第8話 改めて、現状
「——という訳で、結構順調だ」
「…………あのねえ!」
数日後。
学校にて。
様子を訊かれ、俺はそう答えた。買い物に言って、美味しいものを食べて、妹達と楽しく過ごした土日の話を。
「馬鹿文月! 違うでしょ!!」
そして、美裟の怒号が響く。
「あの『魔術?』的なやつとか! 狙われる理由やら相手やら! 『組織』についてとか! 『あの子達の父親』とか! もっと調べる必要があるものが沢山あるでしょうがっ!」
「……美裟よ」
「何よ!」
矢継ぎ早に捲し立てる。それを聞くのが。
「その突っ込みを待ってた」
「んなアホみたいなボケの為に土日を棒に振るなあっ!!」
俺は結構好きだったりする。大変そうだなあとか思う。
変わってるだろうか。
「……そもそも、あんたの『父親』はもう良いの!?」
「いや。それは——変わらず目標だよ。その為にも母さんに会わなきゃならない。だからこの『手紙』の話に乗るよ。俺は卒業と同時に日本を出る」
「…………そう」
俺は、ずっと家族を求めていた。今までは、母さんの手紙と。父さんを探していた。と言っても学生程度じゃ探せる範囲も知れてるけどな。
で、今はその待ち望んだ家族が、できた。
アルテとセレネ。このふたりとの生活はマジで楽しい。毎日笑ってばかりだ。ああ、家族ってやっぱり良いなあ、と俺に思わせてくれる。
それはそうとして。
やっぱり父さんは気になる。『居ない』なんてこと無いだろ。絶対に居る。どこかに必ず。
母さんも知らないらしい。今どこにいるのか。
だから俺が探すんだ。そして。
家族全員で暮らすのが俺の人生の目標と言って良い。
母さんと、父さんと。アルテとセレネと——妹達の父親は分からないけど。
暮らすとまではいかずとも。一度だけでも。
『全員集合』してみたい。あのふたりと出会って、より強くそう思ったんだ。
「今、あの子達はどうしてるのよ」
「家でゲームしてると思う。ドハマりしちゃったから」
「……あっそ」
俺の学校の間は、家で大人しくしてもらっている。食材は買い込んでるから、飢えることは無い。まあその辺はアルテがしっかりしてくれている。頼りになるんだよなあ、あの子。
「……そういや、どっちがお姉ちゃんなんだろうな」
「それも訊いてないのね。……くそねアンタ。ていうかあの子達、学校は?」
「……あっ」
「くそ馬鹿ね」
「……マジで忘れてた。——よし。じゃあ今日辺り色々訊いてみるよ。必要なものは買い終わって、ようやく落ち着いた所だから」
「そ。じゃあ、あたしも行くわ」
「えっ?」
「……なによ。駄目?」
「……いや。良いけど……」
「『けど』なによ」
「いや……」
俺は、全然良い。セレネなんか美裟に懐いてたしな。
でも、美裟自身は良いのだろうか。受験勉強もあるし。
「あのね、アンタ忘れてない?」
「へっ?」
「『父親探し』。あたしも手伝うって言ったでしょ」
「あー……。そうだけど」
「協力させなさい。良いわね?」
「…………はい」
圧が。
その美貌からの冷たい視線と。
乳の圧が。
俺に拒否権を与えてくれない。
表情だけ笑って、黙ってさえいれば大和撫子純和風美人なんだけどなあ。
——
「ただいまー」
「お帰りフミ兄っ! あっ! ミサ姉!」
「こんにちは」
お出迎えはセレネだった。どたばたとフローリングを鳴らして、客人を歓迎してくれる。
「あんたんちも久々ね」
「あーそうかな」
「お帰りなさいお兄さま。美裟さんも。いらっしゃいませ」
「はいはい。お邪魔するわよ」
ワンルーム8畳に、4人。狭い。
ひとり2畳あるって? いやいや。本棚やらテーブルやらテレビやら冷蔵庫やらがあるんだってば。
すこぶる狭い。
