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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第7章:地獄の門
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第81話 安息地

 簡潔に説明するならば。


 月(月界)は、太陽(天界)の属州のような立場にあり。

 月人は宇宙開発は行っていないものの、地獄などの『異世界』と呼ばれる世界を通じて天界の影響を受ける。

 そして月のトップのひとりであるツクヨミは、その支配から抜け出そうとしている。

 何故なら彼は、姉——『アマテラス』を嫌っているからだ。


 愛月はそこを狙って、月と『同盟』を組むつもりなのだ。


『貴様の思い通りにことが運ぶ確率は、万にひとつも無い』

「あら。なら億にひとつはあるかしら?」

『…………恒河沙にひとつ、としておいてやろう』

「優しいのね。では、『ゼロではない』その可能性に賭けて、保険のために、わたしに兵を貸してくれる?」

『…………』


 その為に、娘達の名前に月神を採用し、『媚』を売ろうと考えたのだ。月が好きだと、伝えるために。


「月に攻め入って、わたしが無理矢理奪った。もしくは唆して兵を募った。天界への言い訳はそんなところかしら」

『……全知の前では言い訳など無意味であるがな』

「それでも、奴等は受けて立つのよ。自信家が多いから。『人間などに負けるはずが無い』と思っているわ。どちらが傲慢なんだか」

『…………明日には用意できる。あとは勝手にすれば良い』

「ええ。ありがとう」


 補給に来たと、愛月は言っていた。

 それは兵力のことだったのだ。


——


——


「ねえミサ姉」

「なに?」


 あの光のトンネルを抜けて。本物の月面まで戻ってきた。

 重力や大気の影響を受けないのは、『天の羽衣』のお陰だという。こんな薄い、たった1枚の布を巻き付けるだけで宇宙服となるなど。つくづく月の文明は地球を越えている。


「フミ兄が、なんだかずっとお空を見てるの。話し掛けても反応が薄いの」

「…………」


 セレネに言われて、文月を見る。確かに、ぼうっと上空を見詰めながら歩いている。たまに転けそうにもなっている。


「(また何か悩んで考えてるわね。あの馬鹿)」


 地球を出てから、一気に知らない世界へと入ったのだ。まるで現実味が無い。悪魔だ魔術だと、そんな話は双子と空港で出会った時からしてきたが。ならば月に人が住んでいても不思議ではないと、言ってしまえるとは言え。


 実際に体験すると、個々で感想は違ってくるものだ。

 どんなときも『文月』を中心に覚悟を決めた美裟からすれば、どんな非現実が起きようとそこまで心が乱されることは無い。暴れまわる悪魔と対峙してさえ、臆せずに向かっていけた。


 アルテやセレネも、その育った環境のせいか、愛月に直接育てられた影響からか。『これ』を現実として受け入れられている。『世界はこうある筈だ』という固定観念が無い。

 ウゥルペスとフランソワは愛月と同じで、初めから知っていたのだろう。


 問題は文月と、ディアナである。ディアナも、話には聞いていたとは言え、彼女は純粋な『人間』である。その精神も、16歳という年齢相応の少女であると言えよう。そして念願の『父親』との対面が、あのような形となってしまった。


