第70話 魔法の眼差し
「あるて」
「うん」
「せれねっ」
「うんうん!」
佐々原きさらぎが22歳。
娘の神奈が、3歳だという。
「かわいい~っ!!」
アルテとセレネが、積極的に神奈の世話を申し出ている。ふたりして取り合うように、神奈と遊んでいる。
「……神奈は普段あんまり笑わない子なんだけど。あれだけ楽しそうに遊ばれてると、影響されて笑うようになるかもね~」
「…………」
きさらぎと神奈が『九歌島』へ来たことで。
少しだけ、『夜』の雰囲気も変わってきた。
双子を始め魔女達には、神奈がペットのように可愛がられ。
男衆……兵士達からは、きさらぎがアイドルのように人気があった。
「まあ、『奇跡持ち』だ。いきなり幹部っても文句は少ねえだろうな」
アルバートは笑っていた。兵士達が活気付くのは良いことだ。そもそも愛月というアイドル目当てで集まったごろつきが多いのだが。
「若く、健康的な『ヤマトナデシコ』。まあ誰でも欲情しますよ。『人妻』とか『未亡人』なんて属性もあれば」
「ウゥルペス。やめとけ」
「あっはっは」
円卓には。
愛月、アルバート、ウゥルペス、きさらぎと。
文月ともうひとり、男性。
6人が席に着いていた。
「じゃあ、改めて挨拶ね。きさらぎちゃん」
「はーい」
愛月の司会で、きさらぎが立ち上がった。
「えっと。佐々原きさらぎ。22歳のシングルマザーで、『復活』の奇跡があります。これまでずっと愛月ちゃんが隠してた『隠し玉』でもあるから、奇襲作戦とかに使えるんじゃないかな。あっ。神奈のお父さんになりたい人は随時募集してますよー」
「……おう。歓迎するぜ。兵どもにゃ『女』ってだけで影響が強え。久々にフリーだしな」
「えっ。お姫様達は?」
アルバートの歓迎の言葉に、ウゥルペスが引っ掛かった。
「どこがフリーだよお前。一年中『お兄さま』『フミ兄っ』じゃねえか」
「あー。確かにっ」
「……いやその理由で納得するなよ……」
つまりは、『幹部会』と言ったところだろうか。文月は初めて呼ばれたのだ。
恐らくは、『知った』から。
「はい。仲良くしてあげてね。セックスは自由だけど作戦に支障は来さないでね」
「はーい」
「寧ろ僕の場合は強くなりますから」
「嫁が居るっつってんだろ俺ァ」
「格好良い兵士さん居たっけかね」
「僕はいつでもお相手しますよミス・キサラギ」
「貴方は何かキモいんで嫌です。私、真面目で誠実な人が好きなので」
「僕ほど真面目で誠実な悪魔は居ませんよ?」
「どれだけ条件をクリアしようと、女性の『何か嫌』に引っ掛かったらもう可能性ゼロですから」
「あちゃあ、残念です。それとも無理矢理が好みとか?」
「あ。絶対嫌です。近寄らないで下さいね」
「残念ですねえ」
「…………」
毎度、こんなノリなのだろうか。きさらぎもすんなりと溶け込んでいるように感じる。
文月はアウェー感に包まれていた。
「それと文月ね」
「!」
愛月が不意に、彼を見た。
「今日から話し合いに参加してもらうことにしたわ。ちょうど良い頃合いだと思って」
「ま、賛成だ。いつまでも子供扱いじゃなあ」
「最近『男』になったばかりですしね」
「あっそうなの? フミ君。あっ。あの子か。えっと、萩原美裟ちゃん」
「…………」
アウェー感に覆われていた。
「あなたから何かある? 文月」
「…………ああ」
だが。
確かに好機だと、文月は考えていた。
分からないことをはっきりさせて、考える材料に加えられると。
「……俺はまだ知らないことだらけだ」
「そうね」
「①『夜』の最終目標と、その後のビジョン。 ②みんなそれぞれの、『夜』で母さんに協力する理由。……最初に知りたいのはこれかな」
「ほう……」
アルバートが、顎を撫でた。
「良い質問ね」
「……」
愛月は微笑んでいた。
今見ると。この笑顔は。
全て手の平の上で転がされているような気持ちになる。
「①は最後にしましょう。まずはお互いの自己紹介も兼ねて、じゃあ②から。ひと言じゃ駄目よ? 文月が納得できるような、ね?」
文月は、今『夜』に対して懐疑的になっている。
なっているであろうことを、愛月は当然察知しており。
そのことも、文月は感じ取っている。
その上で。
この質問は、お互いにとって真意を問うものだった。
