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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第4章:母との再会
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第50話 裸の付き合い

「おっきな温泉があるんだよ!」

「えっ。まじか。俺温泉大好きだぞ」

「……そんな高校生も珍しいわね」

「ママも!」

「ええ。ちょっとやることあるから、すぐ終わらせて向かうわ」


 食事を終えて。セレネが言い出した。こういう所が、セレネの長所だ。

 皆を見送ってから。


「アレックス。フランソワ。ブライアン」

「はっ」


 部下を呼んで。


「——文月達を、『グリゴリ』の連中にだけは、会わせちゃ駄目よ。もう、ここは目と鼻の先なんだから、最大限警戒して」

「かしこまりました。愛月様」


 そう、指示を出した。


「……ごめんなさいねソフィア。わたし、親友の子より自分の子が大事なの。でもそれって普通のことじゃない? お墓参りは行くから、それで許してね」


——


——


「……凄い」


 美裟は呆気に取られていた。温泉——というか、浴場にである。

 大理石に囲まれた、広い広い浴場。隅々まで清掃が行き届いており、まるで王族や貴族が使うかのような、非日常の風景。

 露天風呂から見える景色は夕日と、雲海と、大海原。空中庭園。天空神殿。そんな言葉が脳内に発生する。


「……ていうか、温泉湧いてるのおかしくない? 島の『陸部分』だけ浮いてるんでしょ? 地熱があると思えないんだけど……」

「細かいことは良いんです。どうせ魔術か奇跡ですから」

「えっ」


 入口でぼやく美裟の脇を、アルテが通り過ぎた。


「奇跡って、文月の?」

「はい。それと同じ種類です。お母さまの部下に居るんです。『奇跡』を持つ人が。まあ、その人の『奇跡』は温泉じゃないですけど」

「…………そう」


 そうそう居てたまるか、と思ったが。

 愛月が世界を廻って集めたのだとしたら頷ける。あり得なくはない。少なくともそう思える。

 文月という前例があるのだから。


「(なら、その人もネフィリムってことかしら)」

「ミサ姉っ。なにしてんのっ。ほら」

「ちょっ。転んじゃだめよセレネちゃん」


 文月は先程の食事の際、ネフィリムとグリゴリの話を、愛月にもしていなかった。

 図りかねているのだ。自分の『勘』を。


「……ふぅ。考えすぎも駄目ね。ここは愛月さんの言う通り」


 真面目な話は、後にして。

 今はこの素晴らしい非日常を満喫しよう。


「ディアナちゃんも来たら良かったのにね」

「ほんと!」


 そう考えた。


——


「貸し切りって、良いわよね。自分達が世界の中心に居る気分になるから」

「愛月……さん」


 しばらくすると、メイドのひとりに支えられて愛月が入ってきた。美裟の隣に腰を下ろして、メイドへ退室するよう促す。


「後は美裟ちゃんに助けて貰うわ。ありがとうね、エマ」

「失礼いたします」

「…………」

「あら、どうしたの?」


 美裟は驚いている。

 彼女は。目の前に居る女性は『母親』である。自分と、同い年の子の、母親である。


「(……『33歳』……!)」


 何だ、そのきめ細かな肌は。

 何だ、そのモデル体型は。

 何だ、その張りのある胸は。


「(うちの親は50歳なんだけどっ……)」


 信じられない。開いた口が塞がらない。


「(まだまだ『遊べる』じゃない……この人……っ!)」


 綺麗な人だとは思っていたが。まさか『プロポーション』について『美裟が』驚かされるとは。

 思ってもみなかった。これで。

 これで『3児の母』であると言うのだ。長男が、18歳であると言うのだ。10歳の娘がいる時点で既に『早い』と言われるだろう歳で。


「……文月はどう? 何かあなたに迷惑かけてないかしら」

「!」


 ここは日本ではない。だとしても。

 この違和感は、消えることは無いのだろうと思う。


「……大丈夫、ありませんよ。寧ろ私が、無理矢理付いてきたので」

「ありがとう」

「!」


 笑っている。

 自分へ、笑い掛けている。


「わたしの代わりに、あなたが居てくれたのよね」


 この人の笑顔は。

 その場に居る者を幸せな気持ちにさせる力があるのかもしれない。


「……彼の、為になっていたのなら私も嬉しいですけど」

「大丈夫よ。あの子は一見、何でもひとりでやるように見えるけど。実際は本当、寂しがり屋さんなんだから」

「……確かにそうですね」

「うふふ。でしょう?」


 あなたと仲良くなりたい。そんなオーラが愛月から放たれていた。それは言葉や所作の端々から、隠すことなく美裟へ届けられている。


「彼はあまり、メンタルが強い方では無いので。結構目は離せませんね」

「そうねえ。あの子無理矢理自分を奮い起たせたりするでしょ? ちっちゃい頃からそうだったのよ。わたしを心配させまいと、転けて痛い筈なのに必死に涙を我慢してたわ」

「……彼らしいですね」

「『心は癒せない』というのがネックなのよね。あの子の場合」

「……やっぱり昔からその能力を?」

「ええ。生まれる前からね。だから、出産はとっても楽だったのよ。その後の双子の出産が本当に辛かったわ。『奇跡』があったから楽だったとは理解してたけど、実際どの程度かは味わってみないと分からないものねえ」

「なるほど……」


 愛月は、自分の知らない、この10年の文月の話を聞きたがった。反対に美裟は、自分の知らない、幼少期の文月の話を知りたかった。ふたりの話は文月を中心に盛り上がり、ふたりの距離は縮まっていく。


「それで、子供はまだなの?」

「!!」


 しかし唐突に。

 だが愛月ならば出して不自然ではない話題が、美裟に振られた。


「…………えっとですね。私達はまだ高校生で、というよりまだ——」

「してないのね」

「うっ……!」


 これはバレる。当然だと美裟は思った。


「健全な高校生のカップルが『まだ』って、あなた達ねえ……」

「い。いや、それがですね……」

「?」


 文月と。

 まだそんな関係ではないのだ。


「恋人になったのも、日本を発つ前日でして……」

「あらそうなの?」

「それも、なんというか。電話で」

「電話ぁ? 告白は?」

「…………実は、まだ」

「………………ぇ」


 愛月は。

 開いた口が塞がらなかった。それから、深く溜め息を吐いた。


「……はぁ~」


 息子がまさか、ここまで情けないとは、と。


「駄目ね。それは。そんなの。駄目よ」

「ぅ……」

「部屋を替えさせるわ。今夜なさい」

「えっ!」

「少なくとも、じっくり話しなさい。あのね美裟ちゃん」

「!」


 愛月は美裟の手を、両手で握った。


「わたしは、あなたが文月と一緒になってくれたら本当に嬉しいわ。だから、ちゃんと『家族』になって頂戴。ね?」

「…………ぅ」

「ね?」

「……はぃ」


 何らかの圧に押され。

 美裟が頷き。

 愛月はそれを見てにっこり笑った。


「だってわたしは14であの子を産んだのよ? なら順当に行けば、もう孫が居たって不思議じゃないじゃないの」

「(……その感覚はおかしいと思います)」


 どこの世界に、33で孫を望む母親が居るのか。

 ……居るところには居そうだと、美裟は諦めた。例えば『2000年前のイスラエル』とかに。


——


——


「………………」


 きゃっきゃっ、と。

 天井や壁を反響して、騒ぐ声が聴こえる。広い浴場など、アルテやセレネからしたら遊園地と同じだろう。


「……良い湯だ」


 女湯の方は楽しそうだな、と。

 文月は少し寂しかった。


「……ふぅ。そう言えばひとりになるのは久し振りだな」


 常に、誰かが側に居た。居てくれた。当たり前ではあるが、ずっと一緒に行動していた。


「……え。俺って寂しがりなのか?」


 いやいや。違う、と首を振る。


「(これから、どうするか。母さんは、俺を呼び寄せるのが予定より早まったと言っていた。何か、俺のやるべきことがあるんだ。母さんが今、何を目的にどんな活動をしているのか知らない。まずそこからか)」


 文月が温泉を好きな理由は、ひとりでじっくり考え事ができるからだ。

 決して、寂しさを紛らわす言い訳ではない。


「(俺の目的はふたりの父さんを探すことだ。それも伝えないと。母さんなら、居場所を知っているかもしれない)」


 美裟も協力してくれている。妹達も賛同してくれている。

 もう少しな筈だ。

 もしかしたら、ソフィアと会う方法だって、あるかもしれない。


「(母さんは、『知っている』んだ。恐らくは、人間の中で最も『全知』に近い筈。それに、『生命と死』が神の創ったルールなら、破壊すればソフィアさんとも会えるかもしれない)」


 希望的観測だ。まだ何も知らない。ルールとは何か。それを破壊するとはどういうことか。

 『真実』を世界に打ち明けるという、アレックスの語った活動は今はしていないのだろうか。


「(まだまだ、訊きたいこと知りたいことが多すぎる。普通の会話も勿論だけど、真面目な話もしないとな)」


 島まで、空に浮くのだ。

 もう何が来ても驚かない。そんな気持ちであった。


 風呂から上がり、寝室の変更を聞くまでは。

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