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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第6章:佐々原きさらぎ
68/120

第68話 そのように

 公園には、街灯がひとつ。遊具は無い。長椅子とゴミ箱があるだけの、ただの広場である。

 アルテとセレネは。

 目隠し、ヘッドホン、猿轡をされ、手足を縛られて居た。

 その傍らに、髪の長い女性が倒れている。


「やあ、遅かったな。何してたんだ? お前ら」


 見せ付けるようにそれらを配置して、長椅子に大股を開いて座る、男がひとり。

 男の背後に護衛らしき者がふたり。


「赤橋!!」


 文月が叫ぶ。


「……久し振りだな文月。ちょっと痩せたか?」

「俺の妹を放せ」

「は? お前らが届けてくれたんだろ? 取引じゃねえか」

「その倒れている人はなんだ」

「これか? 佐々原きさらぎだよ」


 妹を放す訳は無く、その人は状況的に佐々原きさらぎで確定している。

 意味の無い問答。文月の狙いは時間稼ぎだ。


「娘の神奈ちゃんは」

「今はぐっすり眠ってるよ。ほら」


 赤橋の隣に、幼児が横たわっている。


「取引だ。文月」

「!」


 何故、こんなに早く赤橋が日本へ帰ってきているのか。


「母親は流れ弾で死んだ。だが娘は生きてる。……『お前と交換』だ。こっちへ来い文月」

「ふざけるな」

「ならどうする。妹のひとりでも殺せば気が変わるか?」

「…………!」


 余裕が見える口調の赤橋。対して文月には焦りが見える。

 この状態。流石にアルテセレネも、何もできやしないだろう。


「あのなあ文月」

「なんだ」

「お前の目からは、俺は『悪者』に見えるか?」

「!?」


 余裕のある赤橋は、会話を続ける。


「悪魔や魔女は、世界の敵だ。何故なら、世界を滅ぼそうとしているからだ」

「……」

「これに反論できるか? お前達は社会に何か、ひとつでも貢献してるか?」

「…………」


 天変地異が『夜』による『九歌島』占領によって起きていると割れている。

 時間的猶予は無い。赤橋も時間稼ぎなのだ。

 『軍隊』が到着すれば。もう取引も何もなくなる。

 これは赤橋の遊びだった。


「俺のやっていることは正義じゃねえか? なあ」

「ああそうだな」

「おっ。認めるかい」

「(『神のルール』を破壊した後のことを——恐らく母さんは考えてない)」


 文月は。

 思考が交錯する前に。アルテとセレネのこと『だけ』を考えるようにした。


「『まだ世界は滅んでない』のに、『正義側に妹を差し出す悪』なんか居ない」

「あ?」

「美裟頼む」

「ええ」


 無駄だった。

 そもそも初めから、この男の話など聞くだけ時間の無駄である。どんな取引を持ち掛けようと、無駄。


「文月の隣に『あたし』が居る。その時点で、取引なんて成立しない」

「おい待て! ガキを殺すぞ! 止ま——!」

「たった3人しか日本に戻せなかった訳だ」


 例え今すぐ神奈の首を捻ろうが。

 瞬時に文月が触ってしまえば良い。その間美裟が、敵の相手をすれば良い。

 こちらには『奇跡持ち』と、半魔ふたりに『神通力』を持つ暴力女。

 人間などに負けていては、『この先』戦っても足を引っ張るだけだ。


「——萩、原ァ……!」

「文月と半魔に夢中で、あんたあたしのことは何も調べなかったでしょ」


 瞬く間に、美裟がこの場を制圧した。


——


——


「ぷはっ!!」

「アルテちゃん! セレネちゃん!」

「げほっ! げほっ! ぅ……ミサ姉?」


 双子の拘束を解く。セレネの焦点が合わない。恐らくは失明している。


「どうなりましたか?」

「取り敢えず敵は全員のしたわ。アルテちゃん——」


 アルテは起き上がれない。

 これも『罰』だろう。


 このふたりも一度、戦闘しているのだと分かった。

 そのお陰で赤橋の兵が残り3人であったのなら。感謝をしなければならない。


「……大丈夫よふたりとも。すぐに文月の元へ」

「お兄さまはっ?」

「…………すぐ近くに居るわ」


 美裟はアルテを抱き上げながら、文月を見た。

 彼は『佐々原きさらぎ』の手を握っていた。


「…………どう?」

「……無理だ。もう既に、亡くなってる」

「ごめんなさい」

「!」


 セレネが、文月の声のした方へと向かって。

 転びながら倒れ込んだ。


「ごめんなさい。……守れなかった」

「!!」


 文月は、たったひとりしか居ない。


「…………そう、か」


 どうすることもできない。どうすることもできなかった。この優秀な双子ふたりで失敗したのなら。


「あたしのせいね」

「美裟」


 美裟が、涙を浮かべた。


「4人で行ってれば、多分この人は死ななかった。敵はあたしがやるし、文月も居た。……あたしが結局、家族を気にしたから」

「違います。……分断を提案したアルテの責任です」

「違うわよ……」


 誰が誰を責められるのか。

 無駄で不要な会話だ。文月は心底そう思った。


「ママは?」

「!」


 背後から。……長椅子から声がした。


「さむい。ママは?」

「……神奈、ちゃん」

「うん。おねえちゃんは?」


 3歳くらいだろうか。

 しっかり、はっきりと言葉を口にしている。

 母を捜している。


「神奈ちゃん、ママはこっちで眠ってるよ」

「かんなもママとねる。さむい」

「ああ。……ちゃんとお休みなさいするんだ」

「うん。おやすみなさい」


 母に触れて。

 地面の上だというのにまたすやすやと眠りに入ってしまった。


「…………移動魔術だ」

「えっ」


 文月には。

 ある種の責任感があった。


「美裟。ふたりをこっちへ。治すから」

「ええ」


 美裟がふたりを抱えて、公園の真ん中へ。

 文月は妹達を、暖かく迎えた。


「フミ兄……」

「すまないなお前達。まだ魔術使えるか?」

「……はい。お兄さまに回復していただいたら、いくらでも」

「うん。もう、日本に用事、無いよね」

「…………ああ」


 本当は、あった。この任務の次いでに、やろうとしていた事が。『考え』があったのだ。

 だが。

 もう、その猶予は無い。無いことを知った。


「神奈ちゃんと、きさらぎさんも連れていこう。……帰ろう」

「ええ」


 任務は失敗である。

 愛月の計画に、どれほど支障が出るのかは分からない。

 だがもう、死んでしまった者は生き返らない。それが、『神の定めたルール』なのだから。


「じゃあ、いくよ。……『移動魔術』」


 夜の公園から、闇に紛れて。

 彼らは『地上』から姿を消した。


——


——


——


 家族に会うことは、罪なのか?


 母親に会う為には、世界を敵に回さなければならない。


 父親に会う為には、世界を滅ぼさなければならない。


 恋人は、自分への愛を貫く為に、自らの両親を見捨てなければならなかった。


 駄目だ。何を言っても言い訳の、自己正当化。


 間違っているのは、誰だ? 何だ?

 正しいとはなんだ? 正義とはなんだ?


 また、目の前で人が死んだ。


 世界中で人が死んでいる。


 勝手に、天界へ乗り込むんじゃなくて。

 世界中の人々を巻き込んでいる。

 それは、そんな犠牲を払ってでもやるべきことなのか?


 父に。母に。

 会うことを望まなければ世界は平和だったのか?


 そもそも世界は平和だったのか? 悲しむ人は居なかったのか?

 神のルールって、なんなんだ?


——


『落ち着け』

「!」


 声がした。また背後から。

 しかしやはり、振り向いても誰も居ない。声の主も、美裟達も。


『正しい正しくないは、勝利者が決める』

「堕天使……」


 愛月から聞いている。この声の主は堕天使だと。


『このままだとお前達は史上最悪のテロリストだが。勝利してしまえば世界最高の英雄だ』

「……そんなこと」

『人間の歴史はそう作られてきた。キリスト教徒は二元論が好きでな。善悪から敵味方、全てをふたつに分けて考える』


 以前と同じ声のようにも感じるが、別人かもしれない。


『未来の子供達を救う為に、今の人間を殺せるか?』

「……無理だ。どちらも救う方法をまず考える」

『お前が決めたルールが、今より良くなる確証があるのか?』

「……ある訳無いだろ」


 以前と同じように、意味不明な質問。


『ならばどうする。お前はどこへ向かっている』

「…………」

『直接ではないにせよ、お前の母の行動を引き金に世界は既に混乱の中だ』

「……」

『知っていれば母を止めていたか?』

「……多分。話を聞きには行ったと思う」

『お前の母親はそれを見越していた。だから「早急に」お前達を島へ呼び、世界との繋がりを絶ったのだ』

「!」

『多少の自覚はしていただろうが、恐らくお前が思うより、あの女はお前を「道具」として見ている』

「…………なん、だと」


 今度は。

 より深く『夜』を掘る話題だった。


『扱いはしやすいだろうな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。テロの片棒でもなんでも、話も聞かずに無条件で「担いでしまう」』

「!!」


 違う。

 文月を、抉る話題だった。


『「そのように」育てられたからな。お前は』

「違う!!」

『そうか。お前はそう思うのか』

「……ぅ……!」


 川上愛月は。

 堕天使の入れ知恵により、人間の中で最も『全知』に近い。だから、目的の為に必要なことはなんだって『できる』。息子の育て方などは特に。


『まずは落ち着け。落ち着いたら、考えろ。……今回はここまでだな。今の精神状態では話にならん』


 バサ……、と音がして。

 文月は意識が遠退く感覚に襲われる。

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