テーブルを挟んで4人で座る。紙コップにお茶を注いで皆に出した。
「あっ。お兄さまっ。そんなのアルテがやりますって」
「良いって。近い奴がやれば。狭いんだし」
アルテはとても良い子だ。色々と気が付いてくれる。10歳でこれはマジですごいと思う。良いお嫁さんになる。
「服、似合ってるわよ貴女達。セレネちゃんは、髪結んだのね」
「そうだよっ。似合う?」
「似合う似合う。文月の妹と思えないくらい可愛いわ」
「えへへ~」
——
「——さて」
「っ」
俺から切り出す。少しだけ真面目な雰囲気を醸し出そうとする。すると察してくれたのか、皆が黙って俺に傾注してくれる。
……なんかボケたくなってくるが、我慢して。
「ふたりを迎えての生活も多少は落ち着いた。だから、ちょっと真面目な話もしようと思う」
「……うん」
「まず、色々ばたばたしてたからな。改めて自己紹介でもしようかな」
「えっ? 今更?」
「ほら、一応だよ。なんかこう、ちゃんとしたやつ?」
「……分かりました」
仕切り直すってのは、結構大事だ。何事もな。
「じゃあ俺から。川上文月。18歳、高校3年生。来春卒業だな。えっと、帰宅部で、運動はあんまり得意じゃない。マネージャーとかはよく誘われるけどな。特技は『傷を癒す』力を持ってる。意味不明で未解明だけど、事実としてその力は存在してる。……これくらいかな」
続いて、横に座るアルテを見た。
「はい。ええと。……川上アルティミシアです。10歳。学校は行ったことがありません。スポーツとかもしたことがありません。特技は……暗記能力くらいですかね。見たもの、聞いたものはあんまり忘れません。……よろしくお願いします」
終わると、ちらりとセレネを見る。セレネももう準備していたらしい。
「川上セレスティーネ。10歳だよ。わたしも学校もスポーツも無いよ。特技は……わたしはね、目が良いんだよ。どーたい視力? ってのがね、良いんだって。何のことだろうね」
へえ。そういうのでも姉妹で違うのか。スポーツは得意そうだよなあ、セレネは。
「私ね。萩原美裟。文月と同じく18歳。陸上部をやっていたけどもう引退したわ。特技というなら、そう言った運動かしら。スポーツは全般得意よ。家は神社で、たまに手伝いで巫女みたいなこともやってるわ」
神社の巫女なのに、ミサ。しかも『裟』は確か仏教の奴だ。
もの凄い名前だよな。
「巫女!? って、ジャパニーズ『シントー』のシャーマンですよねっ?」
「へっ。……まあ、そうよ」
アルテが巫女に食い付いた。そうか。確か神社は『神道』って宗教だったな。
お寺との違いを長々と聞かされたことがあった気がする。
「なあ、学校に行ってないって、どういうことだ? まだ10歳なのに」
「わたし達はね。なんだっけ。えと。確か……」
「『無国籍児』」
「そう、それ」
「はっ!?」
がたっ、と。
テーブルに当たってしまった。お茶が少し溢れた。
今、なんだって?
「……アルテと、セレネは。世界のどの国からも国民と認められていません。ですから教育は、お母さまの雇われた『組織』の先生方からお受けしました」
「……そ……んな」
「…………!」
「……? それがどうかしたの? フミ兄」
丁寧に、ゆっくり説明してくれるアルテ。この子は賢い。多分全部知っている。それがどういうことなのか。
無邪気に笑ったまま首を傾げるセレネ。この子は分かっていない。それが何を意味するのか。
この子達は。
いや。
『俺達家族』は。
俺や美裟が思っている以上に。
「ですから、ここ日本でも教育は受けられません。権利が認められませんので」
「そーだよー」
「…………!!」
凄まじい状況にあるらしい。