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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第6章:佐々原きさらぎ
72/120

第72話 あとひとつ

「……どう?」

「!!」

「分かったかしら?」

「…………!」


 愛月の説明が、終わる。

 文月はまだ、それを飲み込めていなかった。


「…………ちょっと、俺達の普通の感覚と違いすぎて、分からない」

「それは、理解できないんじゃなくて、イメージで捉えられないってことよね?」

「……多分。今は……まだ分からない。『それ』が良いのか、悪いのかも。そもそも本当に『そんなこと』ができるのかも」


 愛月は依然、微笑みを崩さない。自分のこの反応は予想していたのかどうか。それも窺い知れない。


「できるわ。これまでの億年のルールを覆すんですもの」

「…………取り敢えずは、知れた。母さんの考えと、見ている景色」

「ええ。できれば賛成して欲しいけれど。無理は言わないわ。急がなくても良い。ゆっくり考えて、それから答えを出して頂戴」

「……分かった」


 全員を救うにはこれだ、と。

 宗教者の案では漏れがある、と。

 愛月はそう考える。

 だから少しだけ、地上は荒れるだろうが。

 それまで我慢して欲しい、と。


——


 会議が、終わって。


「フミ君」

「姉さん?」


 その頃にはもう、すっかり夜になっていた。愛月の、最後の説明が長かったのだ。

 それを、部屋で整理したい。美裟と相談しなければ。文月はそう考えている。


 廊下を少し進んだ所で、きさらぎに声を掛けられた。


「ごめん。えっと、ひとつ良い?」

「? なに?」


 彼女の鼻が少しだけ、赤いように見えた。


「……ハグ、しても良いかな」

「えっ」


 頼まれれば。文月は。


「……いやまあ、別に。駄目は無いけど……」

「うん……」

「!」


 あの堕天使の、言う通りだ。

 半泣きの、若い女性に頼まれれば。

 断れる訳が無い。

 『そんな』男になってしまったのだ。


 きさらぎが、文月に抱き付いた。


「…………ぐすっ」


 鼻を啜る音がする。

 先程の、自己紹介で。思い出すことでもあったのだろう。

 そして。

 『こんなこと』を頼めるのは、文月しか居なかったのだ。妻子の居るアルバートでは駄目だ。ウゥルペスなど論外。リーとはまだ、良好な関係ではない。


 父も居らず。ずっと、シングルマザーだったきさらぎにとって。『頼れる男性』は。

 近くには居なかったのだ。


「…………」


 文月は。

 『死ねない』ことは、ひとつの不幸なのかもしれないと、考えていた。


——


「……ありがと」

「ああ……」


 1~2分程度、そうしていた。きさらぎは吹っ切れたようにパッと手を離した。


「へへ。逞しくなったねフミ君」

「……全然だよ。まだまだ、頼りないと思う」

「そんなこと無いよ。今日もさっきの会議、かっこよかったよ」

「ありがとう」


 笑っていた。

 まだまだ解決はしていない。この人の心にはまだ、闇がある。

 だが今すぐ晴らすべきでもない。心の傷は文月の『奇跡』では癒せないのだ。そこが、神の子との決定的な違いでもあるだろう。


「じゃあ、戻るね。お休み」

「うん。お休みなさい。……姉さん」

「んー?」


 涙を拭って。

 きさらぎには帰るべき場所がある。最愛の。何より優先すべき娘の所へ。もう恐らく寝てしまっているだろう。アルテ達が面倒を見てくれているのだろうが。それも含めて、今は嬉しく思っている。


