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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第7章:地獄の門
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第74話 仕事

 その演説の後。

 英気を養う為、戦闘員は食事の用意された会場へと向かった。

 愛月の元に残ったのは、フランソワと双子を含めた13名の魔女と、文月、美裟、ディアナだった。


「停泊なら、軽い『罰』で済みますが。大気圏突破と通常航行には必ず、文月様の『奇跡』が不可欠です」


 フランソワが、皆に説明する。


「そして、常に魔術を行使している必要があります。……必要なのは3名。これはアルティミシアお嬢様とセレスティーネお嬢様を除いた我々で交代を繰り返しながら行います」

「分かったわ」


 双子は厳密には、魔女ではなく『半魔』である。魔女部隊の中でもとびきりの魔術を扱えるこのふたりは、運転手役ではなく自由に動けるようにしていた方が良い。愛月も頷いた。


「城の中心部、愛月様の執務室を改造しまして、『機関部・操縦室』としたいと考えています」

「ええ構わないわ。すぐに進めて」


 フランソワが指示を出し、魔女数人を改造に回した。


「俺は基本的にそこに居れば良いかな」

「はい。文月様には目的地到着まで、運転役の魔女の治療を行っていただきます。お食事中やご就寝の際でも魔女に『触れていられる』ように設備をご用意いたしますので、部屋からは出られませんが、比較的自由に活動できるかと思います」