「……文月は、まあ大丈夫よ。あたしに任せといて」

「ほんと?」

「ええ。貴女達はそれより、ディアナちゃんのフォローをしてあげて」

「! ディア姉」

「貴女達もショックでしょうけど、彼女はそれ以上に見えるわ。……シレークス、さん、の件ね」

「!」


 言われて気付いたセレネは、ディアナの方へと駆けていった。彼女もまだ、ショックから立ち直れていないようだ。


「……はぁ」


 溜め息が出た。

 今日1日で、起きた出来事が多すぎた。一度落ち着かなければならない。幸い、出発は明日になりそうだ。今夜一晩、落ち着ける。


「(だってまだまだ、『ある』ものね。月なんかで吃驚してたら持たないわよ。きっと)」


 月を出れば。

 次は『金星』だと言う。

 そして最後に『太陽』へ向かう。


 まだまだ、まだまだ。

 ここからまだ、非現実・新事実のオンパレードが待っていると『確定している』のだ。


「じゃあ、お疲れ様ね、皆。ゆっくり休んで、また明日っ」


 九歌島まで辿り着いて、愛月が皆にそう言った。


——


——


 最後に、月面で『船』を維持し続けている魔女達の治療を行い。

 それから寝室へと戻ってきた。


「……なんか、もうこの部屋が安息地みたいに思えてきたわ。半年も住んでないのに」

「…………俺もだ。何もしてないけど、疲れた」

「何か食べる? それとももう寝る?」

「……腹は減ったな……」

「おっぱいも揉む?」

「…………んぁ……」

「(特に反応ナシ。中々重症ね。ムカつくし)」


 月の文明自体への吃驚もあるだろうが。やはり一番はシレークスと、愛月のことだろう。


「取り敢えず冷蔵庫には……適当な野菜と豚肉があったわ。適当に炒めるわね。シャワーでも浴びながら待ってなさい。月の砂は細かくてすぐ汚れるっぽいから」

「……ああ、頼む」


 この野菜も豚肉も、リーがゴミから産み出したのだろう。……美裟は考えるのを止めた。これ以上さらに意味不明にはしたくない。


「……あたしも先にシャワー浴びたら良かった。もう油引いて火ぃ点けちゃったわよ」


 この部屋に居る時だけは。

 九歌島がどこにあろうが。

 『安息地』であり『現実』であり。

 『日常』であった。


——


「なによ。食べなさい? それとも『あーん』してもらわないと食べられない?」

「…………いや。うん。いただきます」


 最近。

 『夜』や『神』だのの真面目な話は置いておいて。

 最近、美裟が、甘やかしてくるのだ。文月は割りと、それが気になっていた。


「あのねえ。ふたりきりの時くらい甘えなさいよ? ずっと気ぃ張り詰めてても持たないわよそんなの」

「ああ。……そうかな」

「あんたはそもそも抱え込みすぎるんだから。あたしになら何吐き出しても良いんだから」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 いつも感謝している気がする。人間ですらない自分を。メンタルの弱い自分を愛してくれるこの女性に。


「はい、あーん」

「…………えっ」

「さっさと口開けなさいよ」

「いや……流石に恥ずかしいだろ」

「良いから開けろっつってんのよこのボケ。捩じ込んでやるからっ」

「口悪すぎだろ!」


 食事中は『クソ』と発言しない、そんな気遣いを感じる暴言も。

 美裟らしく感じるのだ。


——


「神は、そういう種族とかって訳でもなく、普通に世襲制の人間なのか?」

「そうらしいわね。今のところ。天使と悪魔だけは『そういう種族』っぽいけど」


 食事を終えて。


「でも、『元人間』が居るわけだろ。種族というより『状態』。……もっと言えば、失礼だけど『病気』と言えるんじゃないか」

「……まあ、昔は精神病を悪魔憑きって言う場合もあったもんね。なら、魔術はどうなるのかしら」

「えっ」

「『神のルール』を限定的に弄るんでしょ? そんなの、単なる病人じゃ無理よ。ていうかあんたが触れて治らないなら病気でもなさそうだし」

「……でも、触れても治らない『罰』がある。悪魔という状態は皆そうなのかもしれない」

「あ……そっか」


 分かりそうな所から考察する。それから、ふたりの考えを合わせられそうな所から。


「ソフィアさんは……予定通りシレークスに会えたんだよな」

「……そうね。それが知れただけでも、ここへ来た甲斐があったわね」

「でも……父さんとは仲悪いんだよな……」

「言ってたわね。殺し合いになるって」

「どうしようか。『全員集合』」

「それをなんとかするのがあんたの命題ね」

「ああ…………。どっか丘の上かなんかで、皆でバーベキューとかしたいな」

「……そう」


 ソフィアは全くの無駄死にになる可能性も高かった。そのニュースは文月の心の負担をいくばかか和らげた。


「…………」

「どうした?」


 美裟は顎を触りながら考えるポーズをした。


「……愛月さんの主張はさ」

「うん」

「『神のルールを書き換えて、全人類を救う』ことよね」

「そうだな」

「今、地球は『天罰』でボロボロだけど。それでも皆救われるのよね」

「……ああ。そうだな」

「しかも、『より良いルールになるから、未来の子供達が苦しまなくて良い』のよね」

「…………そうだな」


 現状のルールだと、幸せから溢れてしまう人間は増えていく。そこから全てを救うための、『ルール改訂』だと。


「……それが本当ならまだ、あたしは協力したいけど。でも、より混沌になるような気もするのよ」

「じゃあ、訊いてみるか」

「へっ?」

「明日。母さんに」

「…………ええ」


 分からないことをふたりで言い合ってもしかたがない。

 訊いてみれば良い。それが難しい相手でも無いのだから。

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