「この島に皆で居る限りは。何の心配も無い。俺達は家族だから」

「…………うん。もっと早く、成長したフミ君に会いたかったかも」


 きさらぎの、何度目かの人生が始まった。


——


——


「(あん?)」

「!」


 美裟も、神奈と遊んでいた。


「…………?」

「(怖い。怖いです美裟さんっ)」


 何かを『巫女の勘』にて察知した美裟と、その『苛立ち』を察したアルテ。


「ごめん。あたし戻るね。あと頼んで良い? きさらぎさんが戻ってくるまで」

「はい。大丈夫です。なんならアルテ達も今日はこの部屋でお休みですね」

「……そうね」


 すやすやと眠る、神奈の隣で。


「……すぅ。……すぅ」


 セレネも、同じように眠ってしまっていた。


「セレネの寝顔が、可愛いんです」

「……そうね」


 たまに頬をつんつんとつつくアルテ。この姉妹は本当に仲が良いのだ。


「じゃあ、お休みね」

「はい。お休みなさい」


 家族で居るときは。

 幸せである。


——


「…………でもこれは、世界を巻き込んだ上で成り立つ幸せなのよね……」


 今、両親はどうしているだろうか。世界はどうなっているのか。地上の情報は入ってこない。元は『天界』の者の基地だったのなら、地上の動向を知る術があってもおかしくは無いとも思えるのだが。

 やはり例によって、愛月が独占し管理、秘匿しているのだろうか。


「…………」


 美裟は、アレックスに対して抱いた違和感と似た種類の感情を、『九歌島』『夜』『愛月』全体に感じていた。


「あれ美裟? まだ起きてたのか」

「……文月」


 部屋へ戻る前に、途中で出くわした。文月は少し驚いた様子で声を掛ける。割りといつも『早寝早起き』を心掛ける美裟が、と。


「アルテちゃん達と、神奈ちゃんのお世話してただけよ。セレネちゃんは神奈ちゃんと一緒に寝ちゃったけど。あたしだけ先に戻ってきたの。『あんたの世話』もしなくちゃいけないしね?」

「ぬぐっ……。おいおい、人をそんな、子供扱いというか」

「子供じゃないのよ」

「おいおいおい……」

「お茶も淹れられないし」

「ぐっ!」

「この間シャワーヘッドすっぽ抜けた時も取り付けられなかったし」

「ぐぐっ!」

「…………うん。大丈夫そうね」

「へっ?」


 文月の様子をよく観察して。

 美裟は取り敢えず、安堵の息を吐いた。


「訊いてきたんでしょ? 色々」

「…………ああ」


 部屋まで辿り着き。

 美裟がドアを開けた。


「そこまで深刻じゃあ、無さそうね。取り敢えずは」

「……ああ。取り敢えずはな。考えたいことがちょっと多くて、整理付いてないだけだけど」

「聞かせてちょうだい。長くなっても良いから」

「ああ頼む」


 ぱたんと、閉じる。

 後はふたりの世界だ。


 因みに。

 『きさらぎの付けていた香水の香り』が文月の服からした理由も、きちんと追求されるだろう。


——


——


「…………そろそろ、ね」

「愛月様?」


 エマを供に。愛月は深夜に、城を出て散歩していた。

 今夜は月が良く見える。満月では無いが、ここから見える月は大きい。


「ええ。もう随分と、酷使してきたわね。最後までもってくれれば良いけど」


 月夜に翳すように、腕を伸ばす。

 だがその左腕は、愛月の命令に背くように動かない。


「愛月様っ!」

「大丈夫よ。慌てすぎだわエマ。大声出さないの」

「ですが……っ!」


 徐々に、蝕まれていっている。病気でも怪我でもない——『罰』。

 悪魔と契約し、魔術を行使した際の罰ではない。


 天使と交わり、ネフィリムを産んだ際の『罰』。

 この世の誰にも。『奇跡』ですら治せない。


 愛月は四肢の内、もう既に両脚と左腕の感覚を失っていた。


「心配しなくて良いわエマ。……でもちょっと、急ぎましょうか」

「…………!」


 きさらぎを迎えては。もう『準備は整った』と言わざるを得ない。

 あと、ひとつ。


「ウゥルペスにお願いしないと。あの魔女ちゃんたち、真面目だけどやっぱりどこか、『女子校』みたいな雰囲気あるわよねえ」


 宇宙魔術の完成を見て。

 月へ侵攻を開始する。


「『奇跡を3つ』。これで足りると良いのだけれど」


 『皆』で、幸せに。

 当然、愛月もそれを望んでいる。

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