「…………分かった」


 宇宙の景色は見られないのか……と一瞬思った文月であった。


「停泊にも3名必要かしら?」

「その通りです。これは九歌島を『維持』させる、必要な『三要素』を司る魔術ですので、必ず3名必要です」

「……分かったわ」


 文月は三要素とは、と質問しようか考えたが。普段の研究の際も魔術の理論は何ひとつ理解できなかったので、止めた。


「ねえ、私は何かやることある? フランソワさん」


 ディアナが訊ねた。これまでの九歌島内での活動は一応耳にしたらしいが、『夜』での自分の立ち位置をまだしっかりとは把握できていない。


「はい。……愛月様から何も無ければ、私からお願いしたい仕事はございます」


 フランソワはまず愛月に確認した。


「フランソワの方で必要ならそっちを優先して頂戴。もし手が空いたら、わたしに指示を仰いで貰えたら良いわ」

「かしこまりました。ではディアナお嬢様には九歌島自体に掛けられている魔術全般の点検・修繕などを担当して頂きたく思います」

「分かったわ。任せてちょうだい。一応、誰か案内に付いて、一通り教えてくれない?」

「かしこまりました。ではお願いいたします」


 そうして、魔女ひとりを案内役に、ディアナも行動を開始した。


「(まあ、浮いてるし温泉も湧いてるし。色んな魔術があるんだろうなあ)」


 文月は適当にそう考える。


「あと、温泉など必要の無い魔術は無駄ですのでこの後廃止しようと考えております」

「そうね。それ以外も無駄な物は全部止めて構わないわ。あなたとディアナの判断に任せるわよ」

「かしこまりました」

「(あ、温泉止まった)」

「ねえ、わたしとアルテは?」


 セレネが訊ねた。


「あなた達は『自由』よ。きちんと考えて、周りを見て。皆を手伝ったり、臨機応変に対応できるように待機しておいて」

「りょーかい!」

「セレネ。『了解』は目上の人には使わないよ」

「えっ! そうなの!?」


 なんだかんだとお喋りしながら、アルテとセレネもその場から離れた。


「愛月さん、私は?」

「あはっ」


 そして美裟が。

 一応の確認のために、訊いた。

 愛月は吹き出してしまった。


「あなたは変わらないわよ。いつでも。美裟ちゃん。……『何があっても最後まで』文月の隣に居てあげて」

「……はい。任せてください」

「…………」


 文月は少し、気恥ずかしかった。所謂『嫁と姑』なのだが、このふたりは仲が良い。疑問を抱く時もあるが、人間性で言えば普通に気が合うのだろう。


「さてじゃあ、一旦解散ね。……メイド達には、手が空いたら兵士達の慰安もしてあげてと言ってあるけど……文月は要る?」

「要らないよ。美裟の前で止めてくれ」

「あははっ。ごめんなさい」

「…………」


 最後に、美裟からの突き刺さるような視線を浴びて。

 解散となった。


——


——


「なんか皆、張り切ってるな。ディアナちゃん、アルテやセレネも」

「そうね。まあようやく『動き出した』って感じよね。これまでは全部準備期間だった」

「そうだな」


 愛月の元・執務室——改造され、操縦室になっているだろう部屋へと向かう。


「とはいえ魔術は危険なことに変わり無い。無茶はしないで欲しいんだけどな」

「そういえば、言ってなかったけど」

「ん?」

「日本で、飛んだ時にね」

「おう」

「アルテちゃんが言ってたの」

「なんて?」


 美裟は思い出したように指を立て、文月を見た。


「『お兄さまに治していただくのが、嬉しい』って」

「……ん」


 それは。

 文月からすれば少し複雑だったが。


「『心配してくださっていると実感できて。触れ合って、傷が治って。罰が、罪が許されていく感覚がして。お兄さまの愛情を直に感じて。嬉しい』んだって」

「…………そうか」

「だから多分、無茶するわよ、あの子達」

「!」


 無茶な魔術を使って。ボロボロになれば。その分だけ文月は、心配するだろう。真っ直ぐ駆け付けて、触れてくれるだろう。

 その手で。腕の中で。じわじわと癒されていく。浄化されていく。誰より頼りになる、大好きな兄の愛情を一身に受けて。


「…………やっぱり魔術は、俺は好きになれないな」


 そんな風に考える妹達を、少しだけ哀れに思ってしまった。

 魔術など。罰などなくとも。いつでもいくらでも抱き締めてやるのに。


「ま、それが『あんた』よね。あたしは分からないでも無いわ。あの子達の気持ち」

「…………」


 文月は美裟を見返した。


「お前まで無茶するなよ……?」

「さあね。あんた次第かしら」

「は?」

「あんたがずっと安全ならあたしも無茶しないわよ。あのね、今、この『夜』で。愛月さんの作戦に一番『要らない』のはあたしなのよ?」

「!?」


 親子だなんだ。嫁だなんだを除いて。純粋に、役割として。

 美裟は特に必要無いのだ。そもそもが、愛月の計画の外から入ってきたのだから。


「あんたが危険に晒されたら。その分だけあたしが『無茶をする』ってだけ。あのね? 文月」

「!」


 美裟は、文月の手を取った。


「あんたが居るから。あたし達は何も気にせず『全力』で戦えるのよ。それだけ理解しておいて」

「………………」


 覚悟が、垣間見えた。恐らく妹達もそうなのだろう。恐らくは初めから。文月だけが、できていなかった。


「……分かった。ありがとう」

「どういたしまして」


 好きな人の為に命を張れる。

 そんな幸せを、美裟は感じていた。


——


 操縦室へ入る。

 テーブルやソファは部屋の隅の方に片付けられており、部屋の中心の床には、円形やら三角形やらが重なり、妙な文字の刻まれた、赤い『絵』があった。


「これは……?」

「私達の血で描いた『魔法陣』、と言った感じでしょうか。まだこれで完成ではありませんが、『宇宙船』の根幹になる物です」


 文月の質問には、魔女のひとりが答えた。

 彼女の指先からは、こちらまで痛くなるほど血が滴っていた。


「…………」


 魔法陣とやらの大きさは、人がひとり入れそうなほどの直径をしている。

 一体どれだけの血が必要なのか。


「無理は。本当にしないでくれよ。『罰』があればすぐに言ってくれ。俺が寝てても何してても。すぐ起こしてくれよ」

「……はい。ありがとうございます」


 魔術の原理は分からない。この魔法陣を描いただけではまだ『罰』ですらないのだろう。彼女達は既に、軽い貧血状態だった。


「……どうしたのよ文月。しっかりしなさい」

「美裟」


 呆然としている文月の背を、美裟が叩いた。


「あたしに遠慮なんて要らないわよ。これはあんたの仕事なんだから。早く治してあげなさいったら」

「……ああ。そうだな」


 文月は順番に、3人の魔女の手を取って治した。


「ありがとうございます」

「ありがとうございますっ」

「…………」


 嬉しそうにする。みるみる内に傷が治り、失った血液も戻り、痛みも引いてくるからだ。文月は、頭の中でアルテの台詞が再生されていた。


「よし。じゃああと少し。ぱぱっと完成させちゃいましょ」

「うん。クレアそっち頼むね」

「はーい」


 そして。


「(……うっ!)」


 また。

 彼女達は自分の指をナイフで切るのだ。

 文月は思わず目を逸らしてしまった。


「(……魔女文化が、廃れた理由のひとつでしょうね、これ……)」


 美裟は思う。

 中世の。ヨーロッパの人々に恐れられた魔女には。『文月は居なかった』のだ。

 考えるとぞっとした。

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