愛月は——世界中での天変地異について。
言い訳をするのか。開き直るのか。しらを切るのか。それとも別の解答をするのか。
文月は——愛月の行っていることを知って。
反発するのか。それでも従うのか。それとも別の解答をするのか。
「(でも、起き上がって一番にわたしを殺すどころか糾弾さえしなかった。その時点で半ば決まったようなものかもしれないけれどね)」
円卓の、席順に。
アルバートが口を開いた。
「じゃあ俺からでいいか」
「そうね。お願い」
そう言えば——
アレックスは。この場に居ないのか。
「アルバート・マーティン。35だ。この場での自己紹介なら、『人間だ』も付けた方が良いか。『月影島』に妻と子が居る。俺は愛月の『終末論』を支持してる。だから、家族を守るために愛月に協力してんだ。妻と子がもし被害食らって死ねば、俺は愛月を殺して自殺する。そういう契約でな」
「!!」
さらりと、笑って言った。愛月を見ても笑っている。
「ええそうよ。だからわたしを本気にさせるには、きさらぎちゃんと神奈ちゃんじゃなくて、マーティン婦人と息子を引き合いに出すべきだったわね」
「綱渡りな交渉しやがる」
「うふふ」
終末。
世界の終わり。キリスト教では、救済。千年王国の成立。
だが、愛月と共に行動していれば。『夜』だけはそれを免れる。彼女はアルバートにそう提示したのだ。
「これで良いか? 文月」
「!」
その『終末論』には一定の信頼度があるのだろう。家族を背負う者が判断したのだ。
①の解答を待ってからの判断ではあるが、アルバートの協力する理屈は分かった。
「……ああ」
「じゃあ次は僕ですね」
続いて隣に座る、ウゥルペスが手を挙げて意思表示した。
「ウゥルペス。悪魔です。悪魔に家名なんてありません。年齢は21と若手です。契約魔女は、今は10人ですね。一時最大で23人だった時がありますけど」
どうでも良いことをぺらぺらと語る。お喋り好きの悪魔なのだ。
「協力する理由ですか。うーん……『楽しそう』だから、ですかね」
首を捻りながら答えた。
「僕はまあ悪魔なので、地球と人類が滅んでも大して影響無いですし。まあ悪魔として、一応『救済』は防ぎたいですし。神とやらに一発かませるなら悪魔として『ぽい』じゃないですか。優等生悪魔として、ソロモンとかの老害達にドヤ顔できるならアリですね。後はまあ愛月さんが美人ということと、一応僕の魔女達も楽しそうに研究してますからね。それらが今後僕の為になるなら良いこと尽くしでしょう」
「(……魔女達への責任感みたいなものはあるのか。こいつにも)」
ウゥルペスは悪魔である。人間とは異なる思考と境遇と、立場にある。
アルバートとは違い、参考にはならないなと文月は思った。
「えっと。私ね。あれ、また自己紹介するの?」
「何度でもして良いじゃない。『特技は復活』!」
「ちょっと馬鹿にしないで愛月ちゃん」
きさらぎはくすくすと笑いながら、文月の方を向いて立ち上がった。
「えっと、私のママがネフィリムで、だから私はクォーターね。ワンサードとも言うらしいけど。神奈は、『ワンエイス』って言うらしいよ。1/8ってことね」
「…………クォーター、だったんですね」
「あっ。フミ君。敬語やめて。歳もそんな離れてないんだから」
「えっ」
「きさらぎちゃん。きさらぎお姉ちゃん。お姉ちゃん。なんでも——あっ。セレネちゃんからは『キラ姉』って呼ばれたなあ。どうしよっか。ね」
「…………え」
笑い掛けてくる。『この人も』。
文月に対して、慈愛に満ちたような瞳をして。
「……駄目かな。私としては、もうフミ君の『お姉ちゃん』気分なんだけど」
「…………っ」
その胸に飛び込んでしまいたくなるくらい。
「……じゃあまあ、普通に『姉さん』で……」
「ありがとうっ!」
ああ。
『この眼差し』に対して。
免疫が『無い』様に育てられたのだ。幼い頃にうんと浴びせて、急に供給を止めて。
懐かしくって。縋りたくなるように。
愛月の得意な表情に。
男を。否応なしに『子供』へと変えてしまう魔法の眼差しに。
「(…………くそっ)」
女を知って、なお。
自分はその呪縛から逃れられていないのだと。
自覚し、己を恥じた。




