第73話 黄昏の咆哮
「急いでください」
一瞬だけ、凍り付いて。
「はっ!!」
「か! かしこまりました!」
「ちょっとあんたよ! なにちんたらしてんのよ!」
にこにことしながら言い放ったウゥルペスの言葉を受けた魔女達は。
それまでの『女子校の文化部』のような雰囲気は消え失せた。
ばたばたと忙しなく動き始める。突然の変化にアルテとセレネは戸惑ってしまう。
「……どうしたんだ? ウゥルペス」
文月が首を傾げた。
「いえ。愛月さんに催促されただけですよ。まあ彼女達は魔女なので、『僕(支配者)』が見てないとすぐサボりますから。今日から僕も、この部屋に釘付けですね」
「……いやまあ、早いことに越したことはないけど。そんなに急ぐのか」
「あまり時間が無いことは確かですね。天界と争うのですから、今さら人間と『競う』暇なんてありません」
「?」
「魔術や奇跡に頼らなくても。もう人間の技術だけで、僕達と同じことはできるんです。僕達の方が、うんと省エネっていうだけですね」
「……何の話だよ」
ウゥルペスが何を言いたいのか分からなかった。
「まだ公表はしないでしょうが、人間のトップ達は『方舟計画』と称して、人類を地球外へ脱出させる方針で概ね合意しました」
「は?」
彼にはあるのだ。
地上のニュースを知る術が。
あの、赤橋の件以降でも、絶えず天災が地上へ降り注いでいる事を。
「まあ、まずは『誰が乗るか』で戦争するでしょうね。『その後の土地の権利』でまた戦争」
「…………!」
ウゥルペスは楽しそうにしていた。自分には関係無く、どうでも良いニュースだといった風に。
「いやあ、いよいよ『終末』感が漂ってきましたねえ」
「…………」
つまり。
世界のトップ連中が『その選択をする』ほどに、今地上は大変な事態に陥っているのだ。
「ルールに則った『罰』ではなく、ただの神の感情。『怒り』と呼ばれるものですね」
「『怒り』……」
「もうそろそろ、終盤ですよ」
「……何の?」
ウゥルペスは、悪魔だ。
年齢は21と言えど、人間より遥かに『知っている』側である。
「『人類』の」
世界とは言わない。人は往々にして、『世界平和』などと言うが。それは間違いだ。
人類の平和と言えば良いのに。
例え人類がひとり残らず滅んでも。世界は何も変わらず、世界として在り続ける。そこには平和も何も無い。初めから、終わりまで。
ウゥルペスの言葉には、そんな意図があった。
「良いですねえ。特等席です。他の悪魔どもは何をしているんですかね。人間の文明が危ないって時に、しこしこ精神乗り移って悪行でも唆してるんですかね。みみっちいなあ」
優越感。至福。高みの見物。それがウゥルペスの顔面一杯を占めていた。
「そう考えると、もっと早くしたいですね。もっと急がせましょう」
「いや待てって。あんま急がせたら気ぃ遣うだろ。お前のひと言ひと言が彼女達を大いに揺るがすんだから」
少しずつ近付いている。
その日が。
——
——
5月に入った。否。
「お兄ちゃん」
「えっ。ディアナちゃん?」
佐々原きさらぎが復活してから、40日が経った。
「私もね。作戦に入るんだって。島は大人達に任せてきたから大丈夫。私もね……」
「…………」
「『夜』メンバーだから。ママの仇討ちでもあるし。……お兄ちゃんに恩返しもできるしね」
「……分かった」
堕天島から、愛月が呼んだのだ。今はひとりでも、魔術を使える者が欲しい。一度地上を離れるともう、補給ができなくなるからだ。地上には最低限の人員を残して、主要メンバーは皆『九歌島』へと召還された。
天才魔女ソフィアの血を継いだディアナは、間違いなく戦力になると。
——
そして。
「愛月様」
「なあに?」
代表して、フランソワが。愛月の前に膝を折った。
「完成いたしました」
「!」
講堂に全員を集めていた。愛月や幹部は勿論、メイドに執事、魔女、兵士達。
