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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第6章:佐々原きさらぎ
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第64話 とことん家族

「文月の……従姉? 愛月の世話になった女の、娘。んで……『奇跡』持ちか」


 ブラックアークにて。

 特に何も知らされていないケイへ、文月が簡単に説明した。


「そりゃ『ネフィリム』だな。間違いねえ」

「……やっぱり? ていうか、『奇跡』持ちってネフィリムだけなのか」

「いや、違え。言っちまうと元も子もねえが、『奇跡』持ちにゃ天然と人工があるだけだ」

「……俺は人工か」

「まあそうだな。全部のネフィリムが持ってる訳でもねえが、『父親の一族』によって左右される。お前の父親は天界でも高い地位に居たらしいな」

「…………そうなのか」

「だがまあ、堕天したな。天界にゃ居られねえ筈だ」

「……ケイは、父さんのこと知らないのか」

「知らねえな。別にあの女と行動したことも無え。アレックスと元々ダチで、その繋がりで適当に知り合ったってだけだ」

「……アレックス?」

「あいつ、今じゃ普通にただの執事やってるがな。昔を知る奴等からしたら想像できねえだろうよ」

「えっ」


 今回の離陸は、スムーズに終わった。恐らく運転しているのはざくろだろう。だから、普通に話す余裕がある。


「まあ、日本まで3時間て所だな。割りと近くだ」

「分かった。ありがとう」

「ダチの頼みだ、構わねえよ。ゆっくりしてけ。あ、最後にざくろの治療頼むな」

「分かってるよ」

「すまねえな」


——


「——文月。ちょっと良い?」

「ん」


 セレネはまたざくろ達と女子部屋へ遊びに、アルテはケイに何やら質問があると彼の部屋へ。

 文月がなんとなく甲板から景色を見ていると、美裟が隣に来た。


「…………『カエルム』」

「ええ。愛月さんから聞いたの。あんたのお父さんの名前よ」

「……なんか、俺の親って思うと物凄い違和感ある名前だな……」

「ラテン語で『空』って意味らしいわよ」

「……ラテン語かぁ」

「……まあ、ちょっと悪いと思ってるけど。あんたより先に聞いちゃって」

「いや……。教えてくれよ」

「そうね。話そうと思って声を掛けたのよ。愛月さん曰く、少し恥ずかしいらしいから」

「母さんでも恥ずかしい時あるんだな」

「あたしとおんなじこと考えてる」


 この、ブラックアークでの時間は。強制的に発生する抗えない『空き時間』だ。3時間とは言え、この船より速く移動できる乗り物も無ければ、早く目的地に着ける手段もない。文字通り最速である。

 有意義に使わねばと、美裟は考えた。


「まあ、聞く限りあんたと割りと似てるわよ。イケメンって所以外」

「……あ、そう」

「古代彫刻顔に純日本人顔が勝てるわけ無いじゃない。日本で言うイケメンなんか目じゃない、向こうは『本場』のイケメンよ」

「いや知らんけど……」


 文月との距離は、また少し縮まったように思えた。


——


——


「……婆ちゃんと、叔父さん、か」

「まあ、そうね。あんたからしたら」

「なんかさ」

「?」


 話を聞いて。文月は考えた。『これ』が、どこへ向かうのか。組織が。母が。自分が。世界が。


「とことん、『家族』だな」

「……それ、あたしも考えてたわ」

「へっ」


 そもそもの始まりである、文月の一番最初の目的が『父親捜し』だった。

 そして、守るべき『妹達』が現れ。

 『母』の元へと旅が始まり。

 途中でもうひとりの妹と、その母と出会い。別れ。

 母と再会したと思えば、次は『従姉』だと言う。

 その母は、彼女の母と弟、『祖母と叔父』の死を悼み、神のルールとやらを破壊しようとしている。

 その過程で、自分が生まれた。


「『夜』は無法者の組織でしょ? 国際的にも認められてないし、そもそも国籍も持たずに生きてきた人達を受け入れてきたり。なんでも自分達で賄う必要のある、所謂『原始的』な集団なのよ」

