的に帰還までの兵站は食糧のみ、そちらに任せるぞ」
「ええ大丈夫よ。食糧も部屋も。ウチには生産能力者が居るから。部屋はまあ足りなかったら空き地に勝手に建てて良いわ。その辺の木も伐り倒して良いわよ」
「……承知した。それと、急な出兵で武器が足りぬ。月は数千年、戦争をしていないのだ」
「あらそう。身体鈍ってない?」
「心配には及ばぬ。鍛練は欠かしておらぬ」
「まあ、武器も大丈夫よ。それの補給に、金星に行くんだから」
「……承知した。とは言え、不死者も居らぬ普通の兵だがな」
「充分よ」
月軍のリーダー・ホウラと交わしたのは簡単な挨拶と説明のみ。『後は勝手にやってくれ』と言わんばかりに、愛月はその場から去ってしまった。
——
「さあ行くわよ。向かうは金星。ほら魔女達。急いで急いで」
「!」
ぱんぱんと、手を鳴らす。呑気にしていた魔女達はそれでたちまち慌てふためき、城へと戻っていった。
「あ。俺もか」
「そうよ文月。あなた何をしているの」
ぼうっとそれを見ていた文月も、自分の仕事を思い出して魔女達の後を追っていった。
「……月。まだまだ沢山、色々面白いことがありそうだけれど。もう出発なのね。あーあ。会ってみたい有名人とか居るんだけどなぁ」
それを見送るように、きさらぎが愛月の隣にやってきた。
「心配しなくて良いわ。今代のツクヨミはあんまりイケメンじゃないから」
「バレバレかよ。まあ良いけど。でも別にツクヨミだけじゃないじゃん月には」
「桂男もアレ、1200年前基準の美男子よ? 現代のイケメンとは程遠いと思うわ」
「えぇ~。なにそれ。夢無くなるじゃん」
「あははっ」
「……なんか愛月ちゃん、脚治ってからそれ以外も元気になったみたい」
「そう? うふふ。ありがとう」
ふたり黒髪を靡かせ、周囲から見れば姉妹のように思える。
「さっきの月の人、支援兵はなんとなく分かるけど特別医ってなに?」
「分かりやすく言うなら従軍娼婦ね」
「げ…………。ああそう……」
「うふふ。まあ仕方無いわよ。流石にウチのメイドだけで500人は相手できないわ」
「男はこれだから……」
などと言っている間に、『九歌島』はまた浮上を。上昇を始めた。
「さあ次は金星よ。夜明けに輝く赤い星」
宙を見る愛月の瞳には、満天の星が映っている。
『夜』108名と。
『月』555名で。