特に兵士達は、未だよく分かっていない者も多い。『夜』の、目指すものについて。
「詳細はこの場では割愛いたしますが……この『九歌島』ごと、『方舟』として宇宙空間の航行を可能にいたします」
「ええ。よく頑張ったわね」
「恐縮でございます」
それでフランソワは下がった。文月は彼女とそこまで絡みが無いが、アルテやセレネに『ちょっと怖い先生』という印象を持たれているような話を聞いたことがある。
彼女は魔女らしいが、契約悪魔は分からない。悪魔と魔女は常に行動を共にしている訳ではなさそうだ。
「じゃあ、今日出発しましょう。偶然にも丁度、昇天日ね」
「だから何だって話ではあるがな」
アルバートの突っ込みを見て。
愛月はこほんと咳をひとつ。全員の視線を集めた。
——
「……わたし達は、世界の爪弾き者だわ」
前線を担う兵士が、36名。
医療従事者・従軍職員が7名。
ウゥルペスの魔女が10名。
その他雑用、給仕、メンバーの世話を行う使用人が、アレックスとフランソワ、見習いを含めて44名。
ボスを愛月に、幹部がアルバート、ウゥルペス、リー、きさらぎ。
文月と美裟、アルテとセレネ。そしてディアナと神奈を入れて。
総勢108名。
『たった108名』。
「誰も、好き好んでそうなった訳じゃない。だけど。『神』という全能者が居るのなら、『そいつ』は初めから、わたし達にだけは、祝福を与えなかった。『だから』、わたし達はこれまで、辛く苦しい生き方を強いられてきた」
うっ、と。
涙を流す者も居た。主にメイドや兵士達だ。彼らは孤児・貧困の出身が多い。生まれた時から、周り一面敵だらけだったのだ。
「宗教者は、幸せな時を『神のお陰』。辛い時は『神からの試練』だと言う。……詭弁も甚だしいわ。そうでしょう?」
そういった者達を、愛月は集めてきた。勝手に集まったとアレックスは言っていたが。愛月からすれば必要な人数だったのだ。最初から、計画していた。
「『試練』とか言って、殺されてちゃ世話が無いじゃない。何? 乗り越えられなかったら救われないの? わたしの母親は。あなた達の家族は。……そのくそみたいな『試練』のせいで死んだ。もう二度と、会えないのよ?」
「…………!」
「ぅ……!」
嗚咽や啜り泣く声が聞こえてきた。
「わたしの弟は。まだ産まれてもいないのに死んだのよ? どうやって神を信仰できるの? 彼はどうすれば、救われるの?」
文月は。一字一句逃さないように、愛月のひと言ひと言に集中していた。
「祈れば、悔い改めれば救われる。……『南無阿弥陀仏』を唱えれば救われる? 免罪符を買えば救われる? 信じるものは救われる? ……何それ。じゃあわたしの弟はそれ、どれひとつとして出来ないじゃない。祈る手の無い者は? 喋られない者は? お金の無い者は? どうしたって『そいつら』の宗教じゃ、決して救われない者が出てくる。『はみ出し者』が出てくるじゃないの」
演説だ。戦争の前の。指揮を高めるための。ボスの演説である。
「無茶振りの試練も。保証の無い救いも。政治家の戯れ言も。全てわたし達からしたら無価値よね」
「おおっ!」
感極まり、叫ぶ者が現れた。
「『そんな』神を、わたし達が信仰すると思ってるの? だとしたら、神ってよっぽど、馬鹿よね」
「おおおお!」
叫びは。感情は伝播していく。
次第に大きくなっていく。
「わたし達は、今から。『救い』を。自らの手で勝ち取りに行くのよ」
「おおおおっ!」
車椅子に座る愛月は。
その右手を突き出して、強く握り締めた。
「『神気取り』のお馬鹿さん達をぼこぼこにぶちのめしてね」
「「おおおおおおおおおおっ!!」」
その場の全員が。
100名が。
右拳を空に掲げて、強く握り締めた。
『怒り』を。
その咆哮を。
「さあ、戦争よ」
文月は空を見た。
怒りに燃える彼らの心を表すような、真っ赤な黄昏だった。