「……魔術とかは?」

「手段や実態じゃなくて、精神的な部分よ。人間社会。世界の『外』に居るって、なんとなく分かるでしょ」

「…………ああ」


 空を見る。海を見る。『こんな船』に乗っていることが既に、自分達が非現実の立場に居ると嫌でも理解できる。


「そうなった場合、やっぱり一番大事に思うのは、『家族』なのよ」

「あ……」


 家族より大事なものは? と訊かれて。

 どう答えるだろうか。


「法で守られない。周りは皆敵。だとしたら心を許せるのは、家族だけなんじゃないの」

「!」

「だから、その繋がりを大事にするんじゃないかしらって」

「……繋がり」

「別に血縁だけを言って無いわよ? あんたとあたしだって、繋がってるでしょ」

「……あ、物理的に?」

「今ふざけんなクソ野郎」

「ごめん……」


 なんとなく、文月が縁に置いていた手に、美裟は自分の手を重ねた。


「!」

「良いのよ。とことん『家族』で。まず自分の命。家族の命。生活の安全・安定。それができてようやく、『外』を気にしたら良いと、あたしは思うわ」

「……なるほど」

「日本に住んでると結構当たり前に安全があるから勘違いして虐待とかが起こったりするけど。それは国や警察、自治体が与えてくれているものなのよね」

「…………」

「なによ、人の顔じっと見て」

「いや。……美裟って普段から色々考えてるよなぁって」

「……」


 アホめ。

 美裟は思ったが。

 だが実際は文月の方が悩んでいると知っている。無自覚なのだろう。


「……あんたも大概よ。ちょっと喧嘩したらすぐ妹に泣き付くくらいにはね」

「うぐっ!」


 『無法者』というものは。国という『約束された安全』の外に居るということは。

 命の保証は無いのだ。

 少なくとも、家族だけは守らねば。常に気を張っていなくてはならない。


「……相手は赤橋だけど、躊躇わず攻撃できるか?」

「当然じゃない。どうして躊躇うのよ」

「…………いや。訊くだけ無駄だった」


 家族以外は敵なのだ。敵に容赦などしていては、家族に危険が及ぶかもしれない。


「で、あたし確認しときたいんだけど」

「なんだ?」

「今度のその『従姉』で最後よね?」

「なにが」

「あんたの『家族』よ」

「!」


 両親が居らず。祖父と暮らしており。祖父が早くに亡くなってからは、ひとり孤独で。


 だが、蓋を開けてみたらどうだ。

 異父姉妹がふたり。

 故人だが、異母姉妹がひとり居たことが発覚して。

 異父姉妹のそのまた異母姉妹がひとり。

 その母親は死んでしまったが。

 実母は元気にしており。

 今度は母の姉代わりだった人の娘とそのまた娘。


 ぼろぼろぼろぼろと、どんどん次々に出てくる。明らかになる事実。増える家族。

 日本神話やギリシア神話の家系図かのように複雑になっていく、その中心に。

 この男は居るのだ。


「ちょっと、そうだな。帰ったら母さんに訊いてみるよ」

「そうしなさい。ていうか、分からないこと全部訊いて早くすっきりしたいわよ。あたしだって」

「ああ。ありがとう」


 それを自分のことのように気にしてくれる美裟の存在を、ありがたいと思う文月だった。


——


「ねえ、あとひとつ」

「聞くよ」


 美裟は。

 今回の件を。

 他人事とは思えなかった。


「『敵の人間』は、やっぱりこの手段が有効だと思う訳よね」

「……ああ。まあ家族を人質にされちゃな」

「今は」

「!」


 美裟が何を言いたいのか。何を危惧しているのか。

 文月はそこでようやく察した。


「今はそりゃ、誰もあたしのことなんて知らないし。川上家の血縁でもなければ特別な生まれでもないし、調べもしないでしょうけど。でも『もし』が、あるじゃない。自意識過剰、だったとしても」

「…………」


 文月は。家族全員『九歌島』に居る。『夜』で匿っている。だが。


「いや、あたしのことだけじゃなくてよ? アルバートとか、奥さんとお子さんが居るじゃない」

「ああ」

「…………こんなこと考えても仕方無いし、考えたくないけど」


 美裟は。

 少しだけ、泣きそうだった。


「もしあたしの両親が人質に取られたら。……愛月さんはどうするのかしらって、ちょっと考えちゃったのよ。普通に、表情変えずに、冷静に『取捨選択』するんじゃないかって……」

「…………」


 事実。

 今回愛月は、『佐々原きさらぎ』の名が出るまで一歩も引かなかった。『月影島』の住民全員を切り捨てる回答をしていた。

 それが、駆け引きであり、本心ではなかったとしても。

 愛月は組織のリーダーだ。決定権は彼女にある。決して少なくないメンバー達の命を預かる責任を背負っている。

 誰かにとって酷に感じる選択も、冷静に判断しなくてはならない場合も当然あり得る。

 『萩原美裟の両親』というカードは。

 川上愛月を動かす切り札足り得るのだろうか。


「そんな選択の場面がそもそも来ないように、今からできることがある」

「!」


 どこまで行っても仮定だ。推測の域を出ない。

 文月は、『家族』のことになると。


「せっかくの日本だ。『やれること』は『全部』やろう。俺に考えがある」

「……文月」


 冴